何を見せられているのかしら?
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2作品同時連載なのでどこまで続けられるかわかりませんが、毎日更新を目指して頑張ります。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「すまない、オーリー。婚約を白紙にしてほしい」
「ごめんなさい、オーリー。あなたの婚約者だとわかっていたのだけど、私、彼のことが諦められなくて……」
「泣かないで、エディ。オーリー、悪いのは私だ。どうか責めるなら私だけに」
古めかしさが感じられる調度類が並ぶ見慣れた応接室。どこか眠たげな昼下がり、私は一体何を見せつけられているのかしらと思いながら彼らの向こう側にある窓へと視線を向けた。どんよりとした雲の下、春花が揺れていた。
私はオリアーヌ、ジオネ伯爵家の長女で、目の前で謝罪するのは婚約中のマルロー侯爵家の嫡男ジルベール様。そしてそんな彼に寄り添われながら涙を流して謝罪を繰り返すのは、幼馴染でつい先日まで親友だと思っていたミルール伯爵家の令嬢エディット。
ジルベール様から大事な話があると呼び出されて伺った未来の婚家に着くと庭に案内されたのだけど、そこには既に隣り合わせで座る彼とエディの姿があった。どういうことかと思いながらも彼らの正面の席を勧められて座ったところ、始まったのが冒頭の台詞だった。
ジル様、エディ、オーリーと愛称を呼び合う仲だった私たちは親同士の仲がよく、幼い頃から交流が続くいわゆる幼馴染という間柄だった。信じていたし、大切に思っていたし、この友情は一生続くと思っていたのだけど……残念ながらその願いは叶わなかったようね。
私がジルベール様と婚約したのは三年前、私が学園に入学する年のこと。領地が近い両家が共同事業を始めることになり、両家の結びつきを一層強める必要があるからと、仲の良い父親同士がそう決めた。金の髪が美しいジルベール様は美男子といって遜色ない外見をお持ちで、何と言っても侯爵家の嫡男。婚約者になってからはやっかむご令嬢たちから嫌味を言われることも少なくなかった。
そんな私をいつも庇い、一緒にいてくれたのがエディットだった。家格が同じで母親同士の仲がよく、こちらも家族ぐるみの付き合いがあって姉妹の様だと言われるほど仲がよかった。朗らかで愛嬌のある彼女はその性格にぴったりの愛らしい顔立ちと薄紅色の髪を持ち、令息から人気のある令嬢の一人に数えられていた。
「そう、ですか。お気持ちは変わりませんの?」
冷めた思いが声に出てしまったのか、随分素っ気ない口調になってしまった。だけど令嬢たる者感情を出すべきではないと言われてきたからそれを崩すわけにもいかない。ここはマルロー侯爵家の庭で、私はまだ婚約者で、どこから夫人が見ているかわからないから。
「すまない。君には悪いとは思うが、これ以上心を偽れないんだ」
「ごめんなさい、オーリー。私もジル様をお慕いしていて……」
二人がまた互いを庇いながらも思いを口にした。何を言っても無駄のようね。そして謝罪の言葉を口にしていても嬉しさを隠しきれていないのが丸わかりだった。口々に「すまない」「君には悪いと思っている」と繰り返すけれど、そこに私への気遣いは感じられなかった。
「そうですか。わかりました」
「いいのか?」
「いいの?」
二人して同時に同じ言葉を返してきたけれど、わざわざ呼び出してそう告げるのなら撤回する気などないでしょうに。それとも……
「私が受け入れられない、と申したところで何か変わりますの?」
そう問うと二人がぎょっとした表情を浮かべた。そんな可能性は少しも考えていなかったのかしら?
