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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第四章 三日目
81/100

 昼休み、三人で第二校舎を回って。

 足掻き抜いて。

 依衣は六票を獲得した。


 残念ながら、新たに六票を獲得したのではない。

 ハンデの二票と、照達が集めてくれた二票に加え、もう二票プラスされただけである。


 惜しかったのだ。

 昼休みを目一杯使って二票集め、終了間際に三人のカモを見つけた。

 素通りしようとしたところ、何と三人が三人とも依衣を見たのである。

 照も蒸籠もいるのにだ。

 これは一気に三票集まると勝負に出たが、三票全て猫目に持っていかれた。


 結果、十二対六で完敗。

 調子に乗ったせいで余計に傷を負ってしまった。


(自分で蒔いた種とは言え。先輩達は何をやっているのかしら)


 傷心の依衣に代わって、復讐権は蒸籠が行使することになった。

 二人揃って五時限目をサボったので、何かするとしたら六時限目中だと思っていたのだが……出席はしたものの全く動きがない。

 まあ、まだ六時限目は二十分ほど残されている。

 焦らず二人を信じよう。


(……、)


 そう信じて待っていたら、無慈悲に六時限目の終わりを告げる……つまりは今日一日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ってしまった。

 次はもう戦闘訓練なので、この後のHRが終わってしまえば制限時間を過ぎたことになる。

 依衣の枠は奪われてしまったも同然だ。


(策を弄して……諦めたということね)


 照と蒸籠の背中を見て大きく溜息を吐く。

 この先、彼女達との関係はどうなってしまうのか。

 これまで通り友人でいられるのだろうか。

 それとも、依衣のポジションがそのまま金剛猫目に成り代わり、以前の孤独な生活に逆戻りしてしまうのだろうか。


 ネガティブな思考が一人歩きして、勝手にネガティブな結論へと至ってしまった。

 報告だけは自らの手でしなければなるまい。

 依衣は力無く携帯を取りだしてメールの文面を考え始めた。

 これが最後のメールになるかもしれない。


(さよなら……っ)


 しかし。

 目を瞑ってメールを送ろうとした、そのときだった。



「みんな! 特に男子!! 注目!」



 入れ替え戦というデリケートな時期に、潜入部隊側から突然の申し出。

 誰もが照と蒸籠に注目せざるを得ない。

 照は新たな数値が書かれた新しいサイン色紙を掲げ、皆の注目を集めたまま黒板の方へ歩いて行く。

 そしてサイン色紙に書いてある数値をチョークで黒板に書き写し始めた。


 全てを移し終えると、今度は数値の具体的な説明を始める。

 中には午前授業中に聞かれた男子もいるのだろう。

 教室中を色んな言葉が行き交っている。


「これはこのアルマ・アカデミアに通う女生徒二人のスタイルを数値化したものよ。どっちのスタイルが良いか……これから男子に選んでもらう。あ、さっき私が聞いた男子には投票権ないから」


 ざわつきは一瞬だった。

 一人の男子が席を立って、照にもの申したのだ。


「俺、さっき聞かれた男子の一人だけど。数値、変わってね? サバ読むにも程があるだろそれ……」


 とんだとばっちりだった。

 あれは単に、蒸籠と依衣の差である。

 決して依衣が理想のスタイルを書いた訳でもなければ、サバを読んだ訳でもない。

 むしろサバを読んでいるのは蒸籠の方だ。

 金剛猫目のスタイルに負けず劣らずというか、それ以上にとんでもない数値になっている。

 これでは仮に票が集まってもルール違反になる。


(でも……測定したときは服の上からだったわ。隠していたとしたら……? 確かに一緒にお風呂に入ったりはしたことないけれど……、)


