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繚乱たる呪句に、  作者: 渡守
4章 ひるがえる華
10/10

1.



 物心のつくかつかない頃に、母が北の離宮に封じ込められた。

 幼い私にその事情など理解できるはずもない。しかし、父はその理由の説明を丁寧にし続けた。合間に押さえきれない激情からか、母の名を呼んで強く抱きしめられる。

 その時のあまりにも悲痛な声音が、今でも強く記憶にあった。



 離宮には、今もなお堅牢ともいえる結界が何重にもかけられている。住まう人に変わりはないとの報告も頻繁になされていた。

 その措置は、逃亡を防ぐためのものであり、何にも奪われたくないという意向のあらわれでもあった。

 もう何年も経つのに父を含めた周囲は、在りし日の母をいまだ諦めきれてない。


 彼の地にある人に興味はあった。しかしそれは、父の想いを押しのけてまでのものにはならなかった。

 ……けれど、一度、遠くから覗いたことがある。

 姉達に良く似た美しい人であった。ただ、まとう雰囲気があまりにも違っていて、直接に会いたいという気持は、ついぞ湧くことはなかった。



 遠ざけられた母の代わりをしようとする人間達はいくらでもいたが、私の世話はおおむね姉達が中心となっていたようだ。母がしていたことを見よう見まねでし始めたらしい。

 その意気込みだけは良かったと、内緒ごとのように父がこっそりと教えてくれた。私がさびしがらないようにと、随分と頑張っていたしその姿になぐさめられたのだと。

 ただシーリヤ姉様も世話をしてくれたが、その瞳の色が理由で公的な行事に引っ張りだされることが多かった。

 そのため、姉のルーリヤを母代わりにして、私は育った。



 ルーリヤ姉様から、何冊もの冊子をいただく。どの冊子もびっしりと綴られていた。

 最初の一冊は母の手跡だという。途中からルーリヤ姉様の字で。

 私の発育状況が、細やかに丁寧な文字で書かれていた。



 元気な声で泣くという記述が滲みをもって、最初にあった。

 雨が降る日はむずかることが多い。

 いくら抱っこしてあやしても機嫌をなおしてくれない。

 乳を飲む量が少ないと心を悩ますくだりも多かった。



 初めの頃の記述には、久しぶりとなった赤児の世話に戸惑っている母の姿があった。

 そういえば、姉達のあと、なかなか身籠らなかったことに業を煮やすようなことをしでかす一派も出たようだった。

 その騒動をさらりと教えてくれた父は、こびりつくようにあった片付けてしまいたかった勢力の粗方を粛清できたのだと薄ら寒い表情を浮かべる。

 私は、身籠る前から父の子としてかなり良い働きをしていたといえるのではないか。



 ラザドに抱き上げられると機嫌が良くなって助かる。

 シーリヤとは延々とにらめっこをしていたとか、眠ったからとルーリヤの膝の上からおろすと途端に起きだして泣くとか。


 次第に踊るような楽しい字で書かれていた。これが母の書いた字だと、ルーリヤ姉様が教えてくれた。

 優しい文字でしょうと、思い出すように紡ぐ声音がひたすら穏やかで優しくて心に沁みていく。



 母が病に倒れ、北の離宮に幽閉されてからはルーリヤ姉様が書き綴ってくれていた。

 時折、遠慮がちな字でラザド兄様や、シーリヤ姉様の飛び跳ねるような字も混ざっていた。

 それは、私の発育状況ではなく、父のようになってくれるなという諌言に近い懇願というか愚痴であったり、二人のことを好きになったんだけどどうしようというルーリヤ姉様への恋の相談だったりして、笑ってしまった。

 それに真面目に答えようとしているルーリヤ姉様の四苦八苦ぶり。歳の離れた姉達のそのやり取りに、笑いがこみあげた。


 時折、父の字もあって誇らしかったりもする。

 引きずるぐらいのことしかできてなかった歳であるのに、剣筋がいいようだとか臆面もなく書かれてあるのを読めば照れるしかない。



 そうして、母が姉様達のことを書き綴った冊子を、私にも読ませてくれた。それぞれが大切にしまい込んでいるものを。それらは、きちんと装丁されてあった。

 同じ記述が並んでいるわけではなく、二人の違いが細やかにそして鮮やかに描かれてあった。

 母の愛情を一身に受けて、笑い声をあげている姉様達の姿が見えてくる。



 神皇国に繋がる皇子達も、もちろん大事にしまい込んでいて見せてくれた。

 毎日、呆れるほどにとてつもなく動き回っている様子が記述されていている。違う方向に謀ったように同時に動き出す赤児達に、右往左往している母の様子があった。彼等の身体能力の高さは折り紙付きだから、母からすればさもありなんである。

