国王の矜持
「二人には紹介しておかないといけないよね、私の親友ヴェル。ヴェル、この二人がマクシミリアン宰相とアーデルハイド夫人だよ」
『宜しく、お初にお目にかかる……ヴェルだ』
そして其処には見事に固まった二人の姿があった。
「ほら……だからその格好じゃ驚くって言ったんだよ」
『ふむ、どうやらヴォルフラムの方が正しかったな……いや、実はな――』
そう、ヴェルは『竜』の姿で目の前に現れたのだ。勿論大きさは小さめと言っても5m以上の巨体ではあったが。
何時もの不思議な人物の姿へと変わったヴェルは続けた。
「何この格好で初代と共に宮廷に姿を晒したこともあったのだぞ? だがな、皆に奇妙な目で、ホレ、こんな感じになる」
「うーん、まあ『固定観念』だったっけ、それがあるからね」
「ほれ、お主等も何時までも固まっているようではこの先が思いやられるぞ」
そこで漸くマクシミリアンは気を取り直した。流石は諸国に名を轟かせる宰相と言うところか。
「で、殿下! まさか、このお方は……」
「うん、そう。恐らくはマクシミリアンの思う通りだよ。この城の地底に神殿もあるしね」
「では若しや、殿下の行方不明というのは……」
「流石マクシミリアンだね」
「うむ、中々に物の飲み込みの早さよな」
二人は改めて宰相の有能さを褒めた。
「我が共に過ごしておった故な」
「最初は本当に遊び友達だったんだけど……」
「うむうむ、だが良き生徒であったわ」
明かされる事実に腰を抜かしたくなったのは仕方が無い。それでも尚マクシミリアンは頭の中で様々な事を考えていた。そう、何故『伝説の竜』が殿下と共にいるのか……
理由に思い当たった彼は、この殿下が居てくれた事に感謝を捧げた。
「アーデルハイド夫人?」
問題は気を失ったのでは無いかと思うほどに固まっていた夫人だった。
ヴォルフラムの問いかけにも茫然自失してしまって答えない。
「アーデルハイド夫人、失礼……」
「いひゃい!? イタタタ」
「済まぬな、かなり長時間になっておったからな」
マクシミリアンが頬を引っ張って漸く意識がハッキリしたアーデルハイドは反応は示したものの、何時ものような毅然とした態度ではなかった。
「し、失礼を……私も大よその事でしたら受け入れるだけの器量があると思っておりましたが……敬服いたしました」
「ハハ、構わぬよ、普通の人は驚くものだ、ヴォルフラムのようなのが特別なだけでな」
軽く構わないとヴェルは告げる。そう、普通の人が『竜』に出逢えば良くて意識を手放す。こうして立っていただけでも大した者なのだ。
だが規格外とでも言うのだろうか、ヴォルフラムは初めてヴェルがその姿を見せたとき、そう本当に本来の巨体で現れたにも係わらず目を輝かせていた。なのでこうした感想になるのだ。
「まあ、と言う訳で此処にいる四人のみが真実を知るという事になる」
「成る程……僅か数名と聞いたときは驚きましたが、このお方の助力を得れるのであれば」
「はい、なるべく知る人が多くない方が良いという件には賛成しておりましたが、まさかこの様な方法で解決されるとは……」
ヴォルフラムの提案を不安に思っていた二人も納得した所で四人は後宮の奥、現王、ヴォルフラムの父親がいる建物へと足を踏み入れた。
其処には顔色も悪く、本当に病気療養と発表しても問題の無いヨハン二世の姿があった。
「父上?」
「ふっ、誰かと思えば……息子が此処に来るとはな……」
「そのお顔は……」
「フ、見よ、これが何も為せず、何も残さなかっただけの王の顔よ、お主は……こうなるでないぞ」
一人の王の苦悩。偉大といわれ続けた父であり先王の後を継いだ後に期待の重さに潰れてしまった姿が其処にはあった。享楽と暴食を繰り返し、体は太り、顔色は眠れない日々を過ごした事を表していた。
これまで、化粧で誤魔化し続けていたが故に発覚が遅れた。
それはヨハン二世の最後の意地でもあったのだ……
「父上……どうかご養生を」
「ふむ、僅か6歳か……その歳で政務を司ると?」
「私一人では無理でしょうが、私には頼りになる友と家臣がおります」
「そうか、ならばやって見せよ。何かあれば我の首を使うが良い……任せたぞ、息子よ」
王は誇りだけはこの様になろうとも王であった。
「では、誰も立ち入れぬ結界だけは張ろう……そして療養できるようにするがよいぞ」
「ありがとう、ヴェル」
宰相マクシミリアンもアーデルハイド夫人にも知られずに貫いたその矜持に二人も揃って頭を下げ退室した。
この日を最後にヨハン二世は表舞台に立つ事は無かった。多くは何も残さなかった王として語られたが、唯一つ――別の評価が残っている。父は真の王足らんとした人物であると。
イメージはちょっと怖かったりする童話です……