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人類永約  作者: X-987
第一章:理想ある時
11/14

第10話 天命の日

 ——IS-3401(オルフェオ):保安省——


 

 運命の日になった。『天命の日』の11時すぎ。予定時刻の正午まで一時間を切った。僕とオアシスは第一特殊部隊の部屋で待機している。オアシスは武器の手入れをして心を整えているようだった。僕も天井を見上げているが、緊張はなかなかぬぐえなかった。そこに、副議長との最終調整が終わったヴェリタスは戻ってきた。二日間彼女は生命省で安静にしていたことで、体調は回復したようだ。

 

「おはようございます。元気そうですね」

 オアシスがヴェリタスに話しかける。二日ぶりに会って嬉しそうだった。

 

「おはよう。体調はすっかり戻ったよ」

 ヴェリタスは少し微笑みながら手を振る。

 

「私を生命省に運んでくれたし、そのあとの業務も引き継いでくれたようだな。感謝する」

「いえいえ~。お構いなく」

「ヴェリタスさんがそこも細かく指示を書いてくださっていたので、難なく成功しました」

「その通りになってくれてよかったよ」

 

 僕は前々から気になっていたことを質問した。

「そういえば、どうして副議長に直談判するって考えになったんですか?」

「まあ副議長には事前に連絡していたからな。あの人は永約の良心であり永約を支える重要な人だから」

「てっきり算段なく突撃したのかと思っていました……」

「そんなことはない。副議長には事前に連絡を入れていた。私は無謀なことをしない」

 そうであるなら、なぜ自身の体を労わることをしなかったのかと思ってしまう。官僚としてその心得が正しいにしても、あまりにも無茶をしすぎているようだ。

 

「それでさっき、副議長に会ってきて今後の動き方について聞いてきた。こっちにきてくれ」

 僕とオアシスは机に寄った。机上のパネルに【予備作戦】と書かれた資料が展開される。

 

「甲斐があって、私の案はほぼそのまま採用された。しかし、いくつかの変更というか、評議会からの要望があってな」

「具体的になんでしょうか?」

「評議会は、事態に備えての事前避難や告示は行わないとした。つまり、多くの一般官僚と遊び人たちは『天命の日』やそれにまつわる作戦については知らされない」

 僕はその報告に驚いた。これでは作戦の肝が消えたも同じだ。

 

「え?本当に?確かに今日のニュースも『天命の日』にまつわる物騒な話はなかったけど」

「それでよかったんですか?事前避難を行えば被害をさらに減らせるというのに……」

「私もそう思う。だが評議会は、何もなかった時に"日常が強制的に閉じられたと感じた人々が偶発的な暴動を起こす可能性がある"として却下したようだ」

「保身じゃないですか、それ。きちんと説明すれば遊び人だって従ってくれますよ」

「それは難しいとの見解らしい。こればかりはどうすることもできなかった」

 僕はその決定に納得できなかった。そこまでして"今"を守りたいのかと。ヴェリタスも同様に曇った表情を浮かべている。

 

「それで、この事態を知っている官僚は誰ですか?」

「これも、日常を保つため、最低限にのみ知られている状態だ。具体的には、評議会及び運営庁・外務局、保安省と資源省の全体、それと実働部隊をもつ部署すべて。それだけだ」

「地上省や生命省には全く情報が入っていないということですね……」

「しかもこれらの部署も、そのほとんどは日常の業務を優先するようにとの通達が来ている。私たちは今日業務が回ってきていないから備えられているが、他は行き当たりばったりだ」

「これじゃあ事前準備はほとんどできませんね……」

「その代わり、保安省と副議長率いる行政府の官僚が合同で『天命の日』の観察、および有事の際の指揮を執ることになった。トップは副議長が担当する」

「それは頼もしいですね」

「あの方なら問題ないでしょう。では、もし事態が起きればどうするのですか?」

 

「どのような事態……実際に何が起きるかは分からない。私もある程度の想定と条件ごとの分岐をつけて立案したが、本当にどうなるかは分からない。大規模なテロか、大地震か、何に対しても対応できるようにはしているが……それはともかく、事態によって私たちの動きは異なってくる。地上を見るか、地下を見るか。その災害による被害内容によって左右される」

