終章 思念強化兵器MKⅡ その3
ミミカの正体を探るため、勇輔は美由紀に助力を依頼する。
そして、その結果は……
勇輔には頼りにできるツテがある。足早に西地区の九号棟に向かう。
階段を昇り、蛍光灯が鈍く光る古びた夜の廊下を歩き、思念バイオ工学科の研究室へ歩む。
「誰だあんたは? ……あっ」
ドアを開けると、チェック柄のシャツを着た、頭が狼になっている怪物が出迎える。
被り物ではなく、本当に狼の頭。というか全身が狼男になっていた。
「あえて突っ込まないでおく。鬼塚美由紀先輩に会いたいのだが?」
勇輔はマジックテープ式の財布をベリァと開けて名刺を取り出す。
「おお、やっぱりユニバーシティの覇者か。ようこそ鬼塚研究室へ、歓迎するよ」
名刺を見るなりそう言って、狼男は勇輔を室内に招いた。
そこでは多くの学生が、一心不乱に思念バイオ工学の研究をしている。
研究対象は主に自分。そう、バケモノになる能力の研究であった。
「あら勇ちゃん、いらっしゃい。鬼化でもしちゃったの?」
部屋の奥から、にこやかに微笑んで美由紀が現れる。
「……あんた、俺がそうなると思ってあんな話を?」
鬼になった桃太郎の話を思い出して、勇輔は怒りを露わに言う。
「くす。別の用事みたいね」
美由紀が言うと、勇輔は気を取り直して服を整えた。
「あんたに見てもらいたいモノがある」
「あら、何かしら?」
勇輔はミミカの頭部レントゲンを取り出し、美由紀に見てもらう。
「ミミカのレントゲンだ。本人にはまだ内緒にしている」
「これは……サイボーグ? あらら……」
美由紀は興味深そうに写真を眺め、それからにっこり笑って言う。
「面白いわね。ミミカさんをうちの研究室に入れるの?」
「いや。彼女が死なないようにしたい。脳が歪んでしまってるんだ……」
そう答えると、美由紀はニコニコと笑む。
「あら、ちょっとくらいなら大丈夫よ? 私も脳の半分くらいなら砕かれても……」
「やめろ、冗談に聞こえない。とにかく調査を頼む」
「OK。とりあえず、機械の部分を拡大してみましょうか」
美由紀はレントゲン写真を最新式の大型スキャナーで取り込む。
そうしてパソコンをちょいちょいと操作して、拡大写真をプリントした。
「ここのチップにI……M……何とかって書いてあるわね」
「何か分かるか?」
勇輔が問うと、う~んと美由紀が唸る。
「松村くんなら知ってるかも……」
「松村とは誰のことだ?」
勇輔はきょろきょろと研究室を探す。
吸血鬼、虎男、馬男、蛇女、猫娘と様々なバケモノが席に並んでいた。
「松村なら僕のことさ。月の光を浴びると狼になるよん」
先ほど勇輔を出迎えた人狼が、獣の手を挙げる。
彼は生来の能力で、月光を浴びると狼になってしまう哀れな男だった。
「そうか。このチップについて何か知っているか?」
「どれ……OHッ! これはイスラエルの企業じゃないかィ! ヒョオゥ!」
エキセントリックな声を上げる松村。重度の電気オタクのようだ。
「イスラエル?」
「そうだよォッ! 世界で最も恐ろしい国の一つさッ! こんなイカしたチップを脳に埋めるなんて余程の軍事機密だねェ! イヤッハァァ!!」
「軍事機密だと?」
勇輔はノーリアクションで興奮した狼面に尋ねる。
「このIM何とかはイスラエルの軍事企業なのさッ! このサイボーグは間違いなく軍事機密をたっぷり抱えているNEッ!」
「……この人間は軍用に作られた、というのか?」
腕組みをする勇輔。ミミカにそんな様子は全く見られなかった。
特に訓練したわけでもない、普通の女子学生だったのだ。
「松村、お前は随分詳しそうだ。より詳細な調査をお願いしたいのだが?」
「調査って言われてもNEェ、僕はタダ働きはしない主義なんだYO?」
松村が毛だらけの獣面で拒否すると、勇輔は収賄に走った。
「ここに百万円ある」
勇輔は着ていたジャケットから札束を取り出す。出所は秘密である。
「勇ちゃん……そんな怪しいお金を使っちゃダメでしょ?」
「うるさい黙れ。俺は正義の味方じゃない……!」
美由紀に諭され、不機嫌そうな顔で腕を振り上げる勇輔。
「OHッ! 流石だねユニバーシティの覇者ッ! 世の中カネだよカネッ!」
松村は大喜びで薄汚れた札束を懐に入れ、早速とばかりにパソコンに向かう。
「僕はスーパーハッカーでNE! どんなサイトもイチコロさッ!」
そう言って瞳孔をぐりんと丸め、凄まじい速度でキーボードを叩く松村。
彼の能力は狼化ともうひとつ、思考速度の加速だ。
脳に思念力を込めて、機関砲のごとき速度でキーボードを連打する。
「ヒャッハァァーッッ!! イィヤッハアァァーーッッ!!」
人格がイカれるのが欠点だが、能力を発揮した姿は、まさに天才である。
松村はイスラエルの情報機関サイトにアクセスすると、ハッキングツールを大量に駆使して、あっという間にパスワードを割り出して侵入した。
