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「というわけで、意気投合したわたしたちは一晩中語り明かしたんだよ」


 何杯目かのカクテルを勢いよく空けたハルが、割れやしないかと心配になる勢いでタンブラーをカウンターに置く。眠たげに目を細め、上体がゆらゆらしているところを見ると、もう限界だろう。気分よく飲んでいるようなので放っておいたが、そろそろ止めた方がいいのかも知れない。


「おかわりー」


 うつむいたままタンブラーを揺らして要求するハル。どうしますかと問うような視線をマスターが向けてくるので、ハルに気付かれないようアルコールを少なめにしてもらう。甘めのカクテルばかり頼んでいるので、おそらくもう味覚は鈍っていて気付かないはず。


「ねーオイカワ」


「なんだ」


「わたしの話を聞いて、なにか気付いた?」


「ん、そうだな……」


 ハルの語った思い出話を思い返す。大学の飲み会で出会った相手に惚れこみ、一緒に抜け出して飲み直した。要約すればそれだけの話だ。しかし、ハルの語り口と先ほどの質問には、どうも含みがあるように見受けられる。今もこちらの顔を覗きこんでにやにやしているのが、その証拠だ。


「ひとつ聞かせてもらうが、高校時代の同級生である俺にこの話をしたのは、ただ俺がギネスを飲んだからってだけじゃなく、他に理由があるんだろう?」


「さすがオイカワ、鋭いね。……ところでマスター、まだここにいてもいい?」


「ハルさんの気が済むまで。けど、表の看板はもう片付けちゃいますね」


 そう言って看板を片付けにいったマスターが戻ってくると、限りなくノンアルコールに近いカクテルを嬉しそうに飲んでいたハルが、マスターに話しかける。


「お店閉めちゃったなら、アキさんも飲もうよ」


「……そうですね。そうしましょうか」


「ん?」


 思わず声に出てしまった。マスターはそっと微笑んでパイントグラスを取り出すと、ギネスを注ぎ始める。その美しい横顔を見て、疑問は確信に変わった。


「ハル?」


「んー?」


 目をそらし、口笛を吹き始めるハルの姿には、苦笑せざるを得なかった。


「自分からボロを出したんだ、諦めろ。なるほど、そういうことか……」


 マスターのことをずっとマスターと呼び続けてハルがつい口にしてしまった、アキさんという名前。そして、上手く誤魔化してはいたが思い出話の中で『そのひと』と呼んでいた相手の本名である秋山楓、アキさんという名前。つまり、ハルの想い出話に出てきた『そのひと』とはマスターのことなのだろう。


「ああもう、最後の最後でやっちゃった……」


「お前は昔からツメが甘かったな」


 ハルの悪ふざけが終わったと見て取って、マスターも少し砕けた口調になる。


「全く、ハルさんの話を聞きながら、ぼくは冷や汗をかいていましたよ」


「ふふふ、ごめんね」


「そんなハルさんに惚れた弱みですね」


 マスターはおどけたように言って、ぐいっとグラスを傾ける。全くもっていい飲みっぷりだった。おそらくマスターは、ハルの話がちょっとしたミステリ仕立てであることに最初から気付いていたのだろう。ハルが普段とは違って自分をマスターと呼んだり、気の緩んだハルがついアキさんと口にしてしまったときも黙っていたのに違いない。肩の荷が下りたとばかりに寛いだ表情でグラスを傾ける姿からは、酒への愛と溢れんばかりの魅力が伝わってくる。


「綺麗な女性に囲まれて美味い酒を傾ける。今日はいい夜だ」


 その言葉に頬を染める彼女を眺めながら、極上の美酒を傾けた。

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