「結構あいまいですね……」

「そりゃあ、バタフライシステムがない状態ですもんね」

「バタフライシステムは、どうやらまだ復旧していない。予言が途絶えるその時まで復旧作業を行うとのことだが、いまだ進捗は出ていないらしい。そういうのもあって、行政府や評議会は"日常"を創らなくてはいけなくて、それゆえに"非常"が後回しにされているとのことだ。もう悔やんでも致し方ない」

 僕は頑張って文句を飲み込んだ。もううだうだ言っている時ではない。

 

「わかりました。いつでも出動できるように整えます」

「どのような事態になるかわからないから、銃を携帯するように。レベルは3まで」

「レベル3ですか?もっと引き上げても……」

「本来ならレベル4以上の許可を申請すべきだろう。だが、この事案は正式には"非常事態"として認定されていない。評議会が平時の延長として処理することを決定した以上、私たちにその権限はない。……もっとも、"反体制側の取り締まり"を担当する特殊部隊が、"人を殺せるレベル"に上げる許可をいただくこと自体、困難だろう」

「承知しました」

 僕は銃のレベルを確認する。

 

「ではこれから、保安省二階にある第三監視室へ行くぞ。省庁や他の特殊部隊員はもちろん、副議長が連れてきた人もいるはずだ」

 僕たちはそれぞれ出動準備をする。まだこの場所に来てから2か月も経っていないが、特別部隊用の帽子はもう似合うようになっているはずだ。

 

 永約を最前線で守り続ける僕たちにとっての仕事が始まる。


 

 ホールのような造りの第三監視室には【予備作戦】に従事する者たちが集っていた。モニターはトーキョーすべてのカメラと接続されており、監視ドローンは地上だけでなく地下にも飛んでいるようだ。保衛庁の職員は、何か異変はないかとモニターとにらめっこしている。上段中央にはコンセル省長とチリタス副議長がいる。二人に挨拶をしようとするヴェリタスに僕たちはついていった。ヴェリタスは二人に敬礼する。

 

「評議会副議長、保安省長。本日はよろしくお願いいたします」

「ああ、ヴェリタス君。よく来たな。ちょうど君の話をしていたんだ」

「なんでしょうか?」

「この度の作戦内容、運営庁と私のチームとも協議したのだが素晴らしいできで修正点はほとんどなかった。コンセル省長の言う通り、君は永約になくてはならない存在だ」

「お褒め頂きありがとうございます」

「私は有能な人を素直に評価したい人間だ。もし『天命の日』が起きなかったとしても、君をぜひ私のチームに引き入れたいと思っている」

 突然の副議長のお誘いに省長は驚いた。

 

「え?本当にですか?」

「ええ、そうですよ」

 二人はヴェリタスの方を向いた。ヴェリタスは返答に困っているようだった。

 

「ヴェリタス、どうだね?」

「……少し考えさせてください」

「わかった。いい返事を待とう」

 

 ヴェリタスの後ろで、僕たちはひそひそと話した。

「すごいねヴェリタス。運営庁の、しかも副議長直属のところなんて早々行ける所じゃないわよ。優秀な経験を積んだ官僚のみ到達できる場所なのよ」

「……すごいですね」

 ヴェリタスがこれほどのスピードで昇進していくことは素直に羨ましかったし、自身の鏡とするべき人物だと感じていた。でも、どこか心の奥ではまだ部下として一緒にいたかったと感じてしまう。

 

「バタフライシステムによる告知がない12時以降は評議会が日常方針を決定する。なにもなければ議長と行政府が、何かがあれば私が指揮をする。……何もないほうが望ましいが」

 

 時刻は11:50を過ぎた。モニター越しに地上の生活が見えてくる。和気あいあいと駆け回る子どもや、アイスを食べながら愛を育む恋人たち。晴天の中供給を続けるアイス販売員の官僚たち。いつも通り盛況な遊園地に娯楽映画の並ぶ映画館。そこに従事する者たち。今もなお増築される街の建設物を建てる者たち。いつもと変わらない日常が確かにあった。もし、これが壊されてしまうのであれば……。


 

 秒針は規則よく変化し、時刻は均一に更新される。11:59。本当に何かが起きるかは誰にもわからない。これからはバタフライシステムにも示すことができなかった未知の領域だ。人類は留まらず未来へと進み続ける存在だ。その時が訪れるのを皆は固唾をのんで見守った。55……56……57……58……59……!!!!!!!