 そんなことが有り得るのだろうか。

 もしもあんなスタイルを手に入れたら、きっとこれ見よがしにそれをアピールして回る。

 服もスタイルを強調するようなものに変える。

 ファッション誌だって読むようになるかもしれない。

 それを敢えて隠すなんてことが、有り得るのだろうか。


「もう一度言うわよ。ここに書かれている数値の女子は確かにこのアルマ・アカデミアにいる。……いいえ、このクラスに居る!!」


 今度こそクラス中がざわめいた。

 男子どころか女子までもが同じように盛り上がっている。

 雰囲気に呑み込まれているのだ。


「嘘だ! 騙されるか!!」

「そうだ! そんな我が儘ボディがクラスメイトにいたら訓練どころじゃねぇし!!」

「……、」


 何なのだろう、これは。

 彼等は辛い戦闘訓練を毎日こなしているアカデミア生なのに。

 まるで入れ替え戦の緊張感が霧散したような、これまでの鬱憤をこの場で晴らしているようなはっちゃけっぷりだ。


「な、何の騒ぎですか……これは」


 やって来たのは金剛猫目。

 結果を確認しにやって来たは良いが、異様な熱気に包まれた教室に面食らっているといった感じだ。

 そんな猫目を横目に見た照は口角を釣り上げ、構わずスピーチを続ける。


「ま、あんたたちが信じないのも無理はないわね。証明したいところだけど、ルールの都合上名前は明かせないのよ。だから……可能性を見せてあげる」


 そう言うと、理事長に付き従う秘書のように控えていた蒸籠が前に出て来た。

 その顔は羞恥に染まっていて、今にも泣き出してしまいそうだ。

 照は容赦なく行動に移る。

 背中から制服の下に手を突っ込んで、


「さあ……刮目しなさい!!」


 照が何かを引っこ抜く。

 瞬間。



 ボン!! と蒸籠の胸元が膨張した。



 例えるならそれは、一昔前のエアバッグだった。

 正真正銘、事故によって急激に膨らんだエアバッグ。

 恐らく、照が引っこ抜いたのはサラシ。

 五時限目を使って、どうすれば上手くアピールできるかを必死に考えてくれていたのだ。

 辛うじて制服ははだけていないが、今にもボタンが飛んで言ってしまいそうなほどパッツンパッツン。

 照が慌てて蒸籠を振り向かせる。


「さ、さあ! どっちに投票するか決めなさい!! 早く!!」


 男子達の動きは速かった。

 蒸籠があのスタイルの持ち主かどうかは定かではない。

 だが、彼等は照の言った可能性を見出した。

 隠れ我が儘ボディという、真理を見出してしまったのだ。


「ま、待って!! ストップ! ストーップ!!」


 猫目の呼びかけに男子の群れがピタリと動きを止める。

 他の女生徒では止められなかっただろう。

 現役アカデミア生モデルは伊達ではない。


「良いですか、良く聞いて下さい。その隣の数値……あれは私です。私なんです!! その上でどちらを選ぶか考え――ってちょ!?」


 男子達は逡巡するも、蒸籠への投票をやめなかった。

 あっという間に正の字が二つ、三つと完成していく。

 圧勝だった。


 人は未知なるものに惹かれる。

 そこにあると分かっているものより、あるか分からない方が好奇心をかき立てられる。

 これまで隠してきたことが蒸籠の勝利に繋がったのだ。


「そ、そんな……嘘です。こんな……こんなの……、はっ」


 ワナワナと屈辱に震える猫目に生気が戻った。

 羞恥心に耐えかねて蹲ってしまっている蒸籠に近付き、


「ひゃあ! や、やめっ……あっ」

「何やってんのよこの変態!!」

「ほ、本物……正真正銘、本物の、天然の……」


 今度こそ猫目は力無く崩れ落ちた。

 どうやら蒸籠の胸が偽物だと思ったらしい。

 もっと難癖つけることもできたはずだが、そこはやはりモデルのプライドか。

 実際に触って感触を確かめた後では何も言えなくなってしまった。


 照達の行動は、スタイルの数値だけで勝負するというルールに反している。

 本人と一緒に聞いて回ることは許されていた。

 昼休みの依衣のように、結果的に目の前の人物だと断定されてしまう場合も許容範囲だろう。元々猫目が提案したことでもある。


 だがサイン色紙を見せた直後に蒸籠に注目を集めさせ、本当のバストサイズを暴露するなんていうのは、もはや票集めのパフォーマンス。

 常識的に考えればルール違反なのは明らかだ。

 だから猫目は、すぐにルール違反だと注意すれば良かったのだ。

 それなのに対抗心を抑えきれず、自らも正体を晒してしまった。

 これではもう、咎めることもできない。


「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 心の底からの雄叫び。

 このクラスの中には彼女のファンも少なからずいるだろうに、意にも介さず猫目は叫び続けた。

 女としてのプライドよりも、モデルとしてのプライドよりも。

 枠を奪って潜入部隊に参加するという目的を果たせなかったことが、何より悔しいのだろう。


「あはは……い、色々複雑だけど。やったよ。これで依衣ちゃんの枠、守れたね」


 胸元を強引に押さえ付けた蒸籠が依衣の下にやって来る。

 ずっとサラシで隠していた豊満すぎるバストを、こともあろうにクラスメイトの前で披露した。

 未だに男子生徒の視線を浴び続けている彼女を見ると気の毒になってくる。


 恥ずかしかったに決まっている。

 嫌だったに決まっている。

 辛かったに決まっている。

 しかし。


「清純先輩、ありがとう。でもね……」


 それら全てが、依衣のためにやってくれたことだとしても。

 依衣はある意味、二度敗北したようなもの。

 目尻に大粒の涙を浮かべた依衣は、猫目と同じように心の底から叫ばずにはいられなかった。



「余計なお世話よ!!」



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