第12話 三叉路
——レベルC:非常事態における任務配置——
本事案「天命の日」によって、多くの官僚に犠牲が生じた。また、地上における任務が不可能となり、地上省をはじめとする地上関連の任務が消滅した。
よって、官僚機構の再編を実施し、各自は適正な分配によって任務が再定義される。
引継ぎは基本的に文書で行い、短期間で再編を完了させることを目指す。
また、省庁や各機関の統合計画もこれに含まれる。
新たな任務先については、各個人に通達される。
——IS-3401:住居——
天命の日からの二日間は激動の時間だった。議長の演説の後、僕たちは保安省に戻って地下都市の遊び人受け入れのための準備を進めた。ヴェリタスとオアシスは、副議長のところへ事案の総括をしに行ったため、僕は人数が必要な保衛庁の応援部隊として派遣された。
地下都市はその性質上地上都市よりも監視網がそれほど行き届いていなかったので、急速な監視体制の構築が不可欠だった。各地にカメラが取り付けられ、人事省との協力で保衛庁・公安局が合同で巡回を行うことが決まった。また、地上の監視網に穴が生じたためにその復旧が急がれていたが、評議会の決議によって地上への侵入が一時的に禁止されたため断念せざるを得なかった。保衛庁のモニターは地下を映し出し、ドローンが今まで以上に飛んでいる。現在、少しずつではあるが、遊び人らが順調に仮の住まいを得られるように動いているとのことだ。
また、官僚の任務再定義が行われたが、僕はそのまま保安省の公安局第一特殊部隊所属になり、名前もIS-3401から変わらなかった。特殊部隊として、実働部隊として、これからどういった任務をするのかは未だ決定されていない。
少なくとも、『天命の日』による影響は短くなさそうだ。地上の被害状況は未だ全貌を掴めておらず、極東列島外との連絡もついていない。しかしこの被害はトーキョーのみならず列島全体でその被害が報告されており、それが他地域にも同様に起きているだろうと予測された。列島内での情報共有によると、同じ日同じ時刻にトーキョーと同じような災害を確認した。一部の都市は壊滅を免れたが、オオサカやサッポロはトーキョー以上の被害を受けたらしくあの日以降連絡すら取れていない。おそらく都市機能がすべて停止したものだと推察されている。
また、トーキョー都市圏の外縁であるヨコハマやサイタマにおいてもその被害はひどく、どうやら地下都市を支える基盤が耐え切れずに地盤が崩壊したとのことらしい。トーキョー都市圏は、南関東直轄地における最大都市だ。これらの外縁についてもその対応が必要とされるだろう。
トーキョーは幸運なことに、地下の施設に問題はなく、エネルギーシステムが正常なため地盤崩壊や物資不足が起きていない。モデル都市として強固に造られたここがそう簡単に折れることはないだろう。少なくとも、地下は安全だ。
さて、本日の午前は個人的な要件で住居に来ていた。今まで僕が住んでいた場所は遊び人用の住まいとして解放されることになり、そのため僕は引っ越しすることになった。幸い、保安省からも近い場所が割り当てられて、行き来はこれまでよりも簡単になった。今まで世話になった家具とお別れして、仕事道具と少ない私物をまとめて目的の部屋に向かった。今まで、官僚は個別の部屋が与えられていたが、今回の再編では二人一部屋になるとのことだ。急いでいたから場所しか把握しておらず相手の名前をはっきり見ていなかったが、知らない番号だったためおそらく初対面だ。
僕の新しい部屋はビルの高層階にある。どうやら最近建てられたようだ。汚れのない大理石のエントランス、葉緑体システムのオブジェクト、管理人のプロキシ。エレベーターの外側は一切曇りのない強化ガラスで覆われており、地下都市の様子が一目でわかる。バタフライシステムを失った後に混乱していた都市は次第に落ち着きを取り戻し、今は評議会と行政府が立案した指針に基づいて動いている。バタフライシステムが運用される前に戻っただけで、的確な告知がないために不確定要素が多いという問題を除いて支障はそれほどなかった。かなり高い階に到着し、僕は指定された部屋の前に立った。本来はチップで鍵の開け閉めが可能だが、ドアの新規認証はどうやら内側からしなくてはならないようだった。仕方なく僕はドアベルを押して反応を待った。幸い、中には人がいたようで玄関に駆け寄る足音が聞こえた。ドアを開けていただき、同居人になるはずの人を見たとき、僕は二重の意味で思わず驚いた。とても見知った人だった。