 

 0。静寂。時報の音だけ。誰も声を発さなかった。時計はすでに12時を示し、秒針は狂いなく作動している。モニターの日常は一変していなかった。10秒。20秒。日常は消えていなかった。誰もが黙って見守る中、省長は思わず言葉をこぼした。

 

「何も……なかった……か……」

 部屋中を安堵が包み込もうとした瞬間だった。

 

 突然の爆発音。……地上からだ。監視カメラは異常事態をすぐに捉えた。部屋は暗くなり、赤いランプが点滅している。警戒態勢のブザーが鳴り響き、次々と悪い報告が左右から上がる。

 

「地上にて多数の箇所で爆発を確認!」

「極東列島東沿岸にて巨大地震の発生を確認!」

「外務局より連絡。近隣管轄区にて火山活動の活発化を確認!噴火の影響がこちらにもくるとの予想です!」

「第一ドローン部隊より報告、空から無数の流星のようなものが落下しているとのことです!」

「第二、第四ドローン部隊原因不明の消失!」

「流星と思われるものが、すでに多数のビルやマンションを破壊しています!」

「外務局より連絡、極東列島外への通信が不可能になっているようです!」

「資源省より連絡、到着予定の輸送機の通信途絶!」

「流星の衝突により火災が各地で発生しています!」

「地上待機の公安局第六特別部隊より通信、地上において死傷者多数!」

「遊園施設にて大規模火災の発生を確認!」

 

 エラー(想定外)はトーキョーを覆い、モニターには想像もしなかった大惨事が映っている。一か所どころではない。モニターに映る全ての地上において異常現象が起きていた。地上に安全な場所はないだろう。あまりにも悲惨な状況に思わず目を背けてしまいそうだ。状況把握のためにヴェリタスは叫んだ。

 

「地下の状況を報告して!重要施設を含め、異常はあるか?」

 すぐに行政府の職員は地下の全システムについて調べ上げる。一分もしないうちに結果が返ってきた。

 

「地下のエネルギーシステムに故障はありません!」

「地下の発電施設および資源管理システムに異常なし!」

「コネクトシステム正常作動中!」

「流星および地震による甚大な被害はありません!火災もありません!」

「……そうか、地下に異常はないのか」

 

 ヴェリタスは狼狽える省長を押しのけて副議長に駆け寄った。副議長も驚きを隠せていない。ヴェリタスは大声で進言する。

「猶予はありません。すぐに予備作戦の始動をお願いします。地上における全面的な被害、および地下における安全を想定したプランQなら問題ないはずです!」

 副議長は正気を取り戻した。深くうなずいてマイクを持って全員に宣言した。

 

「これより予備作戦におけるプランQを開始する!全ての官僚に計画通りの動きを通達せよ!」

 プランQは地下と地上の出入り口を一時的に無制限に開放し、地上にいる全ての人類を地下に避難させる作戦である。保衛庁職員はすぐに地上と地下をつなぐ通路を全面開放するように手続きを行った。地上にいる官僚は遊び人を地下へ避難させるために誘導を開始する。


 そして、それには僕たち実働部隊も地上に出て手伝わなくてはいけない。 

「オアシス、オルフェオ!二人とも地上に向かうぞ!全ての人を地下に導くように誘導する!」

「はい!」

 

 僕たちは保安省から地下最上階へ続くエレベーターに乗り込んだ。エレベーターから見た地下都市の状況は混乱状態にあった。バタフライシステムによる日常の曖昧化と、プランQによる緊急指示によって、渋滞が発生し、人がまばらに動いている。人事庁によって地下都市の整理が行われて、遊び人を含めたすべての人類を避難できるようにスペースを確保しようとしている。最高レベルの非常事態を示すサイレンが何十年ぶりに稼働し官僚のきびきびとした動きを支援しているようだ。

 

 無事に地下最上の通路に着くと、すでに何人もの遊び人が避難していた。宣伝庁による緊急アナウンスが流れて、人々の危機感を適切に煽っている。

「奥の方まで走ってください!奥の階段から地下都市に入れます!」

「落ち着いて!焦らないで!」

「荷物はできるだけ持たないように身軽な状態で向かってください!」

 僕たちはそう声をかけながら地上へと逆行するように走っていた。


 

