3-15 救出作戦6:決起
【Side:鉱山都市魔力高炉作業場】
「頭ー、魔力炉の整備と清掃、終わりましたー」
「よーし、今日の作業は終わりだー」
真っ黒な顔をした鍛冶師達が魔力炉のアチコチから顔をのぞかせる。
無理矢理ミスリルを作らされているとはいえ、この炉は儂らの誇り。手入れを怠ることはできん。
「今日もこれっぽっちのミスリルか。鍛冶師どもよ、やる気があるのかね? それとも有名なドワーフの鍛冶師というのは意外に大したことない腕ということか」
「ミスリルは鉄のようにはいかんと何度言えば――」
監督官は儂の抗議に首を振り、言葉を重ねてきた。
「言い訳は聞き飽きたのだよ。とにかく効率を上げるのだ。エルフなど何人か使い潰しても構わん。結果さえ出せば補充は幾らでも来る」
「むむむ……」
例の計画はどうなったんじゃ。儂の我慢もそろそろ限界じゃぞ。
そんな儂らのもとに、一人の鍛冶師が飛び込んできて告げる。
「か、かしら! 出ました! 赤! 赤い煙です!」
「ん? なんの話だ? 魔力炉から煙など出ていないではないか……」
だれも監督官には答えず、「赤だ」という言葉だけがこの場の皆に伝わっていく。
儂は監督官に近づき、その肩をポンポンと叩く。
「監督官さんよ。ずいぶん世話になったな。」
「ああ、何を言ってるんだ? それに馴れ馴れしいぞ」
次の瞬間、儂の渾身の力を込めた拳が、監督官の腹を突き上げる。
「ごふぅ!」
「これが儂の礼じゃ。たんと味わえ!」
体をくの字に折った監督官の横顔にトドメの鉄拳を炸裂させた。
監督官は体を回転させながら吹っ飛んでいく。
「よっしゃあ、野郎ども! ハンマー握れ! 鉄の代わりに帝国兵の性根を叩き直してやれい!」
「「「おおう!」」」
途端に周囲で乱闘が始まる。
みんなハンマーやら工具やらを持って、手近の帝国兵に襲いかかったんじゃ。
儂ももっと帝国兵を殴りたかったが、もうアチコチで兵士がタコ殴りにされているから出番がなくなっちまった。
しかたないから作業場から出て叫ぶ。
「ドワーフの皆の衆! 人質は奪還したぞ! いまこそ帝国兵を追い出すんじゃ!」
【Side:廃坑跡の隠し見張り台】
「セルカさん、人質の奪還に成功しました。全員無事に隠れ家まで到着しています」
「そう! よかった~ でも、助けに行った人達は無事なの?」
人質のみんなが無事なのは良かったけど、助けに行った人達も無事に帰ってきてほしい。
私の小さなメルも無理を言って参加しているから心配だわ。
「逃げてきた人たちの話では、兵士達の足止めのために残ったそうですが、怪我人はいなかったそうです」
「足止めがうまく行けばいいけど~。心配だわ~」
トーマさんやノエルが色々準備していたから大丈夫だと信じたいけどね。
ともかく、私は大事な仕事をしましょう。
「火炎放射!」
呪句を唱えて、用意していた薪に火をつけてと。
焚きつけと一緒に積まれた薪が大き燃え上がってきたら、小袋の粉末を投入~。
なんでも特別な石の粉末で、火にくべると赤い煙を出してくれるってドルトンさんが言ってたわ。
私の役目は、人質救出に成功したら反乱の決起の合図に、ここから赤い煙で狼煙を上げること。
ウン、ちゃんと粉末は炎の中で燃えてるわね。
ブスブスと赤い煙を出すのはいいけど、ちょっと煙いのは困り物ね。
この見張り台は廃坑跡の山頂換気口にあるから、地上からなら鉱山都市中に見えるはず。
さあ、みんな、子供にひどいことをする兵士達にお仕置きをしてあげましょう。
【Side:鉱山都市大食堂のおばちゃん】
「ドワーフ達、今日は妙に静かだな」
「普段は何人かは喧嘩して騒いでいるんだがな。まあ楽できるのはいいこった」
「いい加減ドワーフ共も諦めがついたんじゃないか? 大人しく帝国の下に付けば、たまには酒も飲めるしな」
この大食堂にまで立哨に立っている帝国兵どもが囁きあってるね。
いつもは血の気が多い男どもが静かにしてるのは、何やら外を気にしてるみたいだからなんだよ。
あたしも噂で、なにかが起こるらしいって聞いただけで、詳しいことは一部しか知らないんだってさ。
とにかく暮らしが良くなってくれりゃいいけどね。
帝国がここを占領してから、街の空気が辛気臭くてしかたないやね。
あたしの姪も帝国兵に人質同然に連れて行かれてしまったし。
乳飲み子と母親、小さな子供だけを連れ去るなんて、なんて肝っ玉の小さな男たちなんだろうね。
「おい! 外に出てみろ! 南東の廃坑の方角だ!」
「赤だ! 赤い煙だぞ!」
外から入ってきた男達が大騒ぎしてる。火事でも起きたのかい?
