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12 俺と予知夢と姉のリボン


 「っごほ……!」

 「あ、マーフィー! 大丈夫か!?」

 

 咳き込む音を聞いて鉄格子に駆け寄った俺を、蹲ったままのマーフィーが、ぎろりと睨みあげた。

 

 「……何故、私の名を知っている……」

 「あ」

 

 しまったー! そうだよ、自己紹介してないんだから、名前知ってたらおかしいじゃん! 下手したら予言者ってバレるレベルのポカか!?

 

 「おめえさんは首を絞められて聞こえてなかったんだろうがな。あのレイスが呼んでたぜ」

 

 アート、ナイスフォロー!

 

 「ところで、何だって奴は、おめえさんを助けようとしねえで、始末しようとしたんだい?」

 「……私の存在が、邪魔になったのだ」

 

 マーフィーは深呼吸で息を整えた後に答えた。

 

 「邪魔? 失敗の責任じゃなくて?」

 「…………」

 

 リオナの質問には、マーフィーは答えなかった。黙々と、乱れた着衣を整えて――

 

 「あれ?」

 「おう、どうしたぁ?」

 「その、青いリボン……」

 

 何か、見覚えがある。どこでだったっけ、と首を傾げたところで、リオナが鉄格子に飛びついた。

 

 「っそのリボンはお姉ちゃんのものよ! なんであんたが持っているの!」

 「ああ!」

 

 そっか、そうだ! リオナの姉、フィオナのリボンだ! リオナが、フィオナへの誕生日プレゼントに、フィオナの好きな青い花で手染めしたリボン! 夢で見て、ノートにも書いたやつだ!

 

 「姉……? そうか、ではお前が勇者リオナか」

 

 マーフィーはリオナの名前を知っていた。

 

 「っ何で知っているの!」

 「……魔王は、勇者の弱点となる者の肉体を乗っ取るのだ。隙をつくためでもあるが、勇者の絶望を見るためにもな」

 「っお姉ちゃんは死んだのよ!」

 

 そうだ、俺も、フィオナの死を書いた。ノートに書いてしまったそれは……もう確定されたことのはずだ。

 

 「魔王であれば、死した肉体を蘇生することは容易い」

 「……流石魔王、とでもいえばいいのか?」

 

 それ、俺がノートに書いたら、血を吐くレベルだったりしないか? いや、それよりもだ。

 

 「けど、それなら、そのリボンはどうしたんだ? 今、リオナのお姉さんの身体を動かしているのは、魔王……なんだろ?」

 

 そのリボンは、リオナが姉と一緒に埋めたはずだ。リオナの姉にとっては特別でも、魔王にとってはただのリボン。わざわざ墓から持ち出すようなものじゃないはず。

 

 「……肉体を蘇らせれば、魂も蘇る。そこに魔王が入り込めば、一つの肉体に、二つの魂が同居することになる」

 「じゃ、じゃあ、お姉ちゃんは……!」

 

 まだ生きているのね、とは、リオナは口にしなかった。突如生まれた希望に、胸が詰まったかのようだ。

 

 「――いや」

 

 だがそのリオナの希望を、マーフィーは打ち砕いた。

 

 「ただの人間の魂が、魔王の魂に抵抗し続けることは難しい。最初こそフィオナのほうが優位だが、やがて魔王の出現のほうが長くなる」

 「……マーフィーは、フィオナと親しかったのか?」

 「……ああ。私は、彼女の世話係をしていた」

 「は? 竜人を人間の世話係にしたってえのか? なんつー無駄遣いをしやがる」

 

 アートが呆れるのも無理はない。だって竜人は戦闘能力に秀でた種族で、戦いこそが彼らの本分だ。それを、人間のお守りとか。

 

 「世話もするが、護衛も兼ねている。人間の生活をフォローするにはやはり人型の魔物がよいが、魔王の魂が表出していないフィオナの時はただの人間で、知能の低い魔物たちは、魔王の器と気付かずに襲ってしまうことがあるからな」

 「ああ、それなら戦闘力が必要だな。無駄遣いじゃねえ」

 

 何故か嬉しそうに、アートが納得していた。

 

