3-13 救出作戦4:脱走
ドワーフ側人質の脱走がばれた。
こちらエルフ側の警備兵もここを確認するだろう。
もはや大胆に行動あるのみだ。
「アーヤ! 他の皆を連れて抜け穴の奥に進んでくれ」
「はい、わかりました! トーマさんは?」
「俺はここで追っ手を食い止める。ドワーフ戦士の盾持ちとノエル、メル、シアは残ってくれ。他の人はエルフ達の護衛についてくれ」
「「「おう!」」」
「了解だよ」
「メルにおまかせ~」
「わかりましたモ」
俺達が急いで倉庫内になだれ込むのと入れ替えに、エルフ達が抜け穴から脱出していく。
バタバタする音が響くが、今は時間との勝負だ。
「なんだ、お前ら何を騒いでいる!」
扉が荒々しく開かれ、警備兵の顔がのぞく。
「ああ! こっちも脱走だー!」
「石爆~!」
「うごぉっ!」
脱走を告げる警備兵の顔に、メルのオーバースローからの土魔法で岩が炸裂する。
顔をひしゃげて警備兵は吹っ飛び気絶した。これでもバレットランチャーで撃たれるよりマシだろう。感謝して欲しいぐらいだ。
「よし! 盾部隊、展開してくれ」
「任せてですモ」
「「おう!」」
事前の練習通り、シアとドワーフ戦士二名が大盾を構えて扉の前に壁を作る。
これを見た警備兵は少数で突入はしてこないだろう。
「もしも突入してくる奴がいたら、バレットランチャーで迎撃してくれ」
「了解だよ。警備兵ごときに新兵器はもったいないからね」
「メルも魔法使うよ~」
「頼むぞ。俺は壁を塞ぐ準備をする」
抜け穴の前に掘る時に収納した岩石をクラフト倉庫から出す。粘土化した岩石は数回に分けて積み上げるように出しながら『硬化』していく。
「きさまらー! どこから入ってきたー」
「こんな地下から逃げられると思ってるのかー」
兵士達が扉の向こうの通路に集結しつつあるようだが、少数で突入する勇気は無いようだ。
「石弾!」
ノエルの呪句で石弾が飛び出し、兵士の一人が掲げていた松明を撃ち砕く。
「うわっ、下がれ! 飛び道具があるぞ」
慌てて兵士達が後ずさる。
じっくり狙える状況とはいえ、ライフリングのないバレットランチャーで松明を砕くとはいい腕だ。
「片腕ぐらい飛ばすつもりだったのに……」
なんか背後でノエルが怖い事をつぶやいている。まあ結果オーライだ。
そうこうしているうちに抜け穴の幅は狭まり、もはや体を横向きにしてやっと通れるぐらいの幅まで封鎖した。
「俺達も撤退だ。メル、奴らに煙幕団子を投げてくれ」
「ほ~い。ん~と……それ~」
「ウィンドブラスト!」
メルの投げる煙幕団子にあわせて、風魔法を発動する。
煙幕団子は通路の奥で炸裂して、内部の炭の微細粉末を撒き散らす。そこに風魔法の突風が吹きぬけ、さらに拡散されていく。
「な、なんだこれは! ゴホッゴホッ」
「奥が見えないぞ。くそっ、目に入った……」
いい感じに混乱してくれたようだ。
「今のうちに逃げるぞ。ドワーフ達から先に逃げてくれ。俺達が後から行く」
「すまんな」
ドワーフ族は足が遅いから先行させる。
「ノエル、当たらなくていいから、連射して混乱させるんだ。その隙に下がるぞ」
「まかせて。石弾!」
ノエルはバレットランチャーを連射している。弾倉の残り全弾撃ちつくすつもりらしい。
「ぐわっ!」
「撃たれてるぞ! 下がれ!」
煙幕も消えぬ状態でも当たった弾があるようで、さらに兵士達が混乱している。
「もういい、皆、抜け穴に逃げるぞ」
俺達は全員、抜け穴の隙間を抜ける。
俺が最後に隙間を抜けて、その場に岩石を放出する。すばやく積み上げて隙間を埋めると、『硬化』して壁の穴を完全に閉じる。
「もうここに用はない。急いでドワーフ側と合流しよう」
皆に声をかけて、俺達は抜け穴を走る。
【Side:ダンド】
