09 俺と勇者と伝説の剣
あちこちから聞こえてくる、爆発音や悲鳴、魔物と思しき動物の唸り声。
それらにびくびくしながらも、俺は物陰に身を潜めつつ、街を彷徨っていた。
「…………」
路地に身を隠し、息を潜め、闊歩するゴブリンが通り過ぎるのを、祈って待つ。
祈りが通じたのか、ゴブリンは俺に気付きもせずに、傍の家の窓ガラスを叩き割って入っていく。
……よし、今だ!
他に魔物がいない事をざっと確認してから、急いで道を渡り、荷箱の陰に隠れる。
まるで、バラエティのかくれんぼゲームだ。といっても、あっちは捕まるだけだし、逃げ延びれば賞金だってもらえる羨ましいつくりで、一方こちらは、捕まったらデッドエンドでスリル満点だ。嬉しくねー。
「っていうか、リオナはどこにいるんだよ」
俺は小声でぼやいた。リオナに剣を渡さねばと飛び出たものの、肝心のリオナが見つからない。このままじゃ、俺が魔物に見つかるほうが早そうだ――って、ん?
剣と一緒に抱えているノートが、今、光った、か?
淡く、短かったが、確かに光った。
俺はノートを開いてみた。
「これは……」
最新ページ、俺が剣のことを書き込んだあとに、文が増えていた。
俺は書き込んでいないのにどうして、と思いつつ目を通して、次の瞬間、疑問は吹っ飛んだ。
「リオナは、野菜市場の前で、竜人のマーフィーと対峙していた……っ」
やばいやばいやばい! 竜人マーフィーは、この襲撃を指揮する、魔王軍の幹部だ! リオナもそこそこ戦えるはずだが、幹部相手に勝てる状況とは思えない。とにかく、一刻も早く剣を届けないと!
「野菜市場は――こっちか……!」
運よく街の案内板が近くにあったので、野菜市場への道をチェックすることが出来た。それほど遠くない。
俺は、最短ルートと思われる細い道に入った。踏み潰された野菜、戦闘で抉れたらしい石畳の破片、そして、切り捨てられた魔物の遺体の脇を駆け抜ける。きっとこの魔物たちを倒したのはリオナなんだろう。
「っきゃあ……!」
その時、リオナの悲鳴が聞こえた。リオナの身体が、俺の眼前を横切って、店の野菜の上に落ちた。
「降伏しろ」
低く艶のある男の声が聞こえて、俺はそちらを見た。
一見普通の――いや、クール系美男子ではあるが――人間のようだが、その白い肌の所々に、青い鱗のようなものが出現している。それは、竜人が人身変化しているという証。つまり彼が、マーフィーだ。
「……っは! 誰が、降伏なんて、するもんですか……!」
野菜の山から身を起こしながら、リオナは強がった。
「私は、魔物なんかに、負けない……! 死ぬまで、戦ってやるんだから……全力でっ!」
装備していた剣はどこかに弾き飛ばされたのか、リオナは素手だった。魔物相手、それも幹部クラスに武器なしなんて、絶体絶命以外ないっていうのに、リオナの瞳は光を失っていなかった。むしろ、怒りや憎悪で爛々と輝いて見えた。
「――愚かな」
そう一言告げて、マーフィーはリオナに向けて腕を――
「っリオナ!」
俺は、手近に転がっていた石の破片を、マーフィーに向けてぶん投げた!
「!?」
俺が投げた石は、運良く、マーフィーの目元付近に命中した。竜人の肌は人間よりも硬度があるから石礫くらいでは傷つかないが、マーフィーの狙いを逸らすことは出来た。
リオナに向けられていたマーフィーの指先が横にずれ、放たれた水は、ウォーターカッターの威力で屋台を切断した。
「っ何で来たのよ! 避難してなさいって言ったでしょ!?」
ウォーターカッターから逃れたリオナは、開口一番、文句をぶつけてきたが、俺にだって言い分はある!
