20 王の欲望
戦いから一夜明け。
広間。
俺、ラーラさん、グラさん、ヘロンさんは王の前に集められていた。
「よくやった! まさかカルメリアの兵を退けた翌日、一日の準備でカルメリアを落とすことができるとはな!」
王様は満面の笑みで俺たちに言った。
昨夜、カルメリアを降伏させてから、あれから俺たちはカルメリアの王族を連れてソリに乗ってもどった。
連れてきた兵士の大部分は残しカルメリアの占拠を続けた。残っていたカルメリアの兵は拘束、あるいはカルメリアの城の牢に入れ、反撃の芽を断った。
王族を連れてもどる途中、途中で、カルメリアにもどりかけていた、2000人の兵士たちを見つけた。これと戦っては面倒なので、王を傷つけられたくなければ抵抗をせず、城の外で待機していろ、と伝えた。
「王の命が惜しくば、従え!」
兵隊長はカルメリアの王を人質に、脅迫したのだった。
兵隊長はそのまま王に報告に向かったが、俺たちはまだ終わらなかった。
城の兵士を巨大ソリに乗せてカルメリアに運んだ。さすがに、200の兵では、なにが起こるかわからなかったからだ。何度か兵の輸送をくりかえし、1000人ほど運んだだろうか。
防衛の質を保てるよう兵の数を整えた。
そしてやっと宿にもどって眠り、起きて、いまにいたる。
さすが一級宿屋、ほとんど眠っていないのに、疲れはまったく残っていなかった。
あらためて王様が言う。
「さてインよ。おぬしの力は、国さえほろぼすことができるのだとわかった。他の魔法使うと組ませれば、世界もとることができよう」
「世界、ですか」
「そうだ。この大陸だけではない。四大陸すべてを手中に収めることができるのだ。このわたしが!」
「王様」
「なんだ」
「あの、魔力が多い、大魔法使い、のような人がいたら、勝てないのでは」
俺ができるのは魔力の増大。
魔力をたくさん持っている相手なら、こちらの強みは特にないのでは。
そういう国もあるだろう。
「それがな」
王様は笑う。
「カルメリアは、魔封の魔法を研究していたのだ」
俺たちの国にもウィリー先生の魔法研究室があるが、他の国も魔法研究室を用意しているのはあたリ前らしい。ただ、その内容はそれぞれの国でばらつきがある。
ウィリー先生は、魔法の素養がある人たちを集めて、あまり強制しない形で、自由にそれぞれで魔法の研究をやらせているところがあるらしい。
だがカルメリアは、人や魔物を転送する魔法、そしていま聞いた、魔封の魔法など、より実践的に進めていたようだ。
「ゆくゆくは、魔物だけでなく、人間を転送するつもりだったのだ」
転送鏡を設置して人を転送できるとなったら、つまり鏡さえ相手国に設置できれば、距離に関係なくどこでも兵を送り込める。
とんでもないことになる。
「魔封の魔法というのは」
「魔法を使えない空間をつくる魔法だ」
「見たほうが早いでしょう」
横から出てきたウィリー先生が言った。
連れてこられたのは、手を後ろ手に縛られた少女だった。
黒いローブを着ていて、前髪で顔がほとんど隠れている。
「トトンさん。やってください」
ウィリー先生が言うと、少女の手が光る。
すると、少女の前の、じゅうたんの一部に、紫の光で円が描かれた。
そこに模様のようなものが刻まれる。
魔法陣、というやつだろうか。
「誰か」
ウィリー先生が言ったのでラーラさんがその中に立った。
「あ」
ラーラさんの手に、紫の光の鎖が巻きつく。
「このように、魔法を封じることができます」
ウィリー先生は言う。
「さらに、彼女の魔法は、魔力を供給できれば範囲がさらに広がります。イン君」
「はい」
俺は、トトンさんと呼ばれた黒いローブの少女を抱き上げた。
「んっ」
少女が小さな声を出し、体をくねらせた。
「思い切りやってくれますか」
ウィリー先生が言うと、少女は右手をぐっとにぎった。
みるみる魔法陣が広がり、みわたすかぎり、紫の光の領域となった。
広間にいた、魔法が使えると思われる人たちはみんな、紫の光の鎖で拘束される。
問題なく体は動くようだが、魔法を使える人はいない。
「おお……」
王様が思わず声をあげた。
「自由に魔法を使える範囲を指定できれば、こちらだけが魔法を使えます。そして転送魔法は、魔力が増えても通せる数だけが増えるようで、兵には使えませんが、魔物を送ることはできるでしょう」
ウィリー先生の言葉に、王様は満足そうにうなずいた。
そして今度はメンジもやってきた。転送魔法使いだ。
俺が抱き上げると、眉間に深いしわを寄せ、体をこわばらせた。
「やれ」
メンジの手のひらが光ると、空中に光る鏡が現れた。
それが二枚。
一方に、王様がリンゴを投げると、もう一方から出てきた。
「転送魔法の場合、鏡がなくとも、仮の鏡を作ることもできるようになります」
「こいつらには、悪くない待遇を与える予定だ。だが命令に背くようなら、人質にとっている家族の保証はできん。がんばれば、いい暮らしはさせてやる」
王様は笑った。
「どうだイン。これでも不安か」
「いえ……」
「そうだろうそうだろう」
王様は笑顔を続ける。
しかし俺の不安はそういうところじゃなかった。
「王様」
「なんだ」
「他の国を倒して、大きな国になっていったら、なにをするんですか」
「なにを? 余の思い通りに世界を動かすのだ。男なら、誰しも一度は夢に見るであろう」
「はい」
「はっはっは!」
王様は笑った。
「イン。そなたらは魔法使い同士の連携を練習しておけ。あまり次の戦までは時間をとらぬつもりだ。わが国の情報がもれるおそれがある。早さが命だ」
「すばらしいお考えです」
兵隊長は言った。
「大きなほうびを取らせる。安心して待っていろ!」
俺たちは、王様の大きな笑い声に送られて、広間を出た。
ウィリー先生は広間に残ったようなので、俺、ラーラさん、グラさん、ヘロンさん、の四人だけだ。
広間の人たちとはちがい、俺たちはなんとなく重い空気だった。
黙って回廊を歩く。
「そうだ、イン君にはまだ、魔法研究室の人たち、紹介してなかったわね!」
ラーラさんが変に明るい声で言った。
「女の子にしか会ってないけど、男の子たちもたくさんいるのよ? 仲良くなれるといいわね」
「ラーラさん。ラーラさんは、戦争をしたいですか?」
俺は言った。
ラーラさんは黙っている。
「俺はしたくないです」
俺は言った。
「王様の言ってることって、戦って勝てそうだから戦うっていうだけですよね。きっと、いまは勝っても、いずれ負けると思うんです。俺は、その道具にされたくない」
「大きな声では言わないで」
ラーラさんは言った。
「……イン君は、そう思うだろうなったけど、でも」
「王様には歯向かえませんか。歯向かわない方がいいですか」
「……そうね」
「昨日はまだ、犠牲者は少なかったですけど、王様はもっと大きな戦争をやる気ですよね。でもそれ、ただの泥棒で、人殺しですよ。冒険者がやったら罰せられます」
「……でもね、イン君。私たちはそうやって、魔法研究室っていうものをやらせてもらったんだし」
「俺たちだけで逃げませんか」
俺が言うと、みんな足を止めた。
「俺は、利益のための戦争の手伝いはしたくありません」




