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「つまりキス魔と化していた訳か……」
架が想像していた犯罪ではなかったが、場合によっては充分罪に値する行為。
対象が複数であるために責任をとることもできない。
「か、架君。そんなに落ち込まなくても」
「蒸籠……」
確かに、ここで落ち込むのは照と依衣に対して失礼極まりない。
男目線で見れば架はおいしい思いをしただけであって、落ち込むべきは照と依衣の方だ。優太はどうでも良い。
それに、蒸籠には何もしていないというのは不幸中の幸いだった。
「良かったよ。蒸籠には何もしてなくて」
「架……私が一番複雑に思ってることをサラッと言ったわね」
正確には、だからこそなのだが。
まあ、今話すべき事ではない。
照と依衣にしてしまった贖罪についても、後日二人に考えて貰うとして。
架を襲った珍事がどうやって引き起こされたのか、皆で考えなければ。
「架先輩。この際だから覚えていることを話して頂戴」
「早朝、訓練してから……ついさっきまでの記憶がまるでない」
「本当に? 部分的に覚えていたりしない? 例えば、私と尖堂先輩の唇の感触とか」
「なんて事聞いてんのよ!?」
徐に依衣の胸元を掴んで問い詰める照。
「だって、悔しいじゃない。ファーストキスを奪われたのに、奪った相手が何も覚えていないなんて」
「う……」
「ふ、二人には悪いけど……本当に何も。ごめん……」
話を蒸し返されるとは思っていなかったため、架はしどろもどろになって答える。
平気な顔をしているように見えて、依衣も鬱憤が溜まっていたらしい。やはり何処かで埋め合わせをする必要がある。埋め合わせることができるのかという疑問はさておき。
「おーい。何か忘れられてるみたいだから言うけど、一応、俺も奪われたんだからな?」
「そっちは蒸し返さなくて良いだろ!」
「そうだよ優太君。ちょっと黙ってようね?」
「いででで!?」
ポンと肩に手を置かれただけなのに、優太はとても辛そうだ。
「話を戻すわ」
依衣は乱れてしまった襟を正して、
「架先輩が失っている記憶から考えれば、早朝、訓練していたときに第三者が近付いてきたのは明白。そうなると、さっき清純先輩が言っていた話が気になるのだけれど」
「ああ、そういや差し入れを持って来たアカデミア生を見たんだったな」
どうやら架が気を失っている間、皆で情報交換していたようだ。
蒸籠とは昨日、訓練中に顔を合わせている。ランニング中だと言っていたし、今日も様子を見に来てくれたのだろう。そして、そこで第三者を目撃した。
「眼鏡かけてて三つ編みで……何か、アカデミア生って感じの子じゃなかったよ。可愛かったけど」
「十中八九、その差し入れに何かやばい薬でも入ってたんでしょ。架にしては不用心ね」
「……面目ない」
相手が同じアカデミア生と言えど、赤の他人から貰った差し入れを無警戒で口に入れるなんて普段は絶対にしないのに。渡橋紡を退けてから、架は少し気が抜けていたのかもしれない。
「尖堂先輩と古賀先輩は何かない? 気付いたこととか」
「わり、俺は何も」
「……関係ないかもしれないけど。最近、妙に私に話しかけてくるアカデミア生が増えたのよね」
「あ、俺もだ」
「私も」
優太と蒸籠が同調する。
「恐らく関係あるわ。実は私も、病院でその話を聞いてきたばかりなの。何でも、第一陣の潜入部隊を対象に、他のアカデミア生が探りを入れているみたい」
「……ちなみに、依衣自身は誰かに声を掛けられることが多くなったりしたか?」
「いいえ、全く。架先輩は?」
「俺も同じ。特に変化はない」
元々依衣は、リビングデッドなどと揶揄され他のアカデミア生から敬遠されていた。
架もまた、復讐に取り憑かれていたこともあって、幼馴染み以外とは一切交流を深めなかった。
対して優太は人当たりが良く、蒸籠も照も友人が多い。
つまり、最近になって声を掛けてきたアカデミア生は、話しかける相手を選んでいる。
何故か。
それは、情報を引き出しやすいからに他ならない。
「ば、馬鹿じゃねぇの。それって要するに、アカデミア生が悪巧みしてるってことか!? しかも同じアカデミア生相手に」
「でも事実、こうして架が狙われた。実害は……まあ、なかったことにしてあげるけど」
「探りを入れられてるのが潜入部隊なら、多分、次の選考テスト関係なんじゃないかな」
「ふふ……やっぱり先輩達は頼りになるわね。ただ、架先輩を貶めることが次の選考テストに役立つのかという疑問がどうしても湧くけれど。あのまま架先輩が自首していれば話は……あっ」
全員が全員、ピンと来た。
第二陣に第一陣の潜入部隊がそのまま選ばれるのかは分からないが、第一陣の潜入部隊が全員生きて帰ってきただけで大喜びしていた理事長のことを、他のアカデミア生も知っている。
となると、第二陣の枠はかなり狭まってしまうかもしれない。
そんなとき、何かしらの外的要因があって第一陣の潜入部隊が瓦解してしまったら。
枠が空く。
そう考えても不思議はない。
「気になるのは規模の大きさね。聞いた限りだと、一部のアカデミア生がって訳じゃなさそうだし」
「兎にも角にも、しばらくは警戒する必要があるわ。問題は架先輩。私達の休みは八日までだけれど、架先輩は十五日までだったわよね?」
「ならとりあえず、七日までは俺が付きっきりで架に付き添うよ。そっからは交代でサボるってことでどうだ」
「いや、流石にそれは。何なら理事長に直訴して俺も八日から通えるように」
「駄目だよ」「駄目よ」「駄目だって」「駄目だろ」
「……」
架が余分に休みを貰っているのは、それだけの大怪我を負ったからだ。架の回復速度が医者の常識を超えていただけで、本来なら十五日までの休みだって少ないくらいなのだ。
ただでさえ迷惑を掛けた手前、優太の提案は気が引けるが……これ以上心配させるようなこともできない。
ここは折れるしかなさそうだ。
「分かった。お言葉に甘えて、少なくともこの中の誰か一人とは必ず行動を共にするよ」
「後!! 得体の知れない差し入れは絶対に口にしないこと!! 分かった!?」
眼前に人差し指を突き付けられて照に念を押される。
架とてこんな思いは二度とごめんだ。
力強く頷いて、これまで以上に気を引き締めることを誓った。
「……ところで、この作りかけの厩舎って一体?」
「「「「あっ」」」」
結局、厩舎は全員で作ることになるのだった。




