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参章 ユニバーシティの覇者 その1

 勇輔は成り行きから大学最強の称号、ユニバーシティの覇者となった。

 そのことがミミカの対抗心を刺激し、新たな事件の幕開けとなることを、彼はまだ知らない。

【参章 ユニバーシティの覇者】

 学長が起こした春の騒乱は、秀政の再起不能により幕を閉じた。

 負傷者数百名、重体数十名を出す騒ぎになったが、幸いにして死人は一人も出なかった。

 学生たちは何事もなかったかのように、普段通りの大学生活に戻っていく。

「……はっ! こ、ここはどこ!?」

 数日経って、ようやく目を覚ましたミミカ。看護センターの病床にいた。

「思念治療でとっくにケガは治ってるのに、よく寝る女だ……」

 白衣を着た男が隣にいる。医者かと思ったが、よく見たら勇輔だった。

「……勇輔? あんた、こんな所で何してんの?」

「馬鹿ねえミミちゃん。意識不明のあんたのために、ずっと看病してたのよ、勇くんは!」

 頼子がドアからひょこっと現れて、ミミカの問いに答える。

 内臓損壊の重傷を負ったミミカは、勇輔の迅速な搬送と、あらかじめ準備をしていた頼子の万全な思念治療によって救われた。

「そっか。それにしても、勇輔が白衣を着るなんて意外だね」

 ミミカがお腹をさする。氷に貫かれた場所は、傷一つなく治っている。

「一ヶ月はここで働くのだ。今のうちに慣れておくのが一番だと考えた」

「んもう、勇くんたら素直じゃないんだから……」

 頼子がやれやれと言ってお手上げ。ミミカは思い出したように勇輔に問う。

「そ……そうだ。学長は!? 学長はどうしたの!?」

「二度と大学に来れないようにしてやった。今は学外の病院に入院している」

「山田先生は!? 屋上から落ちて死んだかも!」

「厚い脂肪のおかげで助かった。今はピンピンしている」

 勇輔は現状を的確に説明してあげた。

「……そっか。それは嬉しいけど、理事長は、もう……」

 そうミミカが言ったところで、来客がドアを開ける。

「ミミカ君、ケガの具合はどうかの?」

「あっ、理事長! もうすっかり良くなりましたよ。りじ、ちょ……」

 顔を青ざめて口をポカーンと開け、白目を剥いて全身を硬直させるミミカ。

 絶対に見てはいけない人物を見てしまった。

「うぎゃあああああああ!? おわあああああああ!! ななな何で生きてッ!? バラバラの挽肉のミンチになったのに何でつーかゾンビッ! ゾンビゾンビゾンビィィィィィィッッ!?」

 あまりの恐怖と驚愕のあまり、理性をかなぐり捨ててミミカ叫ぶ。

「ほっほっほ。ワシは『不死身の六波羅』と呼ばれたジジイじゃぞ。あんな程度で死んでいるようじゃ創覇大学の理事長は務まらんな」

「額に漢字が浮かんでる不死人かッ! どんだけ不死身なんじゃいッ!!」

 飄々とした様子で笑う理事長にミミカ、本気で激怒。

「理事長が生きてたなら命がけで戦う意味なかったわっ! 今までの苦労を返せええええっ!!」

「まあそう言うな。いかにワシでもああまで砕かれたら再生に数日はかかる。だからこうしてお見舞いにきたのじゃよ。おう、銃を向けるでない……」

 大口径拳銃をぶぅんと具現化して理事長に向けるミミカ。

「まあいいじゃない。こんなの大学じゃ日常茶飯事よ。ミミちゃんは慣れてないから怒るのよ」

「はぁ? それってどーいうこと頼ちゃん?」

「教員同士の殺し合いなんて、大して珍しくないってことよ。いちいち怒るのも馬鹿らしいわ。その度に後始末を看護センターに押し付けやがって……私もバラバラにしてやろうかしら?」