 「フィオナは私に心を開いてくれた。人型とはいえ、竜人は魔物だ。怖くないのかと聞いたら……言葉が通じて歩み寄る余地があるなら、魔物かどうかなんて関係ないといった」

 「……お姉ちゃん……」

 

 リオナの顔が、泣き笑いに崩れる。姉らしいエピソードだと思って――つまり、本当に姉は魔王なのだと、納得したのかもしれない。

 

 「このリボンは妹がくれたのだと大事にしていたが……しばらく前に、もう要らぬと、捨てられた」

 「っ」

 

 リオナが息を呑んだ。リボンを大事にしていたフィオナが、もういらないと捨てた。

 それはつまり――もう、フィオナの魂は、消えているってことで……。

 

 「私が始末されそうになったのも、それが理由だ。魔王の意識のほうが強くなったのなら、私の世話も護衛も必要ない。それどころか、フィオナと親しい私の存在は、彼女の魂を留める一因となる。魔王がフィオナの肉体を完全に支配するためには、邪魔ということだ」

 

 だから、あのレイスはマーフィーを抹殺しに来たのか。

 

 「っし、信じないわ!」

 

 リオナが叫んだ。

 

 「お姉ちゃんは死んだの! お姉ちゃんは魔王なんかじゃない! 今も、あの丘で眠ってるの! 死んで……蘇って、もう一度殺されたなんて、信じないわ……!」

 「リオナ……」

 「…………」

 

 悲痛に叫ぶリオナに、俺とアートは、かける言葉を見つけられない。

 

 「お姉ちゃんの仇が、お姉ちゃんだなんて……認めない……!」

 

 リオナは、姉の仇として魔物全般を憎み、その根絶を誓った。魔王を倒すことを最終目標に、戦い続けていた。それなのに、魔王が姉だなんて……本当に、何てことだ。

 リオナが頑なに認めないという気持ちもわかる。俺だって、そんな姉妹対決、認められない。

 認められないが――だが、俺は見てしまった。

 夢で、リオナと対峙する薄紅髪の女性、フィオナを。

 

 「信じない、認めない、か。まるで駄々っ子だな」

 

 嘲る言葉が、嗚咽を漏らすリオナに投げつけられた。

 

 「っマーフィー! お前……っ」

 「まあ待て」

 「アート!?」

 

 あんまりな言葉に抗議しようとした俺を、アートが押しとどめた。

 

 「……なんですって……?」

 

 リオナが、滲んだ涙もそのままに、マーフィーを睨みつけた。それを、マーフィーも真っ向から受け止める。

 

 「認めないと目を逸らし、何も成さずに終わるのか」

 「…………」

 「だとしたら、フィオナは随分と妹を買いかぶったものだ。あの子は強いといっていたが、とんだ泣き虫の弱虫だったな」

 「……っ馬鹿にするんじゃないわよ……!」

 

 リオナは、ぐいっと涙を拭った。

 

 「私は逃げない、逃げるもんですか……立ち向かってやるんだから! 全力で!」

 

 足を踏ん張り、拳を握って、リオナは宣言した。

 

 「リオナ……」

 

 そんな彼女を、なんて強いんだろうと、俺は思った。

 どんな困難や逆境にも、リオナは立ち向かっていく。

 リオナとは比べものにならないことで――見てくれる人が少ないからとか、反応がなかったからとかで放り出したことがある俺には、その強さが、とても眩しかった。

 少ないとは言ったって、更新すれば読んでくれた人が、確かにいたのに。それなのに、俺は……。

 俺は無性に、エタらせているものの続きが書きたくなってきた。書かなきゃ、と今、強く思う。

 

 「――良い覚悟だ。では、私も同行しよう」

 

 挑発の末にリオナに覚悟を決めさせたマーフィーは、皮肉な笑みを浮かべながらも満足げに頷いた。

 

 「おいおい、何を言い出しやがるマーフィー。おめえさんは捕虜だぜ?」

 「知ったことではない。そもそも、このような鉄格子で私を閉じ込められると、本気で思っているわけでもあるまい?」

 

 いいながらマーフィーは鉄格子を軽々と捻じ曲げ、牢屋から出てしまった。

 

 「……まあなぁ」

 

 アートも、やっぱりな、と苦笑している。

 

 「こ、これは何事ですかな!?」

 

 と、ここでドナルが階段を下りてやってきた。

 

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