 食べたものについての記載が詳細になされていて、その量の多さにおそらく驚いていたんだろうなというのがわかる頁もあって面白かった。

 姉達のとの違いの大きさがよくわかる。皇子達の世話をし続けた後に、姉様達を育てれば、その動かなさにそれは心配になるだろう。



 書き綴ったものが大体同じような冊数で、そういう気配りをされる人だったのかと新しい発見もあった。

 まあ若干、ラザド兄様の冊子が多いのは仕方がない。母にとって最初の子どもである兄は特別だっただろうから。



 どうやら、将軍達や、父もまた豪華な装釘にしたものを持っているらしい。

 子どもには見せられない箇所が少しばかりあるのだとか。

 私が長じて、それなりに闇に通じるようになれば読ませてもらえるのかもしれない。 



 母の気質を表向きに一番よく受け継いだのは、長子であるラザド兄様で、その次にシーリヤ姉様。そしてルーリヤ姉様だった。

 容姿で言えば、ルーリヤ姉様が断然で、その次がラザド兄様。やはり瞳の色が違うと、違いばかりが目立ってしまうから仕方ない。


 私は父に似てしまった。容姿も気質も、何もかも。


 

 見るからにおっとりとしているルーリヤ姉様は、皇太子という地位に就くべきにして就いたわけではなかった。ただ貧乏くじを引かされたのと、父の執着の強さからその地位に縛り付けられたのだ。

 ラザド兄様がルヴァン公爵家にとられてしまったようなことを防ぐための立太子だった。

 それ故に、つなぎの皇女と揶揄した者を父達は、嫌った。


 ルーリヤ姉様は、何やらいつも書き物をしている姿を見る。国政に無理矢理、関与させられ続けて大量の書類に埋もれる毎日だからで、その一端を作ることになった身としては心苦しく思うと頭を下げることにしていた。本気で悪いと思っていない、との糾弾にも甘んじている。

 ただそういう職務が苦ではないようだ。時折、幸せそうな笑みを浮かべて、いろいろと書き綴っているその姿を父達は飽きもせずに眺めていることがあった。

 その姿は、在りし日の母の姿なのだと口を揃えて教えてくれる。


 内宮に居を構えさせて外に出す気がない父のやり方を、私も周到に継いでいく。



 皇家の瞳の色を有していたシーリヤ姉様は、当然、帝国を継ぐものとして遇されていた。その気質はとにかく母に似ているのだとか。特に楽天的なところが。

 何の根拠もないのに、大丈夫だからと動いてしまうあたりが似通っているのだという。その行動力を愛でるのが、周囲の者達は楽しくてならなかったようだ。


 妙に大きなことを仕出かして、幼馴染みであった二人の皇子を振り回して虜にした。

 色狂いの皇子達の生贄となった悲劇の皇女と巷では流布されたりしているが、皇子達の方が下僕に近いように思う。

 どちらかを選ばずに、両方を欲しいと願って手に入れたのだ。そして、決して皇宮はもちろんのこと帝国より外に出す予定などなかったのに、するりと飛び立ってしまった。その行動力たるや、今でも語りぐさである。

 慌てて取り戻そうしたが、下僕達が優秀すぎた。彼等があまりに堅牢なので、尋常な手段では取り返せそうにない。大陸を戦火にさらすのは一向に構わないが、そのことで髪の毛一筋たりとも、姉様が傷つくことは許されない。手詰まりとなった。

 機をうかがい続けるしかないようだった。



 血筋だけで言えば、ラザド兄様は表舞台には出てこられない。華美を好まない本人も今でも出る気がないらしい。

 しかし、周囲がそれを許さない。ルヴァン大公家は、継嗣として表舞台に据えているし、父もまた重職に就かせて離そうとしない。

 姉様達や私の異父兄としての立場を明確にし、大切に遇されている

 母に似た優しげな顔つきで、皇家と大公家の突き合いを見事にさばいていた。その判断力の潔さを、父は大切にしている。


 大公家とのつながりをもとめてラザド兄様の元には女達が送り込まれ、あわよくば姻戚となろうとする家が後をたたない。それを清廉に拒絶しているという報告は上がってきていない。帰しているとも身元不明の死体があるとの報告もないので、大公家で召し上げているようだ。

 姻戚関係にならなかったとしても、大公家の肥やしとして利用していくのだろう。

 優しげな顔をして、大公家の奥深い闇に沈めていくに違いない。



 その闇から生まれでるだろう者達に、強く惹かれるばかりである。


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