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午後の授業の後、四時間程の戦闘訓練をこなし、第二男子寮に向かって夜道を歩く途中。
結局、若葉風音以外に挑戦権を叩きつけてきたアカデミア生はおらず、気を張っていた照達はいつも以上に疲弊していた。
依衣と二人でシャワーを浴びている最中まで警戒していたので、ほぼ一日中心が安まらなかった。
早く第二男子寮の架と優太の部屋に行きたい。
きっと蒸籠が美味しい夕飯を作って待ってくれているから。
分からないものだ。
まさか男子寮が心のオアシスになるとは。
そんな訳で、照のテンションは徐々に上がりつつあるのだが、逆に料理勝負の一件を引きずってテンション下がりっぱなしな友人がいる。
優太と、そして驚くなかれ、依衣である。
二人は今、地面に視線を落としておぼつかない足取りで歩いている。
訓練中は照同様に気を張っていたから平気だったのだろう。
いざ下校した途端にこんな調子で落ち込んでしまって、そのせいで無人タクシーも先を越されてこうして歩く羽目になった。
(ま、無理もないか。特に依衣は……)
自分までテンションを下げてはならないと思い出さぬようにしていたが、二人を見ているとどうしても料理勝負の後の一幕が目に浮かんでくる。
武藤教官からハッキリと勝利を告げられた、あの後の光景が。
見事勝利を収めて、復讐成功。
優太の敗北はなくなり、優太が枠を奪われることもなくなった。
二人とハイタッチして、残り僅かとなった授業に戻ろうとしたとき。
風音から呼び止められた。
「待って!」
「……何?」
下らない負け惜しみや、見にくい良い訳でもして再戦を要求してくるようなら頬を引っぱたくところだったが、風音は真逆の行動に出た。
「へ――」
土下座。
照と、依衣と、優太の前で。
武藤教官や、仲間の少女二人の前で。
しかと床に額を付いて、土下座したのである。
「ちょ、ちょっと! 何のつもりよ」
「そうだよ。んなことされても……」
「やり方が汚いわ。これじゃ私達が悪者みたい」
「ち、違うよ。そんなつもりじゃない。僕はただ三人に……いや、この場に居ない渡橋君と清純さんも含めた、日本の潜入部隊にお願いしたいことがあるんだ!」
大方の予想は付く。
できることなら自らの手で成し遂げたいが、それが失敗に終わった。
だから自分の目的を代わりに果たしてくれ。
特定の拉致被害者を探してきて欲しいのだろう。
「見かけたらで良いんだ。僕のお兄さんを助けて下さい。お兄さんは攫われた母親を助けるためにアルマ・アカデミアに入学したけど、一年と経たずに行方が分からなくなってしまった……」
気が重い。
誰もがそう思って、心の中で溜息を吐く。
「言われなくても見かけたらそうするわよ。拉致被害者を助けるのが潜入部隊の目的なんだから」
そう言うしかない。
それに、放浪者と呼ばれる拉致被害者の中に風音のお兄さんとやらが含まれている可能性も零ではない。
ここで希望を断ち切ってしまうのは駄目だ。
名前と外見的特徴を聞いておけば、彼女も気休めになるかもしれない。
だが、照は後悔することになった。
「ま、情報があった方が見つけやすいかもしれないけどね。どんな人なの?」
「えっと、血の繋がった兄妹って訳じゃないんだ。家が近所で、よく遊んで貰ってたからお兄さんって呼んでただけで。名前は戸沼幸太って言って」
「「「!?」」」
冷静でいられたのは直接関わりを持っていない照だけだった。
戸沼幸太は、パラディースで照達の前に立ちはだかった敵だ。
未知の力に翻弄され、恐らく依衣がいなければあの場で照達の復讐は終わっていた。
その戸沼幸太と戦って倒し、とどめを刺したのが依衣だ。
勿論、依衣が殺したのはパラディースの戸沼幸太であって、風音が慕っている戸沼幸太ではない。そちらの戸沼幸太は既に殺されていた。
しかし。
全く同じ容姿の人間を殺してしまったのは揺るぎない事実。
むしろ風音の代わりに復讐を果たしたようなものだが、それを誇れるはずもない。
動揺した依衣は、あろうことか全てを話そうとした。
「貴女のお兄さんは――」
「わ、分かった、分かったから。もしもそのお兄さんを救出して帰ったら、いの一番に教えてあげる。それじゃね」
「え? あ、うん。ありがとう!」
少々強引ではあったが、どうにか途中で話を切り上げることができた。
その後は家庭科室を退出し、人気のない場所で依衣を叱って教室に戻った。
依衣が今現在も贖罪中なのは分かっているが、あそこで全てを話したところでどうなるというのか。
貴女のお兄さんは、パラディースにいるもう一人の貴女のお兄さんに殺された。
けれどその人は私が殺した。
だから安心して?
だから怨むなら私を怨んで?
どうせ信じてもらえない。度が過ぎる冗談だと思われる。
何せ、若葉風音は直接その目でお兄さんの死を確認することができないのだから。
(ま、あそこで全てを話して楽になりたいって気持ちも分かるけどね……)
殺した人間の友人と邂逅する……この絶望は分かっているつもりだ。
死神を殺した架や照にとっての、紡と同じ。
依衣はそれを、自分の家族と全く同じ顔の人達で体験している。
取り乱すのは当たり前というもの。
(ちょっと言い過ぎたかな)
勢いで色々言ってしまったことを後悔する。
依衣と優太のしょんぼり具合は、もしかしなくても照に原因があるのかもしれない。
もうじき第二男子寮だ。
このままでは架達にまでいらぬ心配をかけてしまう。
「あー……、その。わ、悪かったわよ。きつく言い過ぎた。ごめん!」
「……? ああ、尖堂先輩は何か勘違いしているようね。私は間違いを指摘されて落ち込むほど子供じゃないわ」
「いや、俺は普通に照に怒られて落ち込んでたんだけど」
「ならどうして依衣はそんなにテンション低いのよ」
「私は自分を納得させるのに時間が掛かるの」
依衣はようやく顔を上げ、
「間違いだと分かっているのに、いつまでもガヤが五月蠅かったから」
「ガヤ、ね」
甘えたことを言う自分。
馬鹿げたことを言う自分。
欲望丸出しの自分。
そういった、誰にでもある心のガヤ。
今回は一際そのガヤが大きかったに違いない。
「なんか……すげぇな。俺はそんな風に色々考えられねぇや」
「あんたは単純だからね。一度ネガティブになるととことんネガティブになる」
「ふふ。まあでも、それが古賀先輩らしさでしょう?」
少し空気が和んだところで、ようやく第二男子寮に辿り着いた。
空腹待ったなしの照は、鼻腔をくすぐる様々な料理の匂いから夕飯のメニューを妄想し始める。
それを口に出すものだから、自然と皆の口内は唾液で一杯になってしまうのだった。




