密着五日目
前回の取材から一週間後。西さんは、粗末田さんからもらったアドバイスをもとに再編集した長編小説を持って来ました。相変わらずのスピード感。彼のやる気の炎は、今もめらめらと燃え盛ったままのようです。
西さんが手直しした原稿を読み進める粗末田さん。どのような感想が出るのか、待ちます。
粗末田「だいぶ良くなった。前のより個性が出てる。でも、まだ薄味なんだよね。特にホラー描写。根っからのホラーファンなら今の描写でも深く読み込んでくれて、その奥にあるホラー成分を摂取してくれると思う。けど、私としては、もっとわかりやすい描写にしたほうが良いかな」
粗末田さんから「良くなった」という言葉をもらえた西さん。同時に、やはりダメ出しを受けてしまいました。
しかし、今日の西さんは、師匠の指摘を鵜呑みにするだけではありません。再編集する中で、彼なりのこだわりが生まれた様子。そのことを、粗末田さんに伝えます。
西「最近のホラーはじんわりと怖い作品がトレンドになってると思うんです。露骨なホラー描写をあえて控えると言いますか、リアリティのある恐怖を重視すると言いますか。それを意識してみたんですけど……」
粗末田「うん。そういうのが流行ってるのは私も知ってる。でもそのやり方は、『この作者が書く文章には恐ろしい意味合いがあるに違いない』って、読者が考えてくれるからこそ成立するの。そういう風に読者が深読みしてくれるから、薄味なホラー描写でも怖いと感じてもらえる。けど、デビューしたばかりの無名作家に対して読者の理解はそこまで及んでない。だから今は、わかりやすい描写にしないと」
西「なるほど……確かに」
粗末田「とにかくもっといっぱいゾンビを出して。ゾンビは大量にいればいるほど怖くなるから」
西さんのこだわりは、粗末田さんに却下されてしまいました。彼の言い分は一理ありますが、粗末田さんの指摘も全くの的外れではないように感じます。けれど、そんな粗末田さんのアドバイスも、西さんのプロ作家デビューを遅らせるためのものなのでしょう。それなりに説得力のある言葉で西さんから疑われないようにしつつ、成長速度を制御しようと考えている模様。
粗末田さんの考えに、西さんは勘づいていないはずです。しかし、彼女の制御を跳ね除けるかのような提案が、西さんの口から出てきました。
西「先生、アドバイスありがとうございます。でも、この小説を修正する前に一度、世の中に発表してみたいんです。大勢の読者に読んでもらって、反応を見てみたいなと思ってまして」
粗末田「大勢に読んでもらうって、どうやるの?」
西「『小説家になろう』に投稿します」
『小説家になろう』とは、Web上で小説を投稿・閲覧できるサイトのことです。ユーザーは基本無料で小説を投稿でき、また読むこともできます。『小説家になろう』の登録者数は三百万人近いそう。ここに小説を投稿すれば大勢の読者に読んでもらえると、西さんは考えました。そして『小説家になろう』には、読者が小説に感想コメントを書き込める機能があります。小説を読んだ人がどう思ったのか、作者はほぼリアルタイムで確認できるのです。
西さんは『小説家になろう』を使って、自分の小説が読者に受け入れられるのかどうか、腕試しがしたいよう。プロになるための前哨戦といったところでしょうか。ですが、もちろん粗末田さんは反対します。
粗末田「無駄だと思うよ。まだ小説として完成したとは言えない。公開しても『面白みもないし怖くもない駄作だ』みたいなコメントがついて、西が傷つくだけだと思うけどね。それで小説家になりたい気持ちが折れちゃったら、元も子もないよ」
西「読者に満足してもらえないことは、覚悟してます。それでも、生の声が聞きたくて……」
粗末田「それってさあ、私の品評が信用できないってこと? 私より一般読者のほうが目が肥えてるって言いたいの?」
西「いえ、そういうことではなくてですね」
粗末田「そう言いたいんでしょ? 生意気。……もう知らない。勝手にすれば? でも私があんたの師匠だってことは公言するなよ? 私が指導した弟子が、こんな中途半端な小説を書いたなんて思われたくないから」