「け、けど、君は私のことなど好いていなかっただろう?」
さっきまでの勢いはどこへやら、ジルベール様の秀麗な顔にはおどおどとした表情が浮かんでいた。
「どうして、そう言い切られますの?」
燃えるような愛ではなかったけれど情はあったし、未来の夫として家族として大切に思っていたわ。長い付き合いの中で家族としての愛情や信頼は育っていると思っていたけれど、それは私だけだったのね。
「だって、君はいつだって無表情で……私が贈り物をしても喜んでくれなくて……」
「令嬢たるもの、感情的になってはいけないと教えられましたから」
そう私に言い聞かせ続けたのはあなたの母君でもあるマルロー侯爵夫人なのに。感情を出せば後から叱咤が待っているから素直に感情を出すこと出来なかった。
「そういうところもだよ。直ぐに母上のせいにする」
「でも、本当のことです」
「母上がそんなことを言うはずがないだろう。前にも確かめたけど、そんなことを言ったことはないと言っていたよ」
これも何度か繰り返された会話。あの方は子離れが出来ていないようで私のことを目の敵にしていた。ジルベール様の前ではそんな素振りは見せずにこやかにしているから誰も気づかない。気付いているのは侯爵夫人付きの使用人くらいかしら。最初は辛いと、私も笑いたいとジルベール様や両親に訴えたわ。
だけどそう言えば言うほど夫人の態度がきつくなるから、訴えることも笑うこともやめてしまった。両親も家格が上の夫人に物申すのも憚られたようで、私が我慢することで平穏が戻ると、心配するようなことは言っても夫人に掛け合おうとはしてくれなかった。
「私は朗らかでいつも励ましてくれるエディが好きだったんだ。君がもう少し私に寄り添ってくれたら、未来は違ったかもしれないが……」
さっきまで謝罪を繰り返していたのに……結局は私が至らなかったと言いたいのかしら? だったらもういいわ、彼に期待する気持ちなんかとうに尽きているから。
「許してくれなんて都合のいいことは言わない。だけど、エディとは運命だったんだ。どうか罰するなら私を」
「いいえ、ジル様、私も共に罰を受けます」
私が何も言わないせいか、二人は自分に罰をと互いをかばい合ってくる。運命だなんて、巷で流行っている劇に感化されたのかしら?
だけど、残念ながらその謝罪に少しも心を動かされなかった。だって彼らは自分たちに酔っているだけだから。二人がずっと私を裏切っていたことに私が気付いていたことすら気付いていない。そのせいで、私がどれほど傷ついたのかも……
「わかりました。婚約を白紙にしましょう」
僅かな笑みを浮かべてそう答えると、二人は一瞬目を丸くした後であからさまにホッとした表情を浮かべた。その直後、ジルベール様が再び顔を歪めた。
「すまない……オーリーは婚約者としてよくやってくれたのに……」
「いえ、私が至らなかったからです」
「オーリー、ごめんなさい。私、私……」
「泣かないで、エディ。でも、そうね。想い合っているのならもう少し早く言ってほしかったわ」
その機会は何度もあった。せめて半年前、エディが前の婚約者との婚約を白紙にした時に言ってくれたら、もっと穏便に誰も傷つかずに白紙に出来たでしょうね。どうしてその時に言わなかったのかしら。
「ご、ごめんなさい……」
「すまない。私に決断力がなくて」
またお互いを庇い出してしまったわ。しつこいわね、もうこんな茶番、見たくないのに。
「父には私から話しておきますわ。それでは」
苦しげに、悲しげに繰り返す二人を見ているのが嫌になり、そう言って面会を終えた。すっかり悲劇の恋人同士として盛り上がっている二人の相手などしても疲れるだけだから。それに今更私が何を言ったところでこの婚約は続かないわ。きっとここに来る前に二人とも両親に話をしているのでしょうから。
「さようなら、二人とも。頑張って幸せになってね」
最後にその言葉を二人に贈った。決して明るくないだろう彼らの未来を思うと、怒りよりも憐憫が勝ってほんの少しだけ胸が痛んだ。それは彼らとの決別でもあり、私の新しい人生が始まった瞬間でもあった。
馬車に乗り込み、家へと向かう。行く時は何があるのかとの思いから気が重かったけれど、今は不思議と心が凪いでいた。二人の裏切りには前から気付いていたけれど、もう見ない振りをしなくてもいいのだと思うと心が軽くなった。




