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11 俺と勇者とハイリスク


 リオナの静けさが恐ろしい。いやしかし、これは全面的に俺のせいだ。お叱りは甘んじて受けなければ――と、思ったのだが。

 

 「そう」

 

 リオナは静かに頷いただけで、しゃり、とリンゴをかじった。しゃり、しゃり、と咀嚼する音が響き――

 

 「……あれ? 怒らないのか?」

 

 耐えかねて、尋ねた。

 

 「怒らないわよ。あの剣のおかげで街の被害は少なくて済んだし、魔物も沢山倒せたんだから」

 「いや、でも、死ぬかと思ったろ?」

 

 俺は思った。血を吐いて、目の前がまっくらになって。

 

 「思ったけど。あれだけの魔物を倒せたんなら、あそこで死んでも本望だったわね。もし、もう一度あの剣が大活躍する状況になったら、私は迷わず使うわ」

 「っ」

 

 リオナの淡々とした物言いに、俺は息を呑んだ。

 

 「あ、ごめんなさい。私だけの話じゃなかったわね。誠を道連れにするのは避けたいわ。どうにかならない?」

 「な、ならない!」

 

 俺は咄嗟に断言した。

 怖気づいたと思われても構わない、とにかく、リオナを、あの剣に依存させちゃ駄目だ……!

 

 「俺の身体のためにも、是非とも、あの剣は封印する方向で頼む!」

 「仕方ないわね。じゃあ今度、もっと使い勝手が良さそうなのを見繕ってちょうだい」

 「……考えとく……」

 「ええ、よろしく」

 

 そういってリオナは、もう一欠片、リンゴを口に入れた。

 

 

 それから俺は、未来の手記を読み通した。記述は、勇者と共に、魔王との決戦へ向かうところで終わっていた。

 俺が読み終わったので、今度はリオナが手記を読み始める。俺は俺で、情報を整理しようと、あれこれ考え始めた。

 

 やっぱり、魔王戦後に勇者と予言者がどうなったのかまでは書いてなかったか……。

 最悪、魔王戦で敗北したかもだけど、それでも一応、魔物の活発化は抑えられた――はずだ。

 俺は、手記を読むリオナを、そっと窺う。

 

 ――だって俺は、魔王復活に伴う魔物の活発化で……リオナの姉の死を、書いたんだから。

 唯一の肉親にして、最愛の姉の死――それが、リオナを魔物退治の道に進ませた。魔物を憎み、もう心配してくれる人もいないんだからと、自らの命に無頓着にさせた。

 だからリオナは、剣の行使に自分の命が代償となると知っても、構わない、なんて言ってしまう……。

 

 「あ、もうこんな時間ね」

 

 ふいにリオナが、本を閉じて立ち上がった。

 

 「何かあるのか?」

 「そろそろ、アートさんに差し入れを持っていく時間なの」

 「ああ、見張りしてるんだったよな? 俺も行く」

 

 このままぐるぐる考えても良い考えは浮かびそうにないし、気分転換に、豪快なアートと話がしたい。倒れた俺を回収してくれたお礼も言ってないしな。

 

 「……やめたほうがいいと思うわ」

 「何で? マーフィーはちゃんと捕まってるんだろ? 別に危ないこともないだろ?」

 

 マーフィーにも、ちょっと聞きたいことがあると粘ってみれば、リオナは困ったように眉根を寄せた。

 

 「牢屋に入れてはあるけど……。あのね、そもそも魔物たちは、予言者を抹殺せよという魔王の命令で、この街を襲ったんですって。ここに予言者がいるっていう根拠はなかったみたいだけど」

 「っ」

 

 息を呑んだ俺に、リオナは頷いてみせる。

 

 「そう、予言者、つまり貴方のことよね? いくら牢屋にいるっていっても、万が一を考えたら、行かないほうがいいと思うのよ」

 

 まあ……それは、確かに。何かの拍子で俺のことを知ったら、本気出して脱獄して、殺りにくるかもしれない。

 でも――それでも俺は、マーフィーと話をしてみたい。

 さっき夢で見た、リオナと対峙していた女性――彼女がマーフィーと仲良さげに会話している光景を、昔、夢で見た気がしてるから、マーフィーに確認してみたいのだ。……出来れば、リオナがいない場所で。