 怒りを通り越して殺意が湧くと言いたげに、頼子はメスを全ての指に握って理事長を睨む。

「終わったことはどうでもいい。お前らの争いは見苦しいばかりだ」

 勇輔が苛立ちを露わにすると、理事長はニヤッと笑ってウインク。

「そうじゃった勇輔君。君は学長を倒したそうじゃの? ならば、君が創覇大学で最も強い者、つまり『ユニバーシティの覇者』ということになるな」

 大学の覇者の称号。それは、大学で最も強い者に与えられるもの。

 覇者だった理事長が学長に倒され、学長が勇輔に倒された今、その地位は勇輔に与えられた。

「む……? 何を言っているんだじいさん。俺は三人と戦って弱った秀政を倒したに過ぎん。そんな称号を与えられる立場にないのだが?」

「関係ないわい。『大学の覇者』を倒した者が次の覇者になる、と大学の規約で決まっておる」

 理事長が言うと、ミミカは丸い目を輝かせて勇輔を見つめる。

「じゃ、じゃあ! あんたを倒せば、あたしが大学で一番ってこと!?」

「そうだろうな」

 勇輔は腕組みをして呑気に答える。

「よぉし、こうしちゃいられないわっ! あたしは一番が大好きなのよっ! 小学中学高校と成績は常に一番だったのよあたしはッ! 絶対に『大学の覇者』になってやるんだからっ!」

 ミミカは喜び勇んでベッドから飛び降り、全力ダッシュで看護センターを出ていった。

「勇くん、あんなのと付き合ってるの?」

「ただの同居人だ。あいつも元気になったことだし、俺はそろそろ行かせてもらう」

 そう言って勇輔は白衣を脱ぐ。頼子が残念そうに後ろから抱きつく。

「ねえ勇くん。一ヶ月と言わず、ずっとここに居て……」

「……非常勤なら考えておこう」

 そう言うと、頼子はやったーやったーと両手を上げて喜ぶ。よほど勇輔を狙っていたらしい。

 看護センターを出ると、勇輔は入口の前に待つ啓壱朗を見かけた。

「こんにちは、『ユニバーシティの覇者』。ご機嫌いかがです?」

 メガネをくいっと上げて、猛禽類もうきんるいのような鋭い視線で勇輔を見つめる啓壱朗。

「歓迎する顔じゃなさそうだな啓壱朗。用件は何だ?」

「言わなくても分かるでしょう。大学の覇者の座を賭けて、決闘を申し込みたいのですよ」

 勇輔は軽く身構えたが、啓壱朗はけらけらと笑う。

「ハハ、決闘は今度の話ですよ。ただね、僕は父を倒すために創覇大学に入りました。その父が倒された今、僕は目標ターゲットを貴方に変えざるを得ない。その話をしておきたくてですね……」

