第8話「変わり始める」
鍋を受け取ったあとも、周囲の視線は途切れなかった。
むしろ増えている。
「その肉、まだあるのか?」
「薬草もか?」
少しずつ、声が飛んでくる。
◇
コウは残っている干し肉を見る。
あと8つ。
薬草はまだある。
(……まだ回せるな)
村側の反応も悪くない。
特に薬草。
思ったより見られていた。
◇
年配の女が薬草を指差す。
「それ、本当に傷に使えるのかい?」
「使い方次第だ」
コウは短く返す。
すると、ロイドが口を開いた。
「実際、使った」
「悪くなかったぞ」
エミルも頷く。
「止血には十分使えます」
その言葉で、周囲の空気が少し変わった。
(……通ったな)
◇
「野菜なら出せるよ」
別の女が籠を持ってくる。
根菜だった。
少し小さいが、量はある。
「これでどうだい?」
コウは確認する。
傷みは少ない。
問題なかった。
「薬草1束で1つか?」
「いいよ」
◇
交換する。
薬草3束。
野菜3束。
袋へ入れると、ずしりと重みが増えた。
(悪くない)
焼くだけだった生活が、少し変わる。
鍋もある。
煮られる。
◇
続いて、別の男が声をかけてくる。
「網ならあるぞ」
見せられたのは、小型の編み網だった。
少し粗い。
だが、魚には使えそうだった。
(十分だな)
川を思い出す。
魚囲いだけでは限界がある。
だが、網があれば変わる。
「薬草3でどうだ?」
「いい」
即答だった。
◇
交換する。
薬草3束。
網1。
手に持って広げる。
軽い。
だが、確かな道具だった。
(試せるな)
明日、川へ入れる。
取れる量が増えれば、食料事情はかなり変わる。
◇
「刃物も欲しいなら見てみるか?」
ロイドが横から言った。
視線を向ける。
男が一本のナイフを出してきた。
鉄製。
使い込まれている。
だが、石とは違った。
◇
コウは手に取る。
重さを確かめる。
刃を見る。
(……いいな)
解体が変わる。
木も削れる。
加工速度も上がる。
「干し肉1と薬草1だ」
男が言う。
少し考える。
だが、答えは早かった。
「換える」
◇
交換する。
干し肉1。
薬草1束。
ナイフ1。
腰へ差す。
それだけで、少し安心感が増した。
◇
ロイドが視線を向ける。
「靴はいるか?」
「……いる」
即答だった。
森の中を歩き続けている。
足への負担は大きい。
◇
出されたのは革靴だった。
使い込まれている。
だが、まだ丈夫そうだった。
「干し肉1、薬草3」
コウは少し考え――頷く。
「換える」
◇
交換する。
干し肉1。
薬草3束。
革靴1足。
手に持つ。
(かなり違うな)
裸足とは比べ物にならない。
移動。
森。
全部に関わる。
◇
エミルが口を開く。
「カバンもありますよ」
出されたのは、肩掛け式の簡素な革カバンだった。
縫い目は粗い。
だが、容量は十分ある。
「薬草5でどうです?」
コウは少し考える。
薬草はまだ残っている。
そして――
(運搬は、いる)
これから先、量は増える。
袋だけでは限界が来る。
「……いる」
◇
交換する。
薬草5束。
革カバン1。
肩へ掛ける。
重みが分散される。
(……楽だな)
思った以上だった。
両手が空く。
それだけで動きやすい。
◇
周囲の村人たちも、少しずつ空気が柔らかくなっていた。
「その肉、また持ってくるのか?」
「薬草もあるんだろ?」
声が飛んでくる。
コウは短く返した。
「取れればな」
嘘は言わない。
だが、完全に否定もしない。
◇
ベルグが笑う。
「もう馴染んでるじゃねえか」
「まだ分からん」
コウは肩をすくめる。
だが、悪くない。
少なくとも、追い出される空気ではなかった。
◇
ロイドが頷く。
「最初としては十分だ」
「村側も、お前が何を持ってくるか分かった」
エミルも続ける。
「保存食はありがたいですからね」
「狩りだけだと、どうしても偏りますし」
(……やっぱり需要はあるな)
干し肉。
薬草。
山椒。
まだ回せる。
◇
そこで、ロイドがコウを見る。
「お前、そろそろ戻った方がいいぞ」
「顔が少し落ちてる」
ベルグも笑った。
「朝から何も食ってねえんだろ」
「倒れられても困る」
エミルが苦笑する。
「鍋も手に入りましたし」
「今日はもう十分でしょう」
◇
コウは小さく息を吐く。
確かに腹は減っていた。
朝から動き続けている。
交換。
運搬。
往復。
思った以上に消耗していた。
「……そうだな」
◇
ロイドが口を開く。
「明日も獲れるかって言われると、難しい」
「さすがに獲物も警戒する」
ベルグも頷く。
「毎日同じようにはいかねえよ」
エミルが続ける。
「1日置いた方がいいですね」
◇
コウは少し考え――頷いた。
「……じゃあ明後日だな」
「ああ」
ロイドが答える。
「またここでいい」
「分かった」
◇
コウは三人を見る。
「今日は助かった」
ロイドが軽く手を上げる。
「気にするな」
エミルも頷いた。
「こちらも助かっています」
ベルグは笑う。
「次はちゃんと食ってから来い」
◇
コウは荷物を持ち直した。
袋。
鍋。
網。
