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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第五章 四日目
90/100

 陸上競技で抜きつ抜かれつの激戦を繰り広げるが如く、架と照が並んで駆ける。

 あの異様な人垣を越えた先にメイファン達が居る。

 まずは彼等に、メイファン達以外の獲物がいることを知らしめる必要がある。


(挨拶代わりに一発かますか)


 叢雨を抜いて脇に構え、刀の付け根から冷気を発生させて刀身に纏わせる。

 冷気を氷に変化させること自体は簡単だ。

 冷気を纏って叢雨を振るうだけで氷のつぶてが射出される。

 それが氷の形状、性質を瞬時に思い通りに変化させるとなると難易度は一気に跳ね上がる。

 イメージを固めるのにどうしても数秒かかってしまうのだ。

 攻撃が飛び交う戦闘中にそんな余裕がある訳もなく、実戦では使い物にならない。


 だが最初の一手であれば。

 先制攻撃であれば、たっぷりと時間を掛けた羨望術をお見舞いすることができる。


「あ、あんた、それ」


 左隣を走る照が目を剥く。

 照はリスクのことを知っている。

 羨望術ゼーンズフトは無闇矢鱈と使うものではないということも。


「最初だけだよ。それでも依衣には黙っててくれると助かる――な!!」


 全力で叢雨を振るう。

 渾身の逆袈裟斬りから、溜め込んだ冷気が水平に弧を描いて広がっていき、前方に向かって一直線に突き進む。

 あくまで冷気は冷気のまま。

 架のイメージが体現するのは、対象に冷気が触れた瞬間だ。


 そして、それはすぐに訪れた。

 冷気はそのままの形で氷と化し、数十人のアカデミア生を横一列に薙ぎ倒した。

 氷の斬撃ではない。

 氷の打撃。

 叢雨から放たれたのは、氷漬けの丸太で横に殴りつけるような重い一撃だった。


「ちょっと! 今ので完全にターゲットを切り替えたわよ!? なるべく少人数を相手に戦うつもりだったのに!」

「ごめん、加減が分からなかった。でも照なら大丈夫だろ?」

「……もう!! 調子よすぎ!」


 架の一撃によって列が乱れた箇所に揃って突っ込む。

 架は正面と右方向を、照は正面と左方向をそれぞれ担当して、迫り来るアカデミア生の猛攻を凌ぎつつ数を減らす作戦だ。


(と言っても、一人一人確実にノックアウトさせないと意味がない。ま、やるしかないんだけどさ!!)


 鞘に納めた叢雨を片手剣に見立て、過去の記憶を辿ってソードレスリングを試す。

 猫が引っ掻くような攻撃を叢雨で受け、左足を踏み込んで右拳で顎を一閃。


 思っていたよりも相手の動きが鈍い。

 ここから架の思考は完全な攻めに転じた。


 攻撃される前に相手の懐に忍び込んで相手のみぞおちに肘を入れる。

 他のアカデミア生が立て続けに襲ってくるが、それらは叢雨で受け止めて、一気に踏み込んで一対一に持ち込み、再び顎を一閃。

 もう一人も同じ手順を踏んで昏倒させる。


(……? やっぱり変だな)


 大勢のアカデミア生達をいなしながら、架は思考を巡らせる。

 普通、この程度の打撃では人間が失神したり気絶することはまずない。

 殺してしまうのを覚悟して首を狙うか、或いは脳震盪を狙わないと無理だ。

 それなのに、彼等は一発二発殴打しただけでバタバタと倒れていく。

 なるべく早い内に数を減らしたい架達にとっては好都合ではあるのだが。


(あるとしたらこいつ等の状態か。何らかの薬品で操られてるんだろうけど……)


 日頃から訓練を積んでいるアカデミア生を、わざわざ弱体化させて雑兵にする意味とは。

 或いは、弱体化させなければ雑兵になり得ないのか。

 もしかしたら彼等を操っているアカデミア生がこの中にいるかもしれないが、まずは数を減らさなければ。

 本命を探す余裕なんて、架達にはないのだから。


(照の方は……大丈夫みたいだな)


 隙を見て照の様子を窺う。

 マンゴーシュで受け流し、レイピアで突くというのが照の戦闘スタイル。

 やっていることはほとんど変わらない。

 ソードレスリングにおける、敵の攻撃を受け止める片手剣の役割をマンゴーシュの鍔で行い、レイピアの柄頭で痛烈な打撃を入れる。突きが打撃に変わっただけである。


 だが敵の攻撃をピンポイントでマンゴーシュの鍔に当てるのも、突きに特化したレイピアで打撃に用いるのも、どちらも照にとっては初めての経験のはず。

 険しい表情から苦労しているのが伝わってくる。


(俺も習うか)


 よく考えれば、架は似たようなことを渡橋紡と戦ったときに行っていた。

 正確には、守護精ニュンフェと入れ替わった渡橋紡と戦ったときに。

 ソードレスリングなんて大それたものではないが、抜刀術の要領で、至近距離から柄頭を横っ腹に当てたことがある。


 架は今、左手に持った叢雨で攻撃を受け止め、利き腕である右手で殴打するというスタイルを維持している。

 今度はそれを逆にする。


 左手で受け止めて、右手に持った叢雨で攻撃するというスタイル。

 架にはマンゴーシュのような防御に使う武器がない。

 総じて素手による攻撃しかしてこないアカデミア生相手なら左手一本で攻撃を受け止めるのも有りだが、持久戦で小さなダメージが蓄積されていくのは好ましくない。


 そこで架は、叢雨を抜くことにした。

 左手に鞘、右手に叢雨の疑似二刀流。

 どうせ使うのは刀身ではなく柄と棟なのだ。

 利き腕であれば、間違って刃に当たってしまう心配もしなくて良い。


 架の機転は功を奏した。

 これまでは同時に襲われた場合、一対一の状況を無理矢理作るしかなかったが、鞘で受け止めている間に叢雨を振るうことで、同時に数人を相手にすることが可能になった。

 訓練を積めば、いずれ獲物を持った相手でも対応できるようになるかもしれない。


(照の提案が完璧に嵌まったな。これをソードレスリングと呼んで良いのかはともかく。問題は……)