「随分回りくどい奴だな。父親のかたきというなら受けてやる」

 勇輔が言うと、啓壱朗は狩りに出るコウモリのような目をして睨む。

「仇という訳じゃありませんよ。貴方を純粋に倒したいのですがね……!」

「そうか。なら今すぐ倒してやる。お前の言う『脅威』とやらをな……」

 お互いに煽り合い。夕方の学内で一触即発の雰囲気になる。

 そんな時、勇輔の携帯電話が鳴る。啓壱朗を監視しながら通話を開始。

「誰だ? 今は決闘中だ。用件なら後で……」

『……勇輔くん? ごめんね忙しい時に。後で学生食堂に来て欲しいの』

 聞いたことのある女の声。勇輔は人の頼みを断ることができないタチだ。

「そうか。すぐに行く」

 電話を切り、啓壱朗に背を向ける勇輔。

「今日は都合が悪い。決闘は今度にしてくれないか?」

「いや……貴方が仕掛けようとしてたんでしょうに……」

 何だか理不尽な奴だと思って、啓壱朗はがっくりと肩を落とした。

 勇輔は啓壱朗と別れ、その足で学生食堂のある建物へ行き、女のいるテーブルを探す。

 壁際に大量の食事を置いたテーブルがあり、そこに彼女はいた。鬼塚美由紀おにつかみゆきだ。

「あら、本当にすぐ来てくれたのね。決闘中って聞いたけど……もぐもぐ」

「中止にした。ところで俺に何の用だ? 秀政の仇か?」

 勇輔は対面の椅子に座り、ぶすっと不機嫌な顔をして美由紀の方を見る。

「いくつか話があるの。敵だった私が言うのもアレだけど、いいかしら?」

「先輩の呼び出しだ。話くらいは聞いてやろう……」

 勇輔はもぐもぐと大量のご飯を食べる美由紀を眺めて答える。

 ON細胞が欲するエネルギーを充足するため、彼女は一食にして一万キロカロリー、常人の二十倍の食糧えさを摂取する必要があった。

「一つ目は感謝。死にかけていた私を助けてくれて、本当にありがとう」

「別に。女に勝手に死なれるのが嫌だっただけだ。俺は平和主義者だからな」

 素直になれない勇輔に、くすりと美由紀が笑う。

「もう一つは、これ。命を救ってもらったお礼と思って、貴方に受け取って欲しいの」

 そう言って美由紀は、一枚の名刺を勇輔に差し出す。

「これは?」

「うちの研究室の名刺よ。これを使えば、私の名前で研究室に入ることができます」

「何かの役に立つのか? そもそも『研究室』とは何だ?」

 首を傾げて問う勇輔。名刺には、思念バイオ工学科の修士、鬼塚美由紀と書かれている。

「研究室というのは高位の学生や院生が集まるところよ。私たちは思念力の研究をしているの。貴方がもし、『修士バトルマスター』や『博士サイコドクター』になりたければ、私が大学院の推薦状を書いてあげます」

「特に興味はない。が、ありがたく受け取っておこう……」

 勇輔はマジックテープ式の財布をバリァと開けて、名刺を中に入れた。

「最後に、貴方に協力したい。どんな小さなことでもいいの。私の力を役立てて欲しい……」

 ほんのり橙色に顔を染めて言う美由紀。勇輔はしばし考え、それから質問。

「お前は、頭がいいのか? 勉強はできるか?」

「私は生命工学の研究者よ。勉強のことなら任せて」

「そうか。なら、一つお願いしたいことがある」

 そう言って勇輔は、美由紀の食事が終わるのを待って、学生寮に連れ出した。

 数時間後。ミミカはサークル活動、即ち特訓を終えて、疲れた顔で二〇三号室に戻ってくる。

「ただいまー勇輔。お腹すいたー、ご飯作ってー」

 勇輔が整然と掃除をした塵一つない室内に入り、履いていた靴を投げ捨てるように脱ぐ。

 だらしなくカーペットに座るミミカだが、すぐに異変に気付いた。

「遅かったなミミカ。俺は勉強に忙しいのだ。今日は外食をしろ」

「なっ……ななな……」

 眼前には、自分の首に鋭い爪を押し当て脅迫した女。そう美由紀がいた。

 勇輔は彼女を家庭教師として招き、小学生低学年の国語のドリルをかりかり進めていた。

 文字の書けない彼にとっては必要な時間である。

「こんにちはミミカさん。あら勇ちゃん、またグーの手で鉛筆握って。ちゃんとこう、正しく持たなきゃダメでしょう? 人差し指と親指で……そう♪ よくできたわねー」

 美由紀は勇輔の隣に正座して、時々、手を添えて書き方を指導しながら、まるで個人授業をする小学校の先生のように親密な指導をしている。

 その様を見て、ミミカの怒りは頂点に達した。

「ななな何してるのよあんたっ! 同居人のあたしを差し置いて家庭教師!? そそ、そんなの名門高校で全科目オール優だったあたしに頼めばいいのに何で!? どーしてえっ!?」