「機密ジョョオォホォォウ!! オールッ!! ダウンロオォドオオーッッ!!」
奇声を上げてエンターキーを強打し、情報機関の持つ全データを根こそぎダウンロード。
「フヒッ……フヒッ! フヒヒィッ!!」
「ご苦労だった。後は俺たちで調べる。これは謝礼だ」
勇輔はさらに二百万円を松村に渡し、データを引き取った。
パソコンで機密文書のいくつかを開いてみるが、美由紀は全く読むことができない。
「これってヘブライ語? 私、全然読めない……」
「問題ない。ガキの頃に暗記したことがある」
さらっと言ってのけ、勇輔は一つ一つ丁寧に機密文書を読んでいく。
「……思念強化兵器計画?」
資料を読んでいた勇輔に、一つのテキストが目に留まった。
「勇ちゃん、それってどんな話?」
「……人間の脳に機械装置を組み込み、思念力の制御を行う、とある」
「そんなことが可能なの?」
「計画は四段階で行われる。思念能力者を夫婦とし、能力者の子を作る。これがフェーズ1」
フェーズ1では、生まれながらに思念力を使える子供を作る。
例えるなら啓壱朗である。彼は若くして強力な使い手となった。
「次に、思念力を持つ子供の脳に制御機械を埋め込み、適応させる。これがフェーズ2」
フェーズ2では、思念力に目覚めた子に手術で制御機械を装着する。
制御機械を装着した人間は、通常では使用できない思念力を発揮することができる。
「死亡の危険を避けるため、子の成育に伴って制御機械を交換する。加えて、新たな思念機器を追加し、兵器としての性能を高める。これがフェーズ3」
フェーズ3では、子供の成育に伴って最新の制御装置に交換、あるいは追加装着する。
これによって不具合や死亡の危険を低減し、新たな能力を追加できる。
「最後に、思念兵器となった子供に思念力の教練を行う。これがフェーズ4……」
勇輔は最後まで読んで、怒りを露わに唇を噛みしめる。
それはあまりにも受け入れがたい研究内容だった。
「くっ……。クソ野郎どもが……!」
「勇ちゃん、大丈夫?」
「ああ、心配するな。俺はまだ冷静だ」
そう言ったが、怒りの思念が伝わったのか、キーボードにひび割れが入った。
「この文書を見る限り、ミミカさんは兵器として作られたのね。……けど」
美由紀は納得がいかない様子で首を捻る。
「ならどうして、ミミカさんは日本にいるのかしら?」
「それは俺も同感だ。なぜ、わざわざイスラエルから日本に来たのか?」
勇輔は新たな疑念を解決するため、別の資料を探してみる。
ほとんどは近年の問題であるテロリストに関する文書だったが、しばらく探すと見つかった。
「あった。ホセ夫妻とマークツーの捕獲指令、という文書だ」
「どんな内容なの?」
「今から十二年前、ホセ夫妻は思念強化兵器MKⅡを奪取し、海外へと逃亡した。軍事機密の漏洩であり、一刻も早く機密物を回収し、両名を拘束せよ、とある」
勇輔は伏し目がちに続ける。ミミカの名前の由来が分かった。
「鳳仙院とはホセの当て字、MIMIKAとはMKⅡのアナグラムか……」
「なるほどね。ホセさんはイスラエルから自分の子供、つまりミミカさんを日本へ連れてきた」
美由紀は納得して、こくりと頷いた。
「ミミカによると、両親が死んで親戚に預けられたらしい。追手から逃れるための嘘だろう」
「そう……ところで、ミミカさんはどんな性能の兵器なのかしら?」
「……もう少し調べてみよう」
美由紀の質問を受け、再び資料探しを再開。
大統領や軍の不正を記した資料を華麗にスルーし、ついに見つけた。
「これか。思念強化兵器マークワンの実戦投入結果……」
「実戦投入もしていたの? どんな感じ?」
「MKⅠメルカーヴァはヨルダン川西岸地区の掃討作戦に投入された。武装勢力を三百名葬り、攻撃型の思念強化兵器として結果は上々である……」
勇輔はさらに読み進めて、ミミカの項目も見つけた。
「仮に防御型のMKⅡミミーカが投入されていれば、思念力シールドの展開により、我が軍の損耗は六十パーセント軽減されていた、と思われる……」
それは障壁のことを指していた。
ミミカの無敵の能力は、兵員の防護を目的とした軍用能力だったのである。
「MKⅢ、MKⅣの投入は、戦闘能力の不足のために見送られた……こんなところか」
勇輔は読み終えて溜息をつく。何だか少し疲れてしまった。
だが、美由紀は表情を強張らせる。
「メルカーヴァ……ですって?」
「どうした? 美由紀先輩」
「その人、創覇の准教授よ!」
「なに!?」
勇輔はびくりとした。それが事実ならば、ミミカの身が危ないッ!
「……電話!?」
携帯電話が鳴り響く。料理部の片利奈からだった。すぐに通話開始。
『シェフ! た、た、大変ですっ……!』
「どうした!?」
『ミミカが、ミミカさんがっ……!』
焦り声で話す片利奈。勇輔は心臓を震わせ必死に話を聞いていた。




