第十五話 それがきっと『正解』の形なのでしょう。
「私の願いは、民の願いとは乖離しているのです」
レギーナは微笑み言った。表情はそうではなかったが、声色に少しの寂しさを感じた。
レギーナの願いは、自身は王位には就かず妹のサルワトールに譲ること。傍らにいてそれを支え、国の安寧を守り続けることだという。
「サルワトールは私よりずっとずっと優秀で、王の器に相応しい人間です。ですが民の願いは私に王座を継いで欲しいということ。生まれてきた順番がそうというだけのことなのに」
「それは、だって別におかしいことじゃないんだろ?」
「ええ。そういうしきたりで我が王家はずっと続いてきたわけですし、国も世界も安定していますから、それがきっと『正解』の形なのでしょう。その農夫が言うように、ダイヤ様と手を取りこの国を導き、そして次の子を授かるというのが正しい道なのです」
レギーナが選んだ言葉に、大埜の胸はキュッとなった。彼女の前にもそれを選べば良いという明確な『答え』があるのだ。そちらを選べば楽だということもわかっている。しかし彼女はその『答え』に手をのばしたりはしなかった。
「ですがその『正解』は私の願いとは相容れないのです。私、ムリエルのことが大好きなのです。サルワトールのことも。ダイヤ様を好きなのと同じかそれ以上に。だからムリエルの恋を叶えてやりたいと思うし、サルワトールみたいな賢くて人望もある子に女王になってもらってこの国を導いて欲しいと思ってる。……でもそれは『正解』ではないのでしょう。それでは私はどちらを信用すべきなのかと考えました。考えて、考えて、考えて」
三度の「考えて」に、長い時間と、繰り返し行われた自問自答の様子が窺われて、思わず息をのんだ。
「それで、どっちを?」
答えなどもうわかっているのに、大埜はそう尋ねた。彼女の言葉で声色で聞きたいと思った。
「目の前にある『正解』に身を委ねず、己の願いに――『これがしたい!』という純粋な感情に従うことにしました」
彼女の声はいつもより少しうわずっていて、だけどいつもより力強く発せられた。その声は大埜の胸に強く響いた。
レギーナは近いうちに城を抜け出すつもりだと大埜に告白した。自分がいなくなれば王位継承権はサルワトールに平和的に移るだろうと、そう考えた結果らしい。
「しきたりを変えるのは難しいですし、私が残れば、古来からのしきたりを頑なに守ろうとする者と、変化を柔軟に取り入れられる者との間で摩擦が起きるでしょう。悪ければ争いになるかもしれません」
そうだとしても、だから王女の地位を捨てるのだという彼女の考えには賛同することができなかった。
「それじゃあどっちの願いも叶わないじゃないか」
大埜は言った。この憤りをどう伝えていいかわからなくて、拗ねたような言いぶりになってしまった。
「私の望みは叶っていますし、民の願いだって、私のことを抜きにすれば叶っているようなものでしょう。優秀なあの子が平和な世を維持し続けていくのですから」
レギーナがそう返してくる。それを聞けばなおさら納得がいかなかった。
「叶ってないよ。レギーナ様はわかってない」
「何がわかっていないと言うのですか」
「レギーナ様の願いは、サルワトール様をただ王にすることだけじゃないだろ。みんなの願いだって、ただ平和な世界が欲しいってだけじゃないし、何より――」
大埜はレギーナの目を見つめた。飴色の瞳がぱちぱちと弾けるように輝いていた。その輝きに負けぬよう、怯まぬようにと気合いを入れる。
「目の前にある『正解』を押しのけてまで『したい!』を通したのに、そこにレギーナ様がいないなんておかしいじゃないか。『答え』通りじゃなくたっていいって、『したい!』で動いたのに、その結末がそんなだなんて、そんなの……」
言葉に詰まる。何と言っていいかわからなくなって、大埜は自分の心に問いかけた。どうしてこんなことを言っているのか? 何を言おうとしているのか?
レギーナの話をしていたはずなのに、頭の中ではいつの間にか自分のことにすり替わっていた。
大吉の世界という『答え』はたぶん『正解』なのだ。
だけどそれをすんなり受け入れられないのは、自分の中に違う『答え』があるからだ。正解ではないかもしれないが、自分で考えてたどり着こうとしている『答え』だ。
不意に浮かんだいろんな顔や風景。アルコたち、そしてこの世界の人たち。どれも愛おしくて捨てがたい。
だけどそのあとに浮かんだ姿は何よりも強く激しく大埜の感情を揺り動かす。思い描こうとすればカッと顔が熱くなった。
「お前らほんとに仲いいよな」と言われれば「うん、仲いいよ。ねー」と屈託なく笑う、由布季の姿。大埜がいちばん好きな、由布季笑顔だ。ここがどんなにいい世界だとしても、やっぱり由布季に会いたいのだ。
会って伝えたいことがあるんだ。
だから――
「『答え』通りじゃなくたっていいって、『したい!』で動いたっていいって気がついたのに、そんな結末じゃ嫌だ。俺が嫌なんだ。そんなんじゃないって、俺が信じたいんだ。だって、」
ふと思い出した、頭屋が言っていたタイトルの話。空白になっていた部分の言葉がだんだん形になっていく。
「『御神籤引いたらチートやらハーレムやらでウハウハな【大吉の世界】に来たけど、破るわけにはいかない大事な約束を元の世界に残してきたから、【答え】だとか何だとかに見向きもせずに何としても帰ってみせる!』って胸を張って言いたいから! 俺も『したい!』を選ぶような人でありたいから!」
だから何とかしてみよう。何とかしてみせるから、とレギーナの手をとった。