 顔真っ赤にして憤慨しサブマシンガンを両手に具現化して構えるミミカ。

「お前は成績がいいのか?」

「と、当然でしょ! そのくらいはできるわよあたし!」

「そうか、知らなかった」

 そう言って何事も無かったかのように勉強を再開する勇輔。

 馬鹿にされたミミカ、ますますブチ切れて同居人に迫る。

「てめえッ! あたしが馬鹿だって言いたいの!?」

「……否定できるのか?」

 勇輔の指摘がぐさっと腹部に突き刺さる。

 いくら勉強ができても、普段の態度が馬鹿丸出しでは否定できない。

「う……うぐぐ……。どうして、どうして、あたしよりこんなババァの方がいいのよぅ……!」

 涙をためたミミカの一言に、美由紀のON細胞が反応する。

「……ババアですって? バギッッゴギッッ」

「美由紀先輩、能力の使用は体に御負担が……」

 肩を怒らし今にもON─5になりそうな美由紀に、勇輔が苦言を呈する。

 お止めしなければ確実に人外のバケモノが出現なされるだろう。

「はッ! そ、そうね。ごめんね勇ちゃん……」

 自らの過ちに気付く美由紀。苦しい笑顔で謝るが、ミミカは不満を露わにした。

「ゆうちゃんって何よぅっ! いくら勇輔が十八歳のガキんちょだからって限度があるわっ!いいいいつの間にそんな仲良しになっちゃってっ!! ふざけんなあああッ!!」

 顔をかぁっと赤らめて、耳からぶすぶすと黒煙を噴き上げつつ、ちょっとうらやましそうな顔をして、嫉妬全開でテーブルをバァンと叩くミミカ。

「やめておけミミカ。いくら張り合っても美由紀先輩には絶対に敵わない……!」

 美由紀の能力のことを思い出しつつ、勇輔は震えた声で諭す。

 当然、鬼化したらとても対抗できない。が、ミミカは違った意味で捉えた。

「ななな何よそれっ!? あ、あたしに女の魅力がないって言うのっ!?」

 美由紀の落ち着きある美貌、豊満かつ危険な肉体、大人らしく美麗な妖艶。

 どれもこれも、まだ十六歳のミミカには備わっていない魅力である。

「よく分からんが、そういう意味ではない。とにかく美由紀先輩には手を出すな……!」

 勇輔が親切心で言うと、ミミカは勘違いしてぶわっと泣き出す。

「う……うわあああん! ひどい! ひどいわ! あたし勇輔の手料理が大好きだったのに!家事をみんなしてくれる勇輔と暮らすのが大好きだったのに!! 勇輔のばかあああああっ!!」

 大声でわめき散らして自室から飛び出すミミカ。

 だが、すぐに隣室の髭面の男がいちゃもんを付けてきた。

「てめぇさっきから隣でうるせぇんだボげぶァッ!」

 タイミングが悪すぎた。

 ミミカの放つ全力のコークスクリュー思念パンチがクリティカルヒットし、ヒゲ男は廊下の先の非常階段へと通じるドアごと吹き飛ばされて寮外へ追放、階下にある弓道場に突っ込む。

「お……おれ……何も悪くない……のに……」

 ヒゲ男は嘆いて気絶する。創覇大学で弱者の正論は通らない。

「ちくしょーちくしょーぅ!! ディズニーランドで豪遊してやるぅーっ!!」

 ミミカは腹いせに夜から千葉県浦安市へ出かけて行った。しばらく帰ってこないだろう。

「ねえ勇ちゃん。いいの? あの子泣いてたけど……」

 寮に残された二人。美由紀が心配そうに問う。

「気にするな、いつものことだ。明日には治る」

 勇輔はひらがなの書き取りをしながら、慣れた様子でさらっと答える。

「あの子、勇ちゃんのこと好きなんじゃない? すごく嫉妬してたよ」

「好き……? あいつが? 俺のことを? ありえんな……」

 勇輔は困惑した様子で否定。『好き』の意味をお菓子を選ぶくらいにしか思っていない上、乙女心も分からないのでは無理もない。

「一緒に暮らしてて何も起きないの? キスしたりとかデートしたりとか」

「決闘ならよくある」

 勇輔がしれっと一言。そう聞いて笑う美由紀。

「うふふ、創覇らしくていいわね。どっちが強いの?」

「俺に決まってるだろう。あんな素人に俺が負けるとでも?」

「確かにそうね。勇ちゃんは私を第五形態まで追い詰めたし……」

 美由紀は先日のことをしみじみと思い出し、電灯のついた天井を仰ぐ。

「第四形態からの記憶がないんだけど、どんな感じだった?」

「爪が八段、角が三本、牙がアゴの下まで伸びたバケモノだった……!」

 異形の恐怖を思い出して青ざめる勇輔。美由紀はニコニコと笑う。

「思ったより変性しなかったのね。私てっきり、巨大な眼球が肩にできたり、腕が四本に増えたり、別の頭が生えるかなーと思ったけど」

 そんなハザードな想像を語る美由紀。勇輔は溜息をつく。

「もう金輪際あんなのは御免だ。『鬼退治』は二度とやりたくない……!」

「……そうね。私の一族は退治すべきなのかもしれない。どんなに抑えても、大怪我をすればそれで『鬼』になってしまうのよ。私の両親も弟も、そうして殺戮の限りを尽くして死んだ」

