10 俺と勇者と先代の書
暗い。
ここは何処だ――と辺りを見回したら、一面の闇だったところに、青い光の波が生まれた。風が吹いて、それにあわせて、青い光の波も揺らぐ。
よくよく見れば、波は、青い光を放つ花たちだった。
その青い花畑に、二人の人影が現れた。
「! リオナ!」
片方はリオナ。もう片方は、柔らかな薄紅色の髪の、リオナに似た面差しの――
「っ!?」
そこで、目が覚めた。
花畑は消え、リオナともう一人の女性の姿も消えた。俺がいるのは、豪奢な内装の部屋のベッドだった。
「ここは……俺は」
そうだ、リオナが剣の雷で魔物を一掃した後、俺は血を吐いて意識を失ったんだ。
――で、今まで見ていたあれは……予知夢?
リオナは、青い花畑で、あの女性と対峙する……?
とその時、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
出た声はしゃがれて、そう大きな声にならなかったが、返事は外に届いたらしく、急くようにドアが開いた。
「っ誠、目が覚めたのね!」
飛び込んできたのはリオナだった。ベッドで身を起こしている俺を見ると、ほっとした表情になって駆け寄ってくる。
「状況が良くわからないんだけど……リオナは平気だったのか?」
確か、俺と一緒に、結構盛大に血を吐いてた覚えがあるんだが。
「私は平気。冒険者として、しっかり鍛えてるんだから」
「……それは、頼もしいな」
いや、血を吐くって、鍛えてどうにかなるもんか? と思ったわけだが、突っ込むのは止めておいた。
「ええと、それで、魔物の襲撃は?」
「あの剣の雷で半分くらい消滅して、残りは撤退して行ったわ。それが二日前の出来事で、とりあえず街は安全よ。で、ここはドナルの邸」
「そっか……」
街が守られたんなら良かった。最悪、この街の壊滅もありえたわけだからな。
にしても、あの剣の効果は凄かったなー。マーフィーも焦がしたくらいだし――って、そういえば。
「マーフィーは? あ、マーフィーっていうのは……」
「わかってる。あの竜人でしょ。私も予言書は読んだのよ」
「……読んで、敵の指揮官だってわかった上で喧嘩売ってたのかよ」
リオナの答えに、俺は呆れた。
てっきり、マーフィーが強敵だと知らずに挑んだんだと思っていたのに。
「ええ。だって指揮官を倒せれば、指揮系統混乱して、逃げてくれるかもしれないじゃない」
「だからって、無茶なことを……幹部クラスの竜人だぞ? アートでも渡り合えるかどうかって相手に……」
「まあ、無事だったんだからいいじゃない」
「無事って……血を吐いて倒れて無事とはいわないだろ」
「あら、それはマーフィーと戦ったせいじゃないと思うわ。だって誠もそうだったじゃない」
「……それを言われると……」
確かに、俺はマーフィーと戦ってなんかないし、リオナと俺は同じタイミングで倒れた。マーフィーとの戦闘のせいというより、勇者と予言者の関係のほうがありえそうか……。
「ああ、そうそう。マーフィーは今、この邸の地下室に監禁しているわ。アートさんが見張りについてる」
「え、監禁?」
予想外の言葉に驚いた。いや、マーフィーが生きていることじゃなくて、マーフィーを監禁出来ていることがだ。
「でもだって、竜人だろ? 牢屋なんか一捻りで出られるだろ?」
竜人は人間とは筋力が違う。牢屋の鉄格子だって、捻じ曲げて、簡単に脱獄できるはずだ。
「それが、どうもあの雷のせいで、大分能力が落ちているらしいの」
「え、あの雷で? へえ」
そんな特殊効果は書かなかったけどな……って、そういえば、ノートはどこだ?
きょろきょろと辺りを見回したら、俺が何を探しているか察してくれたらしい。
「ノートは今、ドナルさんが研究してるわ。いつの間にか書き込みが増えてたし、当分手放さないと思うわよ」
「あ、そっか。なるほど」
そういえば、リオナを探しているときに勝手に書き込まれたんだよな。あれは音声対応なのか、それとも自動更新機能つきで、ちょうど更新されるタイミングだったのか、どっちだろう?
