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第七話 その先の日常で

 新年になった。


 学校が始まり。また制服を着て、また同じ道を歩いた。教室に入って、席に座って、先生の話を聞いて……。

 去年とは何も違わない日常。


 ただ、放課後だけが違う。

 

 いつもの場所へ行っても、誰もいない。ベンチにも、自販機の前にも、道の奥のほうにも誰もいない。

 静かな空間だけが取り残されている。


 非日常の感覚。分からなくなってきてしまう。どこからが日常で、どこからが非日常だったのか。どこまでが日常で、どこまでが非日常なのか。

 

 ────春になった。


 いつの間にか、時間が経っている。酷く時間の感覚が狂っているように感じる。

 そんなことを思っていても、祝福をくれるように桜は満開だ。だが、いつの間にか散ってしまった。

 新学期が始まり、二年生になった。

 教室が変わった。でも、放課後はまた同じ場所に行っていた。

 なぜかは分からないけれど、本当に、なんとなく。

 誰もいないけど、一番落ち着く場所。


 ────夏になった。


 また蝉が鳴いている。去年と同じ音で、同じうるささで。

 私は、あそこの自販機の前を通るたびに、炭酸を買った。

 一人で飲んだ。去年より、少しだけ、気が抜けているように感じられた。

 灯は、ここで飲み物を買わなかった。

 いつもラムネを持って来て、私の分まで。

 青い瓶をかざして「きれいだよ~」と言っていた。

 

 あの瓶ラムネの写真が、今もまだ、このスマートウォッチの中に残っている。何度か見た。というより、何度も見た。その度に見なければよかったと思う。だが、それでも見続けてしまった。

 

 夏の気温は、常日頃更新され続けていて、朝のニュースを見るたび、記録的記録的……。

 毎日そんな光景が続き、日常が上書きされていっている。

 だが、あの日々が非日常だとすると。上書きはもう、できないだろう。


 ────秋になった。


 色とりどりの落ち葉が積もった。私は今日もあのベンチに座っている。

 落ち葉は集まっていないで、まばらまばらに薄い絨毯のようになっているだけ。だから、誰かが飛び込もうとはしない。当たり前だ。でも一回、自分でやってみようとした。その時、山盛りになった落ち葉を見て、頭の中で「ふっふっふ~」という声が頭の中で自動再生された。何度も、勝手に。頭の中で跳ね返り続けて、反響していた。

 神社の前を通った。境内に入り、小川を見る。「去年の秋って────」という声も、頭の中で自動再生された。続きは今も知らない。


 灯の両親の家にも行った。

 相変わらず元気そうだった。二人とも、凄く優しい人で、活発な人だ。灯に似ていた。


 ────冬になった。


 息が白かった。隣の息は、いつも通り白くなかった。

 そんな隣は、もういなかった。


 クリスマスイブに、一人で商店街のイルミネーションを見に行った。綺麗だった。銀河みたいでとても。

 でも、隣で「凛香、きれいでしょ?」という声がなかった。寂しさを覚え、綺麗という感覚が徐々に薄まっていってしまった。完全に薄まる前に、私は帰った。

 

 雪がしんしんと降り続け、気温も体温も低くなっていく。

 そんな中で、暑くないけど、雪も溶かしそうなくらい明るかった灯がいないせいで、去年よりもこの冬が、別格に寒く感じられた。


 ────三百日が過ぎた。


 自販機の前を、素通りしようとした日があった。


 もういいかな、と思った。いつもここまで来て、ベンチに座って、誰もいないことを確認して帰る。それを繰り返すことが、しんどくなっていた。


 でも、足が止まった。


 自販機に百円玉を入れ、炭酸を買った。プルタブを開け、一口飲んだ。

 やっぱり気が抜けていた。相変わらず、何処か物足りなかった。


 帰り、なんで素通りできないんだろう、と思った。。答えは、一向に出ないままだった。なんとなく出したくなかっただけかもしれない。


 夜になると、星が、空一面に広がっている。

 一際目立っている星があった。すごく光っていて、とても近かった。

 手を前に出して、星にかぶせて、握ってみる。

 取れなかったし、触れられもしなかった。近いようで、遠かった。

 