「みんな、あれは人質達が開放された合図だ! 今こそ帝国兵をこの都市から叩き出すぞ!」
「もう我慢しなくて良いんだぞ! 帝国兵をぶちのめせ!」
「「「おおう!」」」
おや、飛び込んで来た男達が威勢のいいことを言い始めたよ。
食堂の中からもアチコチからそれに答える声が出てるし。
どうも静かだと思ったら、こういうことなんだね。
でも、そういうことなら納得だよ。
あたしは帝国の船が運んできた高級酒のビンを二本持って、慌て始めた帝国兵に近づく。
剣を抜いて周囲を威嚇しているけど、腰が座ってないよ。
「ねえ、帝国兵の旦那。これは将校様用の高級酒なんだけど」
「な、なんだ、お前! 今は酒の話なんかしてるヒマはない!」
「まあ、そういわずにせっかくだから味わっておくれよ!」
あたしは酒瓶を振り上げ、兵士の頭に叩きつける。
ガッシャーン! 派手な音あげてビンは砕け、真っ赤なワインにまみれながら兵士は倒れた。
「な、なにをする、キサマ!」
「さあ、みんな。股間にぶら下げたものの価値を証明する時だよ。グズグスしてるとあたしが全部酒瓶で殴り倒しちまうよ!」
あたしら女たちだってね、こいつらには腹が煮えくり返ってたんだ。
子供を戦に巻き込む男は最低だ。子供を守るためなら女だって戦いを恐れないよ!
「おおう! 俺達も負けてられんぞー!」
「うおぉぉぉ!」
「おばちゃんに任せたら酒瓶が全部割られちまう!」
「うわぁぁぁ!」
やや遠巻きに様子を見てた男達も加わって、帝国兵に向かっていった。
兵士の剣で切りつけられる男もいるけど、兵士が再度、剣を振り上げるすきに他の男達が兵士を殴り飛ばしちまうよ。
ドワーフの男達は手近な道具を握り、ドンドン兵士へ押し寄せていく。
おや、座っていた椅子を振り上げて向かっていく男もいるよ。
そうだよ、根性決めて戦ってきな!
戦勝祝いの酒はとっておくからね。
【Side:トーマ】
人質が逃げる時間を稼いだ俺達は、再び抜け穴を駆け戻っている。
アーヤ達が護衛して、エルフとドワーフの女子供は廃坑跡の隠れ家まで逃げたはずだ。
俺は隠れ家まで追われることがないように、最後尾で廃坑跡へつながる通路を埋めながら進むつもりだ。
すでに崩した倉庫の壁は、大岩と土砂で埋めてきたから追いつく事はできないだろう。
ただし、ダンド達ドワーフ勢は先行してもらった。
ダンドや他の戦士ドワーフ達は戦士長なるドワーフの指揮官なのだ。
反乱を彼らが指揮することで成功の確率は上がるだろう。
だが、往路で見つけた坑道地図にない地下通路付近で、埋めた土砂の隙間から漏れる光と騒ぐ声を聞きつけた。