「俺だけ助かったって、お前なしで、どうしろってんだよ!?」
リオナは勇者だ。魔王を倒すべき勇者を失ったら、俺が予言者だったとしても、どうしようもないじゃないか!
「っ」
「…………」
……あれ? なんでリオナは赤面してるんだ? マーフィーの視線も、心なしか生温いような……いや、つまりこれはリオナに近づくチャンス!
俺はリオナに駆け寄って、抱えていた剣を差し出した。
「リオナ、これを使え!」
「え、な、何……?」
まだ顔が赤いリオナは、戸惑うばかりで受け取ろうとしないので、俺はぐいぐいと剣を押し付けた。
「魔物だけに雷を落とす剣だ」
「え、まさか……」
「いいから!」
俺の説明はマーフィーにも聞こえていて、ウォーターカッターの発動が迫っていた。
「っわ、わかった、とにかくやるわ、全力で!」
リオナは、剣を正眼に構えた。
「剣よ! 魔物たちに、裁きの雷を!」
リオナの啖呵が終わるや否や、構えた剣に雷光が宿り――それは空へと遡った。
「って、どこ狙ってんだよ!?」
思わず突っ込んだ。
だってそうだろ、魔物に落ちるはずの雷を、空に撃ってどうすんだよ!? 警戒して身構えてたマーフィーだって、「は?」ってなってるぞ!?
「し、知らないわよ! 初めてで、使い方もわかってないんだから仕方ない……っ!?」
カッコよさげなことを言いつつもスカだった恥ずかしさか、リオナは逆ギレ切れ気味に言い返してきたが、そこで、ごろごろっと、雷鳴が聞こえた。
ハッとして見上げれば、どす黒い雲、稲光も見え――そして一斉に、幾筋もの雷が落ちた。俺たちと対峙するマーフィーにも、だ。
「――っ!!」
流石の竜人も、雷のパワーには勝てなかったようで、衝撃に身を逸らし、声にならない絶叫を上げ――やがて、黒煙を立ち上らせながら、どしゃりと倒れ伏した。
しばらく、マーフィーがむくりと起きだすんじゃないかと警戒していたが、そんな様子もない。
「……や、やった、のか?」
「……やった……みたい」
恐る恐る、リオナと確認しあう。
「――は、はは! やった……!」
「きゃ!?」
感極まった俺は、リオナに抱きつき、その身体を抱き上げてくるくると回る。
「ちょ、ちょっと誠……っ」
「すげえ! これは凄いチート武器だぜ!」
この剣があれば、どんな大群だって楽勝で蹴散らせる! 魔王討伐だって夢じゃないぜ!
「――誠、リオナ!」
「! アート!」
俺は回るのをやめて、声のしたほうを振り返った。
抜き身の剣を持ったアートが、俺達を見つけてほっとしたように笑う。
「今の雷、すっごかったなあ。周りにいた魔物たちが一掃されたぜ」
「ああ! すっげーだろ! 今の、リオナがやったんだぜ!」
「わ、私がっていうか、この剣……が……っ」
律儀に訂正しようとしたリオナが、その途中で、口元を押さえて身体を折った。
「リオナ? どう……ぐ……!?」
気持ち悪いのか、背中でも摩ろうかと手を伸ばしたところ、突然、喉を逆流してくるものがあって、俺も、口を手で覆った。
「ごふ……っ」
堪らず咳き込めば、手は鮮血に染まった。片手どころか、両手からも溢れる血。
すぐ横で、リオナも俺と同じように血を吐いていた。
「誠!? リオナ!?」
驚くアートの声も、どこか遠くから聞こえ始める。
せり上がってくる血は止まらず、目は霞む。
俺は手で覆うことはやめ、咳き込みながら、地面に突っ伏した。
「誠!」
たぶんアートの手が俺の背中を摩ってくれたようだが、碌な返事も出来ない。地面の冷たい感触が気持ちよくて、少しだけ救われるような思いがしたが――そこで、俺は意識を失った。