 ……偽りでもいいから、あの光に触れたい。


 空がぼやけて輝いたような気がした。


 ────四百日が過ぎた。


 あきらめかけていた。というより、あきらめようとしていた。あきらめたほうが絶対に楽だから。そう、頭ではわかっていた。でも理屈じゃだめなんだ。


 あきらめるということは、今までの、灯との時間をなかったようにする気がした。それがとても嫌だった。無かったことにしたくなかった。無かったことにしたら。本当に無かったことになってしまう。そんな気がしたからだ。

 あの夏の自販機も、花火も、落ち葉も、イルミネーションも。全部。無かったことに。


 だから、あきらめきることができなかった。


 とある日の夜。またテレビが流れっぱなしだった。

 夏燈星についてのニュースだった。433日ぶりに、再び地球に最接近する。今年は去年ほど長くは留まらないらしい。アナウンサーが淡々と読み上げ、すぐ次のニュースに移ってしまった。

 去年も同じように、ニュースを見ていた。

 あのときは「へぇ」としか思わなかった。そのままテレビを切った。


 だけど今年は、どうしても切れなかった。


 信じていいのかわからなかった。都市伝説は都市伝説だ。信じるほうが馬鹿だ。でも、信じなかったら。信じなかったら、それこそ全部終わる気がした。

 だから、信じることにした。根拠はなかった。なんとなく。

 

 ────四百三十二日目。


 明日、夏燈星が最接近する。

 去年は「とても」という言葉では言い表せないほどに、夏燈星の接近が長期化していた。

 だけど、前にやってたニュースの通り、今年は違う。

 すぐに過ぎ去ってしまう。星は、破天荒で、綺麗で、儚く、霞んでいるから。

 

 接近せずに、そのままどこかへ飛んでしまったら……。

 そんなことを考えて、怖くなってしまった。

 だから、考えないようにした。そもそも、そんなことはありえない。

 なんとなくだけど、そう思った。


 ────四百三十三日目。


 川沿いのちょっとした堤防に、腰を下ろした。


 スマートウォッチを腕から外して、手の中に持った。画面を見た。だけど、何も来ていなかった。川はずっと、同じ速さで流れていた。川はすごく、静かだった。


 ────何分経っただろう。


 さっきまで、まだ明かりがあったのに、もうなくなっている。

 来ないかもしれない。最初からそういう運命だったのかもしれない。都市伝説は都市伝説で、信じる方が馬鹿で、半年間も幽霊と友達だった私が一番馬鹿で、あきらめようとして、あきらめられなくて、こんなところに来て。


 それでも、今日はずっと待っていようと思った。

 いつか、絶対。


 画面を伏せようとした。


 その瞬間、スマートウォッチが静かに揺れた。

 見ると、メールが来ていた。

 送信者の欄は、空白だった。


『ねえ、凛香。覚えてくれてて、ありがとう』


 声が出なかった。

 まだ、もう一行あった。


『約束、守れなくてごめんね。でもそっちも破ったんだからお互いさまってことで!じゃあ、ばいばい!』


 笑えた。

 

 もうめちゃくちゃだ。こんな締め方をするのか。最後までこういうやつなんだ。ありがとうとごめんを同時に言って、お互いさまで終わらせて、ばいばいって。


 「なんとなく」それが口癖の子だったのに。最後だけちゃんとした理由があった。


 川は流れていなかった。


 ……違う。泣いていた。声を出さずに泣いていた。涙で目の前が見えないだけだった。

 やっと、泣けた。泣き方を思い出した。


 空を見上げた。星が出ていた。どれが夏燈星なのか、わからなかった。でも、どこかにいる気がした。

 川が、風に揺れた。


 灯がここに座っていたんだな、と思った。この石段に。川を見ながら。好きで、嫌いな川を。

 ありがとう、と思った。声には出なかった。出さなくていい気がした。

 出さなくても、届く気がしたから。

 でも、挨拶だけは────


「ばいばい……」

 

 お別れ会はあっけなく、過ぎ去った。

 

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