「え?ヴェリタスさん?」
「ああ!オルフェオ!二日ぶりだが元気にしていたか?」
「まあ元気ですが……どうしてヴェリタスさんがここに?」
「ん?何を言っている?ここは私の部屋だが?君が同居人になるんだろう?」
僕は咄嗟に通達を見直す。同居人の名前はGB-4986だった。
「このGB-4986って……ヴェリタスさんのことですか?」
「ああ、そうだ。変わったんだよ」
「GBということは、行政府ですか?」
「そうだ。行政府の所属になったんだ。副議長の意向によってね。オアシスを連れてね」
「そうだったんですか……」
彼女の着ている服は、新しい名前が刻印されている青色の制服だった。"ヴェリタス"は"オルフェオ"の上司でなくなっていた。
「任務の再定義があったのは知っていると思うが、そこで私は行政府に召集された。全体の再編による結果だ。当然受け入れる」
「おめでとうございます」
「ありがとう、オルフェオ。さあ、入りなさい。君の居場所になるから」
僕は新しい住居に入っていった。
清潔な部屋。掃除・整頓が徹底されている、白色を基調とした部屋だった。奥の部屋にはダブルベッドと作業用の机。奥の大きな窓側にある机は彼女が使っており、対称的に、入り口側の机には何も置かれていなかった。
「ところで君、引っ越しにしては荷物が少なすぎないか?まだ前の所に置いているものがあるのか?」
「いえ、これだけです」
「大型の電子モニターに、仕事用の道具類に、それは服か……?趣味のものを捨ててきたのか?」
「いえ。お恥ずかしながらそういった趣味をもっていないんです」
「……私と同じか」
彼女はクスリと笑った。今まで見てきた職場の彼女とは違い、気が抜けているというか、だらけているというか。
「そこの机が君のだ。洗浄室やクローゼットに君のものを置いて構わない。私の物も少ないから十分にスペースがあるはずだ」
「ありがとうございます。寝る場所はどこで?」
「そこのベッドを使ってくれて構わない」
「これってヴェリタスさんのものですよね?使うなんてもってのほかじゃ……」
「別にいいよ。きちんと睡眠をとらないと仕事に支障が出るだろう?」
「……ありがとうございます」
「じゃあ荷解きでもしているといい。私は洗浄室に行ってくるよ。行政府への手続きが続いていてまともに入れなかったんだ」
そう言って彼女は着替えを持って入っていった。洗浄室からは身体を洗浄する機械音と水音が聞こえてきた。
荷解きといっても僕の荷物は多くない。私服をクローゼットにしまい、モニターを置くだけで十分だった。新しいチップとドアの認証もすぐに終わってしまった。僕は暇になって、ふと彼女の机の方に向かった。そこはこの部屋の中で異様に物が散乱しており、片付けが間に合っていなかった。
何個も開封された栄養剤。一瓶空になった睡眠欲を抑える薬。先端が赤くなった針。雑然と置かれていた紙には、「天命の日に備えるため」と記されていた。作戦の原案と思われるものが何枚にも殴り書きで書かれている。おそらく彼女はここでずっと作戦を考えていたのだろう。これほどまでに体へ負担を強いてまで。僕は彼女の体が心配で仕方がなかった。
机の奥の方に伏せられている写真立てがあった。僕はその内容が無性に気になってしまい、それを立て直して見た。埃を被った写真に息を吹きかけて粒子が舞い散る。写っていたのは三人の女性。この服装からして教育生を卒業する時の式典に撮られたものだろう。十年以上前のものだろう。中央に笑みもせずにいつも通りの塩顔なヴェリタスがいた。かなり若い頃の写真だったが、その雰囲気に違和感を覚えた。今のヴェリタスとは何かが異なっているような気がした。その彼女の肩を組むように両脇に笑顔の友人がいる。左側にはラテン系の活力にあふれた女性。右側にはペルシャ系の眼鏡をかけた女性がいる。三人の仲はとてもよさそうだ。写真立てにしてまで飾るなんて、相当彼女にとって大切な人なのかもしれない。