 地上は日常からはもちろん、さっきまでモニターで見ていたものよりも悪化していた。空は赤黒く染まり無数の星が落ちている。燃え盛る建物に自動車。爆発に巻き込まれて命を落とした人間やプロキシ。アナウンスの声を遮るようにあたりは火の音で充満し、人々を混乱へと陥れる。

「急いでください!地下はこっちです!」

「急げ!間に合わなくなるぞ!」

 

 二人が叫ぶ中、僕は茫然としていると突然轟音が鳴り響いた。頭を叩かれたような衝撃の方向に目線を向けると、バタフライシステムのある塔に流星が直撃していた。大きな指令室のある場所が燃え盛り、宇宙に一番近いとされるアンテナが折れて地面に墜落した。僕は冷静さを取り戻して避難誘導を行った。

 

 僕たちは多くの人を地下へと避難させただろう。しかし、この事態はいつまでも続いており一向に止む気配がなかった。流星は未だに落ち続けており、火の手が止むこともない。アナウンスが副議長の声に変わる。

 

「全官僚に通達。地上に残っている全官僚はただちに地下に帰投せよ。全官僚に通達。地上に残っている全官僚はただちに地下に帰投せよ」

 副議長らの作戦司令部は、これ以上の地上での活動が困難と判断したようだった。

 

「ヴェリタスさん!オアシスさん!全官僚に対する地下への退避が発令されました!私たちも向かいましょう!」

「了解した!すぐに向かう!」

 僕たちは地下へ戻ろうと走った。200mほど走った後、さっきまでいた場所に流星が落ちたようで爆発・炎上していた。危なかった。

 

「オルフェオ!待って!」

 オアシスが突然叫んだ。彼女の目線上には、状況を理解できずに立ち尽くしている子どもがいた。彼女は駆け寄って泣き叫ぶ子どもを抱きかかえて、必死になだめる。

「大丈夫、大丈夫だからね!ここは危ないから一緒に逃げようね!」

 彼女は散乱する障害物を避けながらなんとか地下通路に戻ってきた。僕とヴェリタスも近くに人がいないことを確認して通路に戻ってきた。司令部から次の指令が届いた。

 

「地下通路にいる官僚へ伝達。地上に繋がる全ての扉を封鎖せよ」

 それは合理的、しかし残酷な決断だった。ヴェリタスは指示に従って両扉の片側に手をかけたが、僕はその手を止めさせる。

 

「何をするんだ!?」

「ヴェリタスさん!まだ残っている人がいるかもしれないですよ!」

「これは作戦だ。従うんだ」

「でも……」

「被害が地下に及んではならない。このままこれを開放したままでは、逃げてきた人々を犠牲にしてしまうかもしれない。これ以上待つことはできない」

 僕は少なくない犠牲が出るだろうと思いながらも反対側の重い扉に手をかける。重厚なそれはぎしぎしと音を鳴らしながらもゆっくりと着実に動いていく。


 完全に扉が閉まったとき、僕たちは太陽から見放された。



 

 ——レベルB(一部官僚にのみの情報):トーキョー都市圏被害報告——


 

 事案発生から二時間時点ではっきりしている情報。

 

 地上におけるすべての活動は停止せざるを得なくなり、地上の統治機能はすべて喪失した。

 

 また、遊び人を含める地上で生活する人々をすべて地下へ誘導したため、地下において混乱状態が続いている。とくに遊び人を中心にパニックを起こす人が多発している。

 

 地下通路を通じて隣接している管区との連絡はとれたが、それ以外特に極東列島外の地域および宇宙基地との連絡が不安定になっている。事案の他地域における被害推定が不可能。

 

 地下への影響拡大を鑑みて、地上へ続くすべての通路の封鎖を決定する。また、地上における監視機能や接続機能を一時放棄する。

 

 トーキョーにおいて、遊び人の26%、および官僚の31%(地上省においては66%以上)がこの事案により死亡したと推定。


 

 -------【至急】官僚機構の再編を求める-------

『第一章:理想の時』はこれにて完結しました。

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