フレデリック 下
あれから二ヶ月近く経つ。
今日は午後から大事な会議のため、どうしても時間がとれないのと、会議が紛糾すれば夜中までかかる可能性もあるので午前中にヴィーに会いに来ていた。
ヴィーは庭で花を見て歩いている様だった。その姿も儚げで私は心配で堪らない。
「朝から来てすまない。
今日は午後から騎士団の会議があるんだ」
「フレディ、無理しなくていいのよ?」
「……いや、私がヴィーに会いたいからきてるんだ」
素直に会いたかったも告げると驚きつつ、少し嬉しそうに微笑む姿が可愛らしい。このまま距離が詰められるといいと思っていたが……
「ありがとう、フレディ。
でも私は、今は大丈夫よ」
そういってにこりと笑い、壁を作ってしまう。
彼女の心の壁はやはり――――
「……でもヴィー。
君は、まだ一度も泣いていないだろう?」
そう指摘すれば、驚いた様に目を丸め動揺する。
「え……フレディ……?」
「君は……
それでも、殿下が好きだっただろう?」
「……。」
「そうね。私もう泣いていいのね」
そう呟いて、涙を流すヴィーを抱きしめていた。
身体に染み付いた王妃教育が、ヴィーを泣かせないのだ。泣きたくても泣けない。
それはまだヴィーの心と身体が、今回の事を上手く受け止められていないせいではないかと思っている。
身につけた王妃として、心の動きを抑えてみせる事。しかし、もう王妃にはならないという現実。それを処理して、悲しむ事が出来ないので彼女の中で終わらせられないのではないかと考えていた。
涙が止まらない。まるで今までの抑圧されていた感情を洗い流す様だった……
「フレディありがとう」
どれくらい泣いたのか、ヴィーはそう呟いた。
「……ああ。このままヴィーと居たいが……
今日の会議は、流石の私もすっぽかせない」
「ふふ。すっぽかせる会議なんて、無いでしょう?」
「私にとってヴィー以上に大切なものはないよ。
でも出世出来なくなって、ヴィーに不自由させるのは困るからね。
なごりおしいけど、また明日くるよ」
――なぜ今日は騎士団の会議なんかがあるんだと、理不尽に当たり散らしたくなったが……ヴィーが気になって会議は半分くらいしか覚えていない。まあ、内容はいつも通りだったので大丈夫だろう。
それよりも、あれからヴィーは驚くべき回復をみせた。
良かった。
すべて涙と共に流してしまえばいい。後は彼女が落ち着いたら、きちんと私の気持ちを伝えよう。
それまでに、少しでも私の方をみてくれるといいんだが――――
回復したヴィーは学園にも復帰した。学園でも落ち着いて楽しく過ごせている様だ。会える頻度が減ったので残念だが、学生の時間は今だけだから、ヴィーが楽しんで行けるのならばその方がいい。
その後、夏期休暇を公爵家の領地で一緒に過ごせる事になった。この間に私の気持ちをきちんと伝えようと決心した。
懐かしい。昔は一緒に領地で過ごしたが、大人なってからはお互い忙しく向こうで過ごせていなかったから、楽しい時間を過ごせるだろう。
ヴィーが学園が休みに入ると直ぐに領地に向かった。会えないのが寂しいが、その後一緒に過ごせると思えば我慢もできる。
あれだけ毎日の様に会っていたからか、少し会えないだけで寂しさが募る。
ヴィーも少しでも寂しいと感じてくれているだろうか……
夏期休暇でヴィーが家を出てから、公爵が結婚後に住むタウンハウスは近くにしろと、無理難題を言ってきた。どうやら、ヴィーが居なくなって、結婚後にこうなると実感して寂しくなったらしい。
勝手に良さそうなタウンハウスと土地の候補をあげてきた。ヴィーの気に入る所ならば、どこでも良いのだと言うと、公爵は嬉しそうに、持参金の一部として家をつけるからここに住めという。公爵もそれで安心出来るなら、私は特に文句も無いので有りがたく受けることにした。
ほぼ隣だ。
これを聞いたグレアムは苦笑いをしていた。私はヴィーにとって良いならどこでもいい。
そのかわりに、結婚式の日取りはヴィーの許可が得られたら早めにしても良いと許可を貰っていた。
婚約破棄で傷ついたであろうヴィーにとって、婚約の期間は短い方が良いだろうと思ったからだ。結婚してしまえば、少しは安心するのではないか。
私はここまで待ったのだから、正直いつまででも待てる。
最終的にヴィーがしあわせならばそれで良い。ヴィーを大切にするのが私ではあればなお良い。ヴィーの気持ちを確認してから決めようと、領地へ向かうその日を楽しみにしていた。
そんな時、早馬が届き『ヴィーが家を出てしまうかもしれない』と『修道院などを考えているようだ』と……ヴィーの専属侍女のメリーから連絡が入った。頭を殴られた様な気持ちだ。
なぜ、どうして――――
あんまりの顔色に同僚が声をかけてくれる。大至急、婚約者に会いに行かないと……と言えば、ちょうど明日から彼は夏期休暇をとっていて、私と交換してくれるという。有りがたく受け、帰宅後その足で、領地へと馬を走らせた。まだ家を出ていないと良いのだが……
領地の屋敷に着く。馬も私もボロボロだったが、馬を勝手知ったる執事にまかせ、ヴィーの部屋に向かった。
――良かった。まだ居てくれた。
安堵の息が漏れる。ヴィーは、全くわからないという様にきょとんとしていた。
庭に出て二人で話をしようと誘う。何から言えば良いのか……
まずはヴィーの気持ちを確認しなくては……
家を出たいという事は、やはり……殿下の事が今でも……そう思うと胸が締め付けられる様に痛む。
とにかくヴィーに今まで言えずにいた胸の内を、私の想いを伝えなければ、また伝えるチャンスすら失ってしまうかもしれないと思い、私の想いをヴィーに伝えた。
言った後、もっと紳士的にヴィーの好きな物語の様に想いを伝えたかったという後悔もあったが、伝えられないで終わらせられない。
聞くとどうやら、もう殿下の事は過去になっているようだった。こちらを見ていた表情で良くわかる。…………逆とはどういう―――
ヴィーまさか……
その考えに至ると、嬉しさと驚きと……ごちゃ混ぜのなんとも言えない不思議な高揚感に包まれる。
そして、ヴィーが私を想ってくれていたとは気づかなかった自分と、私が想っていると思わなかったヴィーと……そんな二人に少し笑いがこみ上げてくる。似ている所なんて一つもないと思っていたが、似ていた所もあったのだな……
気持ちが一緒ならば、もう遠慮する事はないとばかりに、結婚を決めた。公爵は、わかっていたのだろうか。
ヴィーずっと好きだったよ。
ずっと好きだった。
そんなフレディ好きです。
お読み頂きありがとうございました。
殿下の視点書くか悩みましたが……とりあえず、次回作に集中します。
また遊びにいらしてくださると嬉しいです。