洗浄室から音がする。もうじき彼女が出てくると察知した僕は写真立てを慌てて元の位置へ戻した。彼女は黒色の部屋着に着替えていた。白いロシア系の肌と黒い部屋着のコントラストが印象的で、それ以上に仕事着以外を着た彼女に思わず見とれてしまった。
「どうしたの?何か私に用?」
「いえ、特に」
「そう」
彼女はベッドに腰かけて、僕の手を指さした。
「その手に持っているのは?」
僕は一瞬ドキッとした。手をみると、天命の日に対する作戦原案のメモを握っていた。
「ああ、この紙が落ちていたもので。拾ったまでです」
「そう。ありがとう。机に置いてくれて構わない」
「わかりました」
僕はそっと紙を置いた。
「そういえば、君って丁寧に喋ってくれるね。しかし、もう私と君に上下関係はない。行政府と保安省には確かに明確な力関係があるものの、個人間で、プライベートな仲でそれを意識する必要はないと思う。呼び捨てでも、雑に扱ってくれても私は気にしない」
僕は戸惑った。これは任務だけの関係ではなくなったというサインだ。僕は本心を打ち明ける。
「ありがとう……ございます。それでも私は、あなたを粗雑には呼べません」
「……そうか。それも君の自由だ、オルフェオ」
僕は自分の椅子に座って彼女と向き合った。
「それにしても、かなり無理をして作戦を立てていたようですね」
僕たちは彼女の机の方に目線を向けた。
「急がねばならないことだったから仕方がないさ。これによって多くの人の命が救われたんだ。そう思うと私は嬉しい」
彼女は笑みをこぼす。しかし、すぐに下を向いて表情を潰して小声で言った。
「……もっと救えただろうけど……」
僕にその声は微かに聞こえた。彼女は少し悲しそうだった。
「これから私は少し仮眠する。君はどうするんだ?」
「そうですね。午後からまた保安省に戻って作業を行います。そういえば今日、新しい人が来るとの連絡があったような……」
「新しい人?君の部下か?」
「色々とバタバタしていてじっくり見ていなくて……今確認します」
僕はメールを遡る。要件には、新しい人、というより新しい部隊長が就任するとの通達があった。先に見ておけばよかった。
「どうやら、新しい部隊長が就任するらしいですね」
「部隊長ということは、私の後任か。私も後任が誰になるかまでは知らない。誰がなるんだ?」
「ええっと……確か……」
僕はタブレットを見返した。そして僕の新たな上司となる人の名前を見つけた。
「新しい部隊長は、アヴィという方になるそうです」
その名前を聞いて、彼女の表情が曇る。
「アヴィ……アヴィ…………まあ、彼女ならうまくいくだろう。優秀な人だからな」
「知っている人ですか?」
「……そうだ。昔の仲で、今はほとんど会っていない」
「どんな方ですか?」
「会えばわかる。それがアヴィだ」
彼女は窓の外を眺めている。人工の光に照らされた地下都市は、これまで以上に盛んに稼働し続ける。官僚は最大の危機を乗り越えるため、任務に従事し、地上の復興へ向かわなければならない。行政府へ赴く彼女にその重みは深く圧し掛かっているに違いない。
外を見つめていると、僕のアラームが鳴りだした。もう正午になりそうで、昼食を食べて保安省に向かう予定ゆえ、あまり余裕がなかった。
「すみません、任務の時間になりそうです。夜には戻ります」
「夜……私は行政府にいる時間だ。鉢合わせはしないだろう。好きにこの部屋の物を使っていい。なにせここは君の部屋だからな」
「わかりました!行ってきます、ヴェリタスさん!」
僕は荷物を鞄にまとめてさっと部屋を出た。ドアが閉まる前、中から彼女の優しい声が聞こえた。
「いってらっしゃい、オルフェオ」