 体力。

 架は体力がある方ではない。

 優太との手合わせでそれを思い知った。

 優太の体力が並外れていることを差し引いても、恐らくアルマ・アカデミアに通うアカデミア生の中では平均より少しある程度だ。


 そして照は、そんな架よりも体力が劣る。

 今はまだ良い。

 しかし、架が疲れ始めたら照にとっては黄色信号のはず。

 こまめに気を配らなければ。


(倒した数とか……カウントしておけば良かった……)


 五百。

 いや千人は倒しただろうか。

 死屍累々とした辺り一帯を見渡す限りでは、二千人は倒しているかもしれない。

 アカデミア生達が思いの外脆いお陰で、数を減らすという目的は驚く程完璧に達成できている。


(一時間は経ったか、それとも二時間? もっとか……?)


 時間を気にしてしまうのは、先の見えない圧倒的物量を前にして焦っている証拠だ。

 いつの間にか架達の周囲は、ドラマの撮影現場を取り囲む野次馬のようにアカデミア生達に取り囲まれていて、もはや最初に見たときの異様な統率は完全に失われている。


 だからこそ、辛い。

 倒しても倒してもワラワラワラワラ。

 無限ではないと分かっていても、終わりに近付いているという実感が全く湧いてこないせいで、架達の精神は削り取られていた。


「! 照!!」


 既に体にガタが来ていた照が、足下で倒れているアカデミア生に足を取られ、体勢を崩してしまった。

 堪らず尻餅をついたところを大勢のアカデミア生達が襲いかかる。

 架は相手をしていたアカデミア生を蹴り飛ばして、すぐさま照のフォローに回った。

 棟と鞘、そして蹴りを織り交ぜた連続攻撃でどうにか照の窮地を救う。


「ご、ごめん。ありがと」

「立てるか?」

「平気、だけど……」


 やはり限界が近付いている。

 照の下半身は壮絶な登山の帰り道のように震えていて、もはやまともに動ける状態ではない。


「照は少し休んでくれ。俺がもたせるから」

「……っ」


 刀の付け根から冷気を発生させる。

 アカデミア生達にはそれが見えていない。

 架が何をしようとしているのか、その知識も持ち合わせていない。

 それなのに、これまで通りの攻撃が架の行動を大いに阻害する。

 イメージを固める時間など与えてはくれない。


(少しずつでいい。少しずつイメージを固めて……)


 イメージを乱さないため、叢雨を一切使わずに相手を蹴り飛ばしていく。

 叢雨による打撃に比べ、蹴りは体力を使う。

 そのため、架は相手を倒すための蹴りではなく、ただ足裏で押すだけの優しい蹴りで相手を突き飛ばしていた。一定範囲内に近づけないように。


 機会はやって来た。

 架達の周囲にアカデミア生が誰一人としていない状況。

 その一瞬の時間に、架は叢雨を地面に突き立てて一気に冷気を放出させる。

 瞬間。

 冷気は架と照を中心として全体に一メートルほど広がり、音を立てて周囲に身の丈ほどの氷柱を形成させた。


「これ……あんたがやったのよね?」

「持続性とか、耐久性とか。その辺全く考慮してないから気休め程度だけどな」


 氷柱に向かって無意味な突進を繰り返しているアカデミア生達が見える。

 やはり彼等は操られているというより、至極単純な命令を与えられているだけに過ぎないようだ。


「足引っ張ったわよね……ごめん」

「もう良いって。体力的に劣る照を俺がフォローするのは当たり前だろ。それより体を休めることに集中しよう。俺も正直、限界――」


 地べたにあぐらをかこうとした刹那。

 パキ、という音が架達の鼓膜を貫いた。


「早!? 脆!?」

「し、仕方ないだろ! こんなの作るの初めてなんだから!!」


 言い訳をしている間に氷柱はどんどんひび割れていく。

 温かい飲み物に氷を入れた直後のように、次々と、次々と。


「あああああもう割れちゃう!!」

「くそ……!!」


 架も照も背中合わせに立って構えるが、内心では分かっていた。

 氷柱が割れた瞬間に、三百六十度見渡す限りからアカデミア生が襲いかかってくる。

 捌ききれない。

 架はもう一度羨望術を使うことを覚悟したが、氷柱が崩壊した正にそのときだった。



 一発の銃声が鳴り響いた。



 物量でもって氷柱を圧迫していたアカデミア生達が、ある一点を同時に見つめる。

 そこにいたのは、季節外れのロシア帽を被ったやけに小さな体躯の少女。

 第三部隊のリーダー、プリへーリヤだった。

 更に。



「架先輩? また使ったのね」



 空恐ろしい声が逆方向から聞こえてくる。

 両手に鉄扇を持った黒渦依衣と、クレイモアを携えた古賀優太。

 どういう経緯があって駆けつけてくれたのかは分からない。

 だがそれだけで。

 架と照は力を取り戻していた。


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