むう、どうしてこうなった。
ワシらドワーフ側倉庫の人質救出班は、倉庫の扉を挟んで警備兵達と向かい合っている。
この倉庫前の通路は予想以上に広かった上に、兵士の数も多かった。
扉はこちらからでは封鎖できない横開きに改装されていたのも最悪じゃ。
そして何より、救出されると知った子供達の歓声や泣き声を抑えられなかった。
じゃが、こんな所に閉じ込められていた幼子達の気持ちを考えれば無理もない。
親元へ帰れると知って泣く子供の口を塞ぐ手は持っておらん。
ワシら大人達の不甲斐なさで、そんな羽目になったこと思えば、この程度の困難なぞ大したことはない。
幸い仲間の数はこちら側に多く回されておったので、盾部隊で壁を作ってにらみ合いに持ち込めた。
帝国の腰抜け共は、味方が増えるまでは突入はしてこんじゃろう。
「ダンドよ。女子供達はもう少しで全員抜け穴に退避できそうじゃ」
「うむ。じゃが警備兵も増えてきとるな」
ドルトン老が退避状況を伝えてくれたが、警備兵がいつ突入してくるかわからん。
「もう少し耐えてくれ。安全な場所まで逃げる時間を稼がにゃならん」
「まかせよ。ここは絶対に通さん」
ワシら戦士は命に代えても人質を逃がすのじゃ。
人質さえ解放すれば、かならず同胞が決起して帝国を追い出してくれる。
「ダンド殿、気付いてますか? 奴らの中に大盾持ちが増えてきてるのを」
「ああ、もちろんじゃ。今頃、突入の準備をしておるのじゃろう」
トール殿が警告してくれる。
さっき突入を試みた警備兵どもには、ノーム勢のバレットランチャーで痛い目を見せたお陰で、時は稼げたのだがな。
どうやら頑丈な大盾を集めてきたようじゃ。あれを掲げて突入されたら、石弾では通用しまい。
だがもしも大盾がなくとも、勇敢な兵士が大勢いたならば、犠牲を無視しての突入で制圧されておっただろう。
この鉱山都市が制圧された時の帝国兵士は、敵ながら勇敢な者も多かったのじゃがな。
どうやら二線級の警備部隊に変えたというのは事実じゃな。
だが今は、その兵士達の士気の低さがありがたい。
【Side:トーマ】
抜け穴の分岐地点まで戻ってきた俺達が見たのは、悲鳴を上げて逃げてくる人質の姿だった。
人質は半分以上が幼児や乳児で、大人は乳児の母親だけだ。
数十人も子供達がいては静かに脱走するのは無理だったか。
アーヤとエルフ達はすでに抜け穴の分岐地点より奥に逃げたのだろう。
残る俺達はドワーフ側倉庫に援護に向かいたいのだが、逃げる人質達を避けて抜け穴の脇をすり抜けるのは厳しい。
今回の作戦の目的は人質達の避難が最優先だから仕方ないが、子供が多く捗らない状況に気が焦る。
「トーマ~、メル先に行く~」
「そうだね。ボクらなら大して邪魔にならずにすれ違えるよ」
体の小さいメルとノエルが、先行するのを申し出てくれた。
「たのむ。俺達が合流する事を告げるだけでいいから無理はするなよ」
増援が来る事を告げる伝令の役目だけでも意味はあるだろう。
残念だが、俺とシア、そしてドワーフの男達は待機だ。
「まかせて~」
「了解だよ」
二人は逃げてくる人質達をスイスイと避けて進んでいった。
俺もここで漠然と時を待つわけにはいかない。
兵士達の追撃を絶つためにも仕込みをする。
再び抜け穴掘りで出た岩石を、今まで通過してきた側の通路の奥に積み上げる。
これを、抜け穴よりも一回り小さいぐらいの大岩になるまで積み上げて『硬化』することで、大岩バリケードの完成だ。
「おお! これは使えるぞ。ワシらも手伝おう」
俺の意図を理解したドワーフ達が感心しつつ手伝ってくれるので、さらに数個の大岩が出来た。
俺達は完成した大岩を再び収納すると、人質達が通り過ぎて空いた抜け穴を走り、援護に向かう。
さあ行くぞ、間に合ってくれよ。