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猛り狂う照を追い出し、その照の後を控えめに付いていった紡を見送ると。
自然と病室には架と依衣の二人が残された。
どことなく気まずい空気が漂っているのは、二人きりで会話を交わすのが久し振りだからだ。
紡との戦いに赴く直前、架を心配して協力を申し出てくれた依衣に対して、架はまだ何も言っていないのである。
「その……この通り、もう平気だから」
「そのようね。心配して損したわ。余計なことも口走ってしまったし」
まだ恥ずかしいらしく、依衣は顔を逸らして話を変えてきた。
「結局、どういう風に説得したの?」
「俺じゃないよ。紡ちゃんを止めたのは」
「なら、先輩の気持ちは? 妹の仇に対して、どうしてあそこまでフレンドリーになれるのかしら。尖堂先輩達は敢えて聞かずにいるみたいだけれど、絶対に納得していないわ」
「んー……まあ、理由は色々ある。でも一番は、守護精に怒られるからかな。喧嘩は駄目だよ~ってさ」
「……え? まさか先輩、守護精と対話できているの? ううん、対話と言うより会話に近いわ。異常な回復力と言い一体どうなって……」
信じられないと言った様子の依衣。
もっとも、架の守護精はしょっちゅう眠っているため、そういう意味では自由に会話できているとは言い難い。
(依衣は自身の経験がある分、余計に信じられないよな。でもこればかりは言えない)
架は妹が守護精として生まれ変わったことを誰にも話していない。
『今は目の前の女の子を見てあげて』。
ツムのこの言葉は、きっと架だけに向けたものじゃないから。
彼女――渡橋紡から目を背けないためにも、今後も架は自身の守護精のことを話すつもりはなかった。
「そんなわけだからさ。紡ちゃんとも仲良くしていかないとなって」
「そんなわけって……それは復讐心を我慢しているだけよ。違う?」
「かもしれない。ただ、我慢できる程度にまで落ち着いたのも事実だ。ま、その辺を曖昧なままにしておくのもあれだからな。形だけでも決着を付けるために考えてることがあるんだけど……今はまだ秘密だ」
「そう。でもリスクの話は聞かせて貰うわ。架先輩のね」
「ん? 俺が羨望術を使ったのは、紡ちゃんと戦ったとき、それも最後だけだぞ。何年も経ってる依衣みたいに、目に見えて変化が生じたりはしないだろ」
「架先輩」
依衣はグッと顔を近づけて架の瞳を見つめてきた。
いつものからかいなどではない。
真剣に怒っている。
「羨望術を行使することで生まれるリスクは、力に目覚めた直後が一番大きくて分かり易いの。教えて。尖堂先輩達には黙っていてあげるから」
「……視覚だよ」
架がそのことに気付いたのは、入院した翌日に目を覚ましたときだった。
架の視力は左右両方とも2・0ととても健康的だったのだが、病室の窓から見る景色に違和感を覚えたのだ。まさかと思って視力検査を行った結果、左右両方とも1・4まで下がっていたことが分かった。
ちなみに、紡の視力に関して気付いたのはこのときである。
「架先輩も視覚なのね。世界が違っても、兄妹は兄妹なのかしら」
「遺伝子的には同じなのかもな。……ところで、そろそろどいてもらえると有り難いんだけど」
「こんな子供の体でも動揺してくれるの?」
「それは……肯定も否定もし辛いな」
年上のお姉さん的な依衣の姿も見ている分、複雑だった。
依衣の姿はあの頃のままの紡よりも更に幼い。
そうなると、異性として意識できない現実がある。
しかし、そんな態度をとれば年上の女性に対して失礼極まりない。
ということで、架はこう言うしかなかった。
「ノーコメントで」
「……、」
「こ、こら! 服をまさぐるんじゃない!!」
依衣が怪しい手つきで架の胸元に侵入してきたとき、病室の扉が開かれた。
顔を覗かせたのは優太だ。
「す、すまん! お前等がそこまでの関係だったなんて知らなくて! か、架! こんなとき、どうすれば良いのか教えてくれ!! ……って本人に聞いてどうする!?」
「……邪魔が入ってしまったし、私は退出するわ。またね、架先輩。お大事に」
「あ、ああ」
変なポーズで固まっている優太を無視して、依衣は颯爽と出て行ってしまうのだった。




