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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
78/210

逢魔

一



花火が上がった。大橋とそのたもと、川を挟んだ両岸に並ぶ

人々から歓声があがる。手に持った団扇が揺れる。

川の中州にも屋台が連なり、そこにも人は群がっている。

色とりどりの提灯が下がり、嬌声が響く。

腹に響く音をたてて、夜空に大輪の花が咲いた。


「男三人で祭見物とは。」

「園枝さんと見れたらなあ。」

「悪兵衛は桔梗殿と祭りにいけてよかったの。」

「大百足の血を頭から浴びて、あばらを三本折ったがな。」

悪兵衛、仁悟朗、士道の笑い声が大橋の上で響いた。


屯所から海沿いに出て一日、北上して峠を越えて一日。

尾宇治《おうじ》という山村にたどり着いた。村の中央に雛上川が流れ、下流の町と

上流の鉱山を結ぶ宿場町である。

今は収穫祭の最中で、不知火でも聞こえた剛腕の隊士三人は浪人姿で

のんびりと祭りを見物している。

小さな山村とは思えないほどの盛況で、労務者や浪人者風の男達が

多く行き交かう。雛上川は広く浅い河川で、中之島と呼ばれる中州によって

二股に別れており、東西の岸より中之島に橋が降りている。

眼下には、けたたましい笑い声の遊女らしき女の腰を抱いた浪人が

酔った足取りでふらふらと歩く。

中之島全体が、飲食と性風俗街になっていた。

一転、川の上流、黒くそびえる神尾《かなお》山に目を移すと、山火事のように

点々と明かりが灯っているのが見える。

「あれが神尾鉱山か。」

「あそこに従事する者達が祭り見物と余暇にこの山村に訪れるというわけだ。」

「鉱山での事件の内偵に上流と下流、人々の流動を見て二手に調査するのは

わかるのだが。」

鉱山に内偵派遣された灰音と美浪、祭りに参加する自分を含めた三名、

どうにも作戦の意図がわからず、悪兵衛は首を捻る。

「鉱山での殺人や消息不明の事件を探るのであれば、我々が人足として

潜入する方が早い、か?」

仁悟朗の言葉に悪兵衛は頷いた。

「宿を取るぞ。」

士道に促され、大橋を渡り切り西岸へ向かう。東岸と同様に

屋台が並び、家族連れの姿が目立つ。


「むさ苦しい男共相手とはいえ、屋台の食い物は酷かったな。」

仁悟朗は苦笑しながら川向こうの屋台を眺める。

農家が廃棄したような病気の胡瓜を箸でさし、一本漬けにしたもの、

腐臭ただよう烏賊を濃い生姜醤油で煮込んでごまかしたもの、

酒の樽に水を足している者の姿も見た。

西岸の屋台は、比べるとやや大人しめで、胴や錫の土産物、風鈴、

地物の量り売りの酒屋等が並ぶ。

悪兵衛がこじんまりとした屋台の前で立ち止まった。

のれんには「かきあげ」としか書いていない。

中を覗くと、自らと同年代の若者が額に玉の汗をかきながら、油鍋から

天かすを取り除いている。

「何のかきあげなんだ?」

「いらっしゃい。雛上川の上流で獲れるすじ海老です。今日あがった

もんですぜ。」

脇の壷には水が湛えられ、泳ぐ半透明の海老の姿が見える。

「ひとつ、もらう。」

「いや、三つだ。」

暖簾をわけて、仁悟朗がにかにかと笑って言った。


屋台の前の床几に腰かけ、揚げたてのすじ海老のかき揚げを

頬張る。新鮮な海老と葱を種に、塩をふっただけの物であったが、

何とも旨い。仁悟朗と士道は美しい錫のぐい吞みで冷酒を煽った。

「これはいいな。」

「うまい。さくさくでうまい。」

士道はにっこりと笑ってぐい吞みを眺める。

「鉱山では胴と錫が採れると聞いた。この器もいい。」

かき揚げにかぶりつきながら、悪兵衛は屋台ののぼりの文字を目敏く

見つける。

「焼き鱒っていうのがあるぞ。」

「鱒で一杯いくか。」

「鱒はいい。川と海の物だ。」

三人が恵比須顔で席を立ちかけたとき、大声が響いた。

「できねえってのか」

かきあげ屋の若者が殴りつけられて転がる。

中年の浪人者三人に襟首を掴まれている。傍らには油鍋が

転がり煙を上げる。

「浪華《なにわ》の都で流行ってる「たれ」をかけろってんだよ。」

「うちにはそんな用意、ありません」

「やれってんだ」

酔った浪人者が難癖をつけているようだった。

仁悟朗が立ち上がる。悪兵衛と士道は仁悟朗の背を一瞥し、

かき揚げを口に放り込む。


仁悟朗が、若者を掴んでいた浪人者を蹴り飛ばした。

家屋の間の闇に消え、派手な音と共に土煙があがる。

驚く連れの者を二人とも平手で突き飛ばす。圧倒的な膂力に、

文句を言う間もなく二人がたたらを踏んで道に出る。

士道は立ち上がり、浪人の帯を掴むと背後の雛上川に放り投げた。

大きな水音と悲鳴が上がる。

驚愕の表情の最後の一人も同様に衿を掴んで川に投げ込む。


「怪我はないか。」

呆気にとられた若者に仁悟朗が笑いかけた。

悪兵衛は「焼き鱒」とかかれた屋台の暖簾に頭を突っ込んでいる。

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