ナイフ。
革靴。
革カバン。
来た時とは、かなり違う。
(……変わり始めたな)
小さくそう思いながら、コウは森へ戻っていった。
◇
拠点へ戻る。
荷物を下ろし、小さく息を吐いた。
「……重かったな」
だが、悪くない。
生活の重さだった。
◇
まず向かったのは、吊るしていた場所だった。
「確認だな」
朝の2匹。
そして分けて置いた5匹。
順番に見て回る。
◇
「……無事か」
軽く頷く。
取られた形跡はない。
火も残っている。
煙の匂いもまだ続いていた。
(分けて正解だったな)
1カ所なら危なかった。
だが、3カ所へ分けたことでリスクを散らせている。
◇
朝の2匹も回収する。
袋へ入れる。
これで全部揃った。
血抜き済み5匹。
未処理2匹。
合わせて7匹。
「……今日はここからだな」
◇
すぐに作業へ入る。
優先は肉だった。
まず2匹を処理する。
ナイフを抜く。
刃が走る。
「……軽いな」
石とは違う。
引っかからない。
力もいらない。
解体が早い。
(全然違うな)
作業効率が一気に上がる。
◇
解体を終える。
山椒を使う。
火を調整する。
吊るす。
煙を当てる。
手順はもう慣れていた。
◇
先に処理していた5匹も確認する。
かなり仕上がってきている。
色が変わり始め、水分も抜けていた。
(……悪くない)
明日には使える。
◇
さらに2匹分も並べる。
干し肉の列が増える。
7匹分。
吊るされた肉を見上げ、コウは小さく息を吐いた。
「……回ってるな」
取る。
加工する。
交換する。
また増やす。
少しずつだが、流れができ始めていた。
◇
作業を終え、ようやく火の前へ座る。
腹が減っていた。
「……食うか」
今日は違う。
鍋がある。
◇
先に山菜を入れる。
煮る。
アクを抜く。
しばらく様子を見る。
臭いを確認する。
(……いけそうだな)
完全に安心はできない。
だが、生よりはかなりましだった。
◇
そこへ野菜1束。
干し肉2つも入れる。
さらに煮る。
やがて湯気が立ち上る。
肉の匂いが混じる。
◇
「……いいな」
小さく漏れる。
今までは焼くだけだった。
だが、煮ると違う。
匂いが広がる。
汁ができる。
◇
鍋を火から下ろす。
そのまま直接口をつける。
熱い。
だが、腹へ落ちる感覚が違った。
「……うまいな」
自然と声が出る。
野菜も柔らかい。
干し肉からも味が出ていた。
山菜も、苦みは残るが食べられる。
◇
だが、少ししてコウは呟く。
「……やっぱり塩気が欲しいな」
味はある。
だが、足りない。
塩。
それだけで、かなり変わる。
◇
もう一口飲む。
熱が腹へ落ちる。
疲れた身体へ染み込んでいく。
(……これだな)
鍋。
これが欲しかった。
◇
食べ終える。
火を見つめる。
今日は動いた。
交換した。
運んだ。
処理した。
だが――
(悪くない)
疲労感より、手応えの方が大きかった。
◇
視線を上げる。
吊るされた肉。
増えた道具。
置かれた袋。
革カバン。
網。
鍋。
「……変わり始めたな」
小さく呟く。
森で生き延びるだけだった生活が、少しずつ変わり始めていた。
⸻
収支表(第8話終了時点)
■開始
干し肉:8
薬草:20束
■携帯素材
山椒:30粒
■拠点保管
山椒:20粒
■仕掛り品
未処理ウサギ2匹
血抜き済みウサギ5匹
ルク:0
⸻
■交換
薬草3束
→ 野菜3束
薬草3束
→ 網1
干し肉1
薬草1束
→ ナイフ1
干し肉1
薬草3束
→ 革靴1足
薬草5束
→ 革カバン1
⸻
■加工
未処理ウサギ2匹
→ 血抜き・解体処理
ウサギ7匹
→ 山椒35粒使用
→ 干し肉35個分加工開始
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■消費
干し肉2
野菜1束
山菜少量
⸻
■終了
食料
干し肉:4
野菜:2束
⸻
素材
薬草:5束
⸻
携帯素材
山椒:0粒
⸻
拠点保管
山椒:15粒
⸻
作業用品
網1
ナイフ1
古大鍋1
⸻
衣類・装備
革靴1足
革カバン1
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運搬用品
簡易袋4
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仕掛り品
干し肉35個分
(乾燥中)
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通貨
0ルク
⸻
資産表(第8話終了時点)
武器
木槍1
石ナイフ2
ナイフ1
⸻
作業用品
石斧1
古大鍋1
網1
⸻
衣類・装備
革靴1足
革カバン1
⸻
食料
干し肉4
野菜2束
⸻
素材
薬草5束
山椒15粒
魚骨:少量
植物繊維:少量
⸻
運搬用品
簡易袋4
⸻
仕掛り品
干し肉35個分
(乾燥中)
⸻
固定資産
簡易拠点1
石組み簡易かまど1
干し肉ラック1
薬草乾燥場所1
簡易罠数個
簡易魚囲い1
動物避け用焚火複数
⸻
通貨
0ルク




