女。それと藤実京介。Mr.Goneとニューヨークの街
全速力で走ったものの、表通りではうまく走れないと思われたのか、路地裏に入り込むとすぐに女と京介は囲まれた。
銃を構えられ、二人に向けられる。
隣り合わせで京介は女の横にいた。
(一体自分はどんな人間なんだ?もしかして本当に不法入国した犯罪者とか?この女と俺はどんな関係だ…いや、確かに会ったことあるような気はするけど思い出せない。相手は初対面みたいな調子で話してきたけど、俺の記憶喪失のことまで知ってる人とか?)
京介は考えることがたくさんあったけれど、それを女の声が遮る。
「ねえあんた、ちょっと影分身とかできない?ほら、じゃぱにーずニンジャ、みたいに。日本人なんだろ?」
「できるか!それは偏見だ!」
本当に海外の人間とは日本人に誤解を持っているものなんだな。でも彼女が本当のところどう思っているかはわからない、今は死に際だから。あわてておどけているだけかもしれない、でもそうだったら自分はわけもわからないままここで死ぬ、そうとは京介が信じたくなかった。
「ああそう、じゃあここが命日、墓地かもね。この町に墓地なんていくらでも建つよ、建てようと思えば、とーきょーの君。」
女がポケットから何か取り出そうとすると、周りの視線が厳しくなった、しっかりと銃が構えられ、今にも弾丸が飛んできそうだ。
”Hey, calm... Just getting my last smoke."(「待ちなよ、死ぬ前に一服くらいさせてくれたっていいでしょ」)
タバコに女は火をつけ、ゆっくりと吸い始めた。
「あんた、ボヘームだろ。匂いでわかる。」
「頭いいね君。そう、そんな減らず口が入る空気ってのは、これがラスト・スモークじゃないってことさ。
分かる?二人に一人、引き金を持つ指が震えてる。
私の命にはほど遠いよ、震えてないのはガタイがいいだろ?ありゃ脳筋だよ。肉体のことも精神のことも、人の命を奪えるって偶然じゃないんだ。それを運命っていうの、分かる?アンダスタン?」
「でもあんたも震えてる。」
「言い訳させて。私は人を殺そうと思えない奴らのことを殺すの、性に合わないの。こんなもの、持ってるけど、殺したことないよ。これでは。
まぁ、見ててくれればいいの。あんた、確かに私が吸ってるのボヘームだけど一時間以内の前に匂いのきついアイラ飲んでる。それが分からないんだ、お子ちゃまね。」
女は拳銃を取り出して、空に向かって発砲した。一瞬だったので咎めるものはなかった。取り巻きの、黒づくめの集団は持っていた拳銃を落とすものさえあった。全てのものが動揺した。
一人、かけていたサングラスさえ落としたものがある。それがあると思ってかけ直す仕草をしたけれど、動作だけでもうあるはずのないサングラスの感覚は、彼に恐怖を植え付けた。ひょろっとした男だった、意識を失った植物人間のような顔をしている。
それほどまでに、彼女は美しかったし、神々しかった。
京介は性的興奮すら感じたほどだ。(例えばそれは天上の天使の群れが酒に酔って踊るのを見るように、最高級のワインでひどく酔っ払ってしまったように、モーツァルトの音楽に合わせて性行為に耽ってしまう頭のように。)一つの空への発砲が京介の体を氷漬けにした。
間が流れる。
ーーー
陣形のバラバラになった包囲網の中から、ゆっくりと一人の男が出てきた。
彼は銃を持った女に、ゆっくりと歩いて近づいてきた。彼は一メートルほど女と距離を置いて止まる。
シルクハットで顔を隠し、ずっと下を向いている男だ。どうしても自分の顔を見せたくないらしい。嫌に足音が音楽的だった。
彼が手を上げてそっと下ろすと、周りの男たちは全員持っていた銃器を納めた。
"Hey you... Can't be my girl? I'd love you with all and promise you wealth."(「おいお前、いい女じゃねえか…そんなに綺麗に銃を打てる女見たことないよ。男ならあるが、俺はホモじゃないんでね。
お前にゃ金だってかけていいよ、おっと、それは許されないかな?」)
"What a drag. Can't buy it with drug. How about letting go of me for now? I'd be more good girl and maybe... Come back for you"(「馬鹿ね。この町の摩天楼は買えないわ、あんたに。どれだけお金があってもね。
どう?逃す気にならない?もしかしたらもっといい女になった時、あんたのとこへおねだりしに行くかも。あんたの話に聞き分けが良くなったら私はあんたのいい女ねきっと。」)
"Don't mess with me bitch, gonna have a hard time living."(「おい、そんなふざけてると生きるのに苦労するぜ。いいのかい?」)
"Bitch! Great. Hard time living always makes me bitch."(「あばずれって呼ぶ?いいわ、それくらいの包容力がないと綺麗な女になれないもの」)
この会話は激しかったり、落ち着いていたり、京介の預かりしれぬ感情の起伏を含んでいたわけだが、彼自身は全く蚊帳の外にいた。
本当に自分はここにいてもいい人間なんだろうか…幾度もそんなふうな考えが巡った。
ーーー
「なあ、あんたらこんなとこでなにしてんだ?」
体つきのいい黒人男性が路地裏に入ってきて言う。それにシルクハットの男が答えた。
「いやあ、ただの映画撮影さ。実弾使うから離れてなよ。」
黒人男性はフーンと言ってすぐに路地裏を離れた。まっ昼間から街中で、まさか本気の殺し合いが行われているとは思うまい。
この会話は英語で行われている。
ーーー
すぐに二頭のハウンドドッグが女に、どこからともなく襲いかかる。路地裏の外に待機させてあったのだろう。
「犬との戦闘ってのは、珍しいなッ!」
こういう時に女の口から出てきたのは日本語だった。
襲いかかってきた犬に、発砲する。女が再起不能にできたのは一匹だけだ。
それが息切れを起こして寝転がっていく。まだ闘志は残しているようだったが。
もう一匹が襲いかかってきた時、女はそれを見事にかわして次の発砲の準備をする。攻撃を外した犬は女に、ゆっくりと立ち止まって狙いを定めた。
唸っている、しきりに。
女はすぐにもう一方の犬に向かって発砲した。そして京介の腕を掴んで走り出す。
「もういいよ、逃げられる!落ち着いて話そう!」
女が言った通り、二人は不自然なまでに包囲網をかいくぐって逃げることができた。周りの人間は、犬と違って闘志を喪失していたか、女が真っ先に向かってくることを予想していなかったらしい。
”Hey Mr.Gone... They've went some where. What should we do?"(「あの、ゴーンさん。あの小娘。どうしましょう?」)
"Don't ask me that. Well... We're done. No need for chasing, we'll get that girl somewhere else."(「おいお前、俺にどうするかって聞いてて恥ずかしくないのか。まあいいさ、どうせ捕まえる、もうお前らも帰っていいよ。」)
藤実京介はまたわけもわからないまま、謎の女にどこかへ連れて行かれることとなる。