「で、代わりと言ってはなんだけど、私はこれを借りてきたわ」
そういってリオナは、革表紙の本を掲げて見せた。
タイトルは――日本語だ!
「伊予田 未来の異世界滞在日誌!」
「そう。未来は、先代の予言者よ。誠が読みたがっていた予言者の手記ね。はい」
本を食い入るように見つめる俺に、リオナは微笑みながらその本を手渡してきた。
「え? いやでも、リオナが読むつもりで持ってきたんだろ?」
「まあね。誠がまだ目を覚まさないなら、先に私が読もうと思ってたけど。でも誠は起きたし、私じゃ意味がわからない単語もあるかもしれないでしょ? だったら、まず誠が読んだほうがいいと思うの」
だから、はい、と改めてリオナは俺に本を差し出してきた。
「……じゃあ、ありがたく」
俺はリオナにぺこりと頭を下げて、早速本を開いた。
「私は、地球、日本の東京に住む女子大生の伊予田未来です。2017年8月、私は気付いたら見知らぬ森に倒れていました……俺の、一年前か」
小声で読み上げ、呟いた俺の言葉を拾ったリオナは「え? 一年?」と驚いて聞き返してきた。
「何か変なのか?」
「だって、先代の予言者が存在していたのは、二十年前よ」
「え?」
俺はもう一度日付を確認するが、やはり、2017だ。ということは、一年の日数が違うのか、時間の進み方が違うのか……もし俺が無事に地球に戻ったとして、その時は一体何年何月に帰るんだ? 考えると怖くなってきたぞ。
「と、とにかく先を読んでみる」
「そうね、そうして」
リオナに断って、今度は黙って読み進める。
こっちに落ちて、初めて出会ったのは、自分が書いていた小説の主人公だった。ここは、今まで書いていた小説そのままの世界で、そして、書いた通りの展開になっていった。
どうやら自分は予言者と呼ばれる人間らしい。歴代の予言者たちは、皆、地球の日本から来た人らしい。そして――確実に帰ったことが確認された人は、一人も、いない。
「っ」
その可能性は勿論考えて、でも、考えないようにしていた。だってそうだろ? 帰れないなんて、そんな……っ。
「……誠?」
「……い、いや。大丈夫だ」
心配そうなリオナに笑みを向けて――でも、自分でも引きつったのがわかるから、俺は表情を隠すように、本に目を落とした。
そこから未来は、帰る方法を見つけるために、彼女の勇者と旅をした。ノートと万年筆を持っていた彼女は、俺と同じように有利な展開を書いてみた。
お、これは今の俺にありがたい情報っぽいぞ! どれどれ。
フラグなしに、都合の良い結末へは導けない。唐突過ぎるものは、赤く光って弾かれる。根拠はあっても効果に見合ってない場合は、書き込めはするが赤く光って、勇者と予言者は代償を支払うことになる。
「って、代償!?」
「な、何よ、びっくりするじゃない」
思わず大声を出したら、リオナの身体がびくりと震えた。その手には、皮剥き途中のリンゴがあった。
「あ、ナイフ使用中に驚かせてすみません」
「そ、それはいいから。何? 代償って」
素直に謝った俺に、リオナは既に剥けていたリンゴを皿に盛って突き出してきた。
あざーっす。俺はありがたくリンゴに噛み付いた。
「ええと……つまりチートを使うと手酷いしっぺ返しがくるらしい」
「チート?」
「まあ、今回で言うなら、あの剣だな。予言書を利用して、あるはずのない効果をつけたもんだから、調子のんじゃねーぞ、と」
「……私が血を吐いたのは、あの剣を使ったせいなのね?」
「……はい、そのようです」
リオナの静かな静かな声での確認に、俺は雷を覚悟しつつ頷いた。