 言葉にはしなかったが、俺の意思は伝わったらしい。リオナはやれやれと肩を竦めた。

 

 「仕方ないわね。でも、私とアートさんの傍を離れないこと。いいわね?」

 「了解!」

 

 リオナの条件を、俺は喜んで受け入れた。

 

 

 台所で食べ物飲み物を詰めたバスケットを受け取って、俺たちは地下室へと向かった。

 ひんやりとして薄暗い中、階段を下りていき――ギン! と鉄が叩きつけられるような音が聞こえた。

 

 「リオナ、今の!」

 「ええ、行くわよ」

 

 剣を抜いたリオナが、階段を駆け下りていく。それに遅れまいと、バスケットを抱えて俺が続く。

 ギン、ギン! と、さらに数回音を聞いたところで、俺たちは地下室にたどり着いた。

 

 「……アート?」

 

 何故かアートは、牢の鉄格子に剣を叩きつけていた。

 誰かと戦っているわけではないらしい……と思いかけて、「え?」と目を凝らす。

 アートが剣を振り下ろす寸前に、薄い影みたいなものが現れて消えた――ように、見えた。

 

 「ひひ、ひひひ! どこを狙っておる。さあさあ、儂はこっちじゃ!」

 「チッ! ちょこまかと!」

 

 人をおちょくるような声が何処からともなく聞こえ、舌打ちしつつもアートの剣は止まらない。

 

 「早うせんと、マーフィーの呼吸が止まるぞえ?」

 「!?」

 

 ハッとして牢屋の中を見た。マーフィーの身体が宙に浮き、彼の手は、喉元の何かを引き剥がそうともがいていた。

 何かに、首を絞められている? 首を絞めているのはアートを挑発している奴で、アートは姿を消してばかりの奴を斬ろうと苦戦しているわけか。

 

 「レイスね。アートさんが苦戦するのも無理ないわ」

 「レイスっていうと、幽霊だな。普通の武器で、斬れるのか?」

 

 小声で呟くリオナに、俺も小声で質問を返した。

 

 「アートさんの武器には、悪霊にも効くように祝福がしてあるわ。……残念だけど私の剣じゃ無理ね」

 

 リオナは、冒険者としては駆け出しか中堅なりたてってところだったはずだから、一流のアートみたいに武器が揃ってないってことか。

 

 「でもそれじゃあ、マーフィーが……」

 「そうね、ちょっとまずそう……あら、誠、それ……」

 「ん?」

 

 リオナの視線は、俺が抱えるバスケットに注がれていた。

 

 「これならいけるわ」

 

 リオナはバスケットから何かを掴み出すと、レイスが姿を見せる瞬間を狙って、投げつけた!

 

 「っぎゃああああ!?」

 

 想像を絶する悲鳴が、レイスから発せられた。レイスは姿を消す余裕もなく、身を捩って苦しんでいる。

 

 「は! ようやく捉えたぜ!」

 

 そこへアートが斬りかかった。今度こそ、アートの剣はレイスに届いたが、場所が悪かった。レイスの身体は鉄格子に重なっていて、アートの剣は、レイスを半分ほど斬ったところで鉄格子に阻まれた。

 

 「ぐ、お、おのれ……覚えておれ……!」

 

 多少余裕を取り戻したらしいレイスは、捨て台詞を残して姿を消してしまった。

 

 「ふう、やれやれ。面倒臭ぇ相手だったなあ。ところで誠、リオナ。一体何をしたんだい?」

 

 アートは、戦闘中でも、しっかり俺たちに気付いていたらしい。驚いた様子もなく聞いてきた。

 

 「これよ」

 

 リオナは、バスケットから取り出したものをアートに見せた。

 

 「おう、ニワトコの実かぁ。なら納得だ。悪霊には効果的な攻撃だな」

 「ニワトコ?」

 「悪霊を寄せ付けないといわれる木よ」

 「おう。いい機転だったぞぉ、リオナ」

 「ありがとうございます」

 

 アートの称賛に、リオナは嬉しそうに笑った。


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