第十四話 大事なところが抜けています
扉の前を行ったり来たり。
「おみくじは引きたい。そのためにはレギーナ様と……でもそれっておかしくないか?」
思考も歩みも、同じところをぐるぐる回っているだけで、一向に出口が見えてこない。
「おみくじは引きたい。そのためには……でも……」
「いつになったら入ってきてくれるのですか」
扉が開いて、レギーナが顔を見せる。レギーナは待ちくたびれた様子でため息をこぼした。
「え? いつから気づいてたんだ?」
「だいぶ前です。立ち話も何ですし、いつまでもそこでぶつぶつ言われるのもなかなか迷惑ですから、続きは中でいたしませんか」
どうぞと、扉を大きく開いて大埜を誘う。
自分から部屋の前まで押しかけたものの、中に入るのには抵抗があった。
「問題ありません。誰もいないし来ませんから」
「それが問題なんだよ」
「あら。何が問題なんです?」
レギーナはフフフと笑う。
「いつも傍にいる方を今日は連れていらっしゃらないから、てっきりその気になったのかと思いましたのに」
「いや、今日は、その、大事な話があって」
大埜はレギーナをまっすぐ見つめた。見つめているうちに目の前がぐらっと揺れるような感覚に襲われる。緊張からなのか、それとも彼女の魅力に当てられたからなのか。理由は知らないが、彼女と向き合うときはそういうことがよくあった。
大埜はごくりと唾を飲み込んだ。
「言うぞ」と自分自身に告げる。「本当にいいんだな?」と確かめる。
レギーナを見つめる。
大埜は勢いに任せて言った。
「俺と一緒にならないか?」
詰まりそうになったのを何とか堪えて、一気に言い切った。
レギーナは驚きも喜びもしなかった。いつも通りのやわらかな微笑みをたたえ、大埜をじっと見ている。
そのうちに、口角がより上を向いた。
目尻が下がって、視線が甘くなる。
「やっぱり、その気になったようですね。続きはこちらで」
大埜の手を取り、強引に部屋に引き入れた。
「この世界の人々の願いを叶えるため。それで、ダイヤ様は私と一緒になりたいと言ったのですか?」
二人きりの緊張感と、甘い空気に耐えかねて大埜は本当のことを打ち明けた。御神籤のことまで話すべきかどうか悩んだが、中途半端な説明は話を余計にややこしくするだけだと思い腹をくくった。
「そうですか。元の世界に戻るために、私と一緒になりたいと言ったのですね」
小ぶりのカフェテーブルを挟んで対峙しているというのに、圧が強い。鼻先まで接近して詰められているようなそんな感触があった。
「なんか、ごめんなさい」
「どうして謝るのですか? そこに愛情がなかったからですか? 元の世界に戻りたいと思っているからですか?」
いつものゆったりとした口調ではあるが、継ぎ目なく一息で言い切ったあたりに不機嫌を感じる。
やはり怒っているのだろうか。
「ごめん」
と大埜はもう一度謝った。
それを聞いてレギーナは深いため息をこぼす。
「ダイヤ様は思い違いをしています。あなたは違う世界から来た人です。いつかは帰るものと思っていましたから、そのようなことで気分を損ねたりしません」
「じゃあ、なんで――」
「わからないのですか。あなたが、元の世界に戻るため私と一緒になるなどと、馬鹿げたことを口にしたからですよ」
レギーナのため息が止まらない。
「民の願いを叶えるためには、この世界に居続けなければいけない。つまりあなたは元の世界に帰ることができないということです。そのような矛盾をはらんだものが、正解であるわけがないでしょう」
そんなことに気がつかず「一緒になろう」などと言ってきたことが不機嫌の原因なのだとレギーナは言った。
「いや、矛盾してるのには気づいてたんだけどさあ」
「それならどうして求婚したのですか」
再度のため息のあと、ずいと顔を近づけて大埜に迫る。
「意外と何とかなったりしないかなあ……なんて」
自分で言っていても「なるわけないだろ」とツッコミたくなった。だけど他に当てが無い以上、この一点にすがってみるしかなかったのだ。
「なるわけないよなあ」
「なるわけがないですし、そもそも、残念ながらその願いが叶うことはありません」
大埜は思わず「え!」と声を上げた。一緒になるということを拒絶されたのだと思ったからだ。彼女からの好意は気のせいだったということなのだろうか? そう考えた途端、今までの自分の行動や言動が急に恥ずかしく思えてきていたたまれなくなった。
大埜は思わず自分の顔を両手で覆った。
「また違うようにとらえていますね」
レギーナはそう言ったあと、フフフと笑った。久しぶりの笑い声だったような気がした。
何かのために間が必要だったのか。レギーナは呼び鈴でメイドを呼びつけると、お茶の用意をさせた。
「私がダイヤ様に好意を寄せているのは事実です」
レギーナの話の合間に、お茶の香りが薫ってくる。紅茶や日本茶とは違う、爽やかな草花に似た香りだった。
カップに注がれれば、いっそう香りが立ち上がる。元の世界にいたときは、日常的に飲むのは麦茶くらいのものだったから、たまにはこういうのも悪くないなと思った。
気がつくと、大埜の表情もやわらいでいた。
先程までの張りつめた空気は、お茶の香りに取って代わられたようだ。
話は飲みながらどうぞ、と勧められたので、大埜は素直に従った。一口含む。香りの中には見当たらなかったミントのような爽快感が鼻に抜けていった。
「私はダイヤ様をひとりの男性として好いています。人生を共に歩んでみたいと考えたこともあるほどです」
「それなら願いが叶う可能性はまだあるんじゃないか?」
「民の願いはそれだけではないでしょう?」
レギーナに言われて、バルバの言葉を思い出した。訛りの具合まではうまく再現できなかったが、だいたいは頭の中に思い浮かべることができる。
「俺がレギーナ様と一緒になって、ずっと支えて、それで平和が続いてくれたら、って」
「大事なところが抜けています」
「え? 本当?」
もう一度、頭の中のバルバに喋らせる。
「あ」と大埜は声を漏らした。確かに一つ抜けていた。
「いずれレギーナ様は王になる、ってとこ?」
「そう。そこです」と言ったレギーナは困ったような顔になる。さっきまでとは質感の異なるため息が漏れお茶の香りに溶けて消えた。
いずれレギーナ様は王になる。
そのフレーズの何が問題なのだろうか。
女性にも王位継承権があるこの国で、長女のレギーナがいずれ王になるというのは至極当然なことだ。
だというのに、レギーナは「その願いは叶わない」と言った。
「私は王になる気がありませんから」
けろっとそう続けて、お茶を一口飲み込んだ。