 美由紀は目を伏せて語る。勇輔は神妙な顔つきになった。

「……弟?」

「そう、弟がいたの。名前は裕太ゆうた。生きていれば勇ちゃんと同じ十八歳よ。顔も少し似てるし、素っ気ない性格もそっくりだわ……事故で死んだけど、ね」

「それで、俺を勇ちゃんと呼ぶのか?」

 ひらがな四十六文字を全て書き取り終えて、そして尋ねる勇輔。

 美由紀は少し親密になるやいなや、勇輔のことをそう呼ぶようになっていた。

 死んだ弟に自分の姿を重ねたのか? 彼はそう疑問に思った。

「……ごめんね。気分悪くしたかな?」

「別に。誰が何と呼ぼうと俺は気にしない」

 そう言ったが、どちらかというと気分が良かった。

 母親を早くに亡くした勇輔にとって、『ゆうちゃん』という呼び名は懐かしく思われた。

「弟の話は少し興味がある。良ければ教えて欲しいのだが?」

「うん。裕太は中学生だったの。十五歳になって原付の免許を取ったのを嬉しそうにしてた」

 美由紀は頬に手を当て、遠く懐かしき思い出を語る。

「私はその頃、両親が死んでアルバイトで生計を立ててたから、裕太の二人乗り原付に一緒に乗せてもらって……」

「その時に事故があったと?」

「そう。大型トラックと正面衝突をしたの。私は奇跡的に軽傷で済んだけど、裕太は胸が破裂して心臓が剥き出しになったわ。普通なら死ぬけど……私たちはそうもいかなかった」

 それは間違いなくON─5に変性するダメージであった。

「第五段階に変性した裕太は、心臓が剥き出しになったまま、その状態でも生きられる化け物と化したわ。助けに来た大型トラックの運転手がすぐに喰われて、それから近くにいた野次馬をみんな喰い殺して……そうそう、私は食べられなかったわね」

 裕太は胸骨を解放させたまま、その状態を生かした新生物へと進化した。

 近隣の住人は全て喰われたが、美由紀は喰えないと思ったのか無事だった。

「鬼の割に合理的な奴だな。美由紀先輩を食べようとしたら鬼が増える」

 勇輔は皮肉を込めて言う。それは実際、間違ってなかった。

「そうね。きっと、少し記憶が残ってたんだわ」

 美由紀はぼうっとテーブルを眺める。僅かに残る理性が、姉をエサにすることを拒んだのだ。

「第五形態になった者は、食糧えさを食べ続けないと死ぬ。裕太はエサを食べ尽くし、人が居なくなった時に力尽きたわ。勇ちゃんも見たでしょう? 遅かれ早かれ、ああなって死ぬのよ」

「……俺は喰われる寸前まで行ったのだが?」

 勇輔が顔面蒼白にして言うと、美由紀は申し訳なさそうな顔をする。

「えっ、そうなの? 私ぜんぜん覚えてない……」

「俺のことをエサと呼んでな。喰われる寸前でお前がしぼんだ」

 書き終えた練習帳を片付けながら言う勇輔。

「そ、そっか……ごめんね勇ちゃん。お姉ちゃん理性がなくてごめんね?」

「過ぎたことだからもういい。それよりも、俺が文字を書けるようになる方が重要だ。今後も協力をお願いしたいのだが?」

 前向きな話をする勇輔。冷や汗を流していた美由紀が、美しい笑顔を振り撒いて応じる。

「もちろんよ。いつでも呼んで下さい。貴方にもらった恩、必ず返します」

「そうか。頼……む……」

 勇輔は唐突に、ふらっと体を傾け、美由紀の膝元に倒れこんだ。

「勇ちゃん!? ……あれ、寝てる」

 美由紀は面食らったが、すぐに勇輔が眠ってしまったことに気付く。

 敵ではないと安心した途端、溜まっていた疲労が一気に出た。

「……口ではしっかりしてたけど、よっぽど疲れてたのね。沢山の学生と戦って、私に殺されかけて、秀政様と戦って、後始末までして……」

 そう言って、美由紀は勇輔の髪を撫でる。

「おやすみなさい、勇ちゃん。お姉ちゃんがそばにいてあげるから……」

 ぐっすり眠った勇輔を眺めて、美由紀は大いに母性を刺激されたのであった。

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