西さんはまたも、粗末田さんを怒らせてしまいました。師弟関係に亀裂が入ってしまったかもしれません。険悪な空気のまま、この日の授業は終わりました。
西さんの帰宅後、身支度を始めた粗末田さん。どこかへ外出するようです。彼女が向かった先は、近所のお寿司屋さん。回らないタイプの高級なお寿司屋さんです。カウンター席に座り、生ビールを片手にお寿司を次々と注文します。まるで、お祝い事でもあったかのよう。
粗末田「別に祝い事なんてありませんよ。ただ寿司が食べたかっただけです。西のおかげで私の月収が十五万も増えましたからね。好きなときに高い寿司屋へ行けます。いやあ、弟子の金で食う寿司は格別だなあ!」
大トロ、ウニ、イクラ……粗末田さんが注文するお寿司は、メニューの中でも高値ものばかり。これほどのお寿司を堪能できるのは、小説家としてデビューした直後以来だと言います。
粗末田「あのときは、いろんな人が『先生、先生』って持ち上げてくれて。寿司屋にも何度も連れて行ってもらいましたよ。でも、そうやってチヤホヤしてもらえたのは小説が売れてる間だけでしたね。ブームが過ぎたら、誰も相手にしてくれなくなりました」
粗末田さんがお酒を飲む手も、お寿司を食べる手も止まりません。デビュー当時のことを思い出し、存分に楽しんでいるのでしょう。
西さんが弟子として月謝を払っているからこそ、粗末田さんはこうして高級なお寿司を食べることができています。西さんをお寿司屋さんに連れてくることはしないのでしょうか。
粗末田「しませんよ。あいつが食べた分まで払ったら、私が食べられる寿司が減っちゃうじゃないですか。収入が増えたと言っても、たった十五万ですからね。人に奢るほどの余裕はありません。西は、自分がプロ作家デビューして本が売れたら、その金で寿司屋に行けばいいんです。まあ、デビューできればの話ですけどね。はっはっはっ」
粗末田さんは、あえて西さんにマイナスの助言をして、プロ作家デビューを遅らせようと考えています。しかし今日、西さんが『小説家になろう』に小説を投稿することは許可していました。これでは、西さんがプロ作家に一歩近づいてしまうように思えます。粗末田さんには、どのような思惑があるのでしょうか。
粗末田「確かに、『小説家になろう』に投稿した小説でプロデビューする作家もいますよ。でも、そう簡単な道のりじゃないんです。『小説家になろう』には百万作以上の小説があって、その中で出版社の人の目に留まるよう突出しないといけないんですから。西の小説は、私のアドバイスでかなりの駄作になりました。あれを投稿したところで、まずプロにはなれません。むしろアンチが大量に発生して、西は私に泣きついてくると思います。本当に厳しいんですよ、Web小説の世界ってのは」
そう語り、ジョッキの中のビールを一気に喉へ流し込んだ粗末田さん。彼女も過去に、『小説家になろう』のようなWeb小説サイトに投稿していたことがあるそう。デビュー作である『首絞めネクタイ』も、元々はWeb小説サイトに投稿した作品の一つでした。それが出版社の人に評価されて書籍化されましたが、そこに至るまでに、粗末田さんは百五十作品も投稿したと言います。
粗末田「小説を書き始めたばかりの初心者が、処女作を一発必中でヒットさせられるほど甘くはないってことです。しかも西の場合、私の手が加わってますからね。名作を駄作にする悪魔の手が。だから、これで良いんです。西は今まで以上に私に依存することになると思いますよ」
その後もお寿司とビールを注文し続けた粗末田さん。お会計は十四万七千円。西さんからもらった今月の授業料を、一食でほとんど使い切ってしまいました。
粗末田「私、ジムで体鍛えてるんで、かなり食べるんですよ。それでも生活はアルバイト代だけでやりくりできてますから、西から搾り取った金は全部、寿司代に使おうと思います。一ヶ月に一度、頑張った私へのご褒美として」




