密着三日目・四日目
この日、西さんは粗末田さんの自宅で初回の授業を受けていました。リビングのテーブルにつき、ノートパソコンに向かう西さん。その右隣に粗末田さんが座り、アドバイスをします。
粗末田「タイピングが遅い。小説を書く以前の問題。『寿司打』で練習しろ。プロ作家として食っていくなら、たくさんの作品を書かないと。そのためにはタイピングスピードも大切」
西「あの、先生。僕、デビュー作だけで、死ぬまで遊んで暮らせるくらいの印税を稼ぎたいんです。その後は、売上とか締切とかに追われることなく自分のペースで新作を書いていきたいんですけど」
粗末田「考えが甘い。そんな作家はJ・K・ローリングだけ。あの人はまだ小説が売れる時代に、子供だけじゃなく大人も楽しめるファンタジー作品を英語で書いた。今のあんたとは、置かれてる時代も、ターゲットとなる読者も、作品のジャンルも、市場規模も違う。持って生まれたセンスもね。その上で映画が世界的に大ヒット。だから莫大なお金が手に入った」
西「なるほど……勉強になります」
粗末田「口ではなく手を動かせ。そして物語を思考しろ。ただでさえ小さい脳のリソースを無駄遣いするな、エテ公が」
粗末田さんの指導はスパルタです。彼女の一言一言が、西さんに重くのしかかります。もちろん、こんなことでへこたれる西さんではありません。厳しい指導を受けながら、初めての授業三時間を乗り切りました。
実際に弟子になってみてどう感じているのか。帰り道で西さんに聞いてみます。
西「やっぱり、流石は粗末田先生だなって思いますね。たった三時間でしたけど、学べることがたくさんありました。隣に座られると、緊張感もありますし。今日、粗末田先生に教わったことを踏まえながら、次の授業までに長編小説を書いてみようと思います。この作品でデビューするんだってくらいの気持ちで、十万字を目安に」
粗末田さんに弟子入りしたことは、西さんにとって良い刺激になっているようです。長編小説を書くという、彼にとって新しい目標にチャレンジする意欲も湧いた様子。しかし、次の授業までたった一週間しかありません。それまでに十万字もの小説を書くことができるのでしょうか。
翌週、粗末田さんの部屋を訪れた西さん。授業の前に、タブレット端末を粗末田さんに渡しました。
西「長編のホラー小説を書いてきました。ご感想、いただけますか?」
なんと西さんは、たった一週間で十万字の小説を書き上げてきたのです。月謝を払うためにアルバイトのシフトを増やした彼ですが、それでも何とか時間を作って執筆に充てたそう。有言実行。それだけ今の彼はやる気に満ちているということでしょう。
粗末田「……わかった。それじゃあ今日は、この小説の品評をやろうか。ざっと読むから、時間ちょうだい」
粗末田さんは、西さんのやる気を汲んでくれました。「この作品でデビューするんだってくらいの気持ち」で書いたという、西さんの長編ホラー小説。はたして、粗末田さんの評価はいかに。
プロ作家だけあって、粗末田さんは原稿を書くことだけでなく読むことにも慣れっこ。たった二時間半ほどで、十万字の小説を読み終えました。これから品評が始まります。
粗末田「これは、西が弟子入り前に私に見せてくれた短編をもとに作ったんだよね?」
西「はい。あれをベースに、ストーリーを膨らませました」
粗末田「うん。前にも言ったとおり悪くない。というか、長編になったことで深みが出て、短編のときより良くなってると思う。先週、私が教えたこともしっかり守ってるみたいだし」
西「ありがとうございます」
粗末田「ただ、全体的にまだまだパンチが弱いかな。確かに小説としては成り立ってるけど、突出した部分がない。小綺麗にまとまりすぎてる。特にホラー小説はもっと気を衒っていかないと。今のままじゃ他作品の中に埋もれちゃうね」
西「……そうですか」
粗末田「アドバイスとしてまずは……主人公の名前、『辻村拓也』にしてるけど、『辻村タックスヘイブン』に変えよう。そっちのほうが覚えやすいから」
西「辻村……タックスヘイブン……? いや、それは……」
粗末田「長編になるとキャラが増えるでしょ? 読者からすると、誰が誰だかこんがらがっちゃうの。だから、特に主人公は印象的で覚えやすい名前にするのが基本。あと、ヒロインの子。主人公と同じ高校に通う幼馴染ってだけじゃありきたりだから、マッドサイエンティストがカミキリムシと人間を融合して生み出したミュータント女子高生って設定にしようか」
西「ミュータント女子高生ですか……? ミュータント……」
粗末田さんのアドバイスは止まりません。この日の授業は、昼一時から夜九時まで続きました。その中で、多くの指摘を受けた西さん。彼にとって信じられないものもあったようですが、それはプロとアマの感性の差なのかもしれません。
西「いろいろと、ありがとうございました! 家に帰ったらすぐに改稿します!」
そう言って西さんは帰宅しました。彼を弟子にしてみて、粗末田さんはどう感じているのでしょうか。お話を伺います。
粗末田「正直に言うと、西は天才ですよ。『超』がつく天才。最初に読んだ短編も、すごく高いレベルで完成されてました。それをたった一週間で、クオリティを落とさず長編にするなんて……。二十歳であそこまで書ける人間は、そうそういない。私の名義で発表したいくらいですもん。もちろんやりませんけど」
西さんが書いた小説について、粗末田さんは「荒削り」と評価し、数多くのダメ出しをしていました。しかし、彼がいないところでは大絶賛です。一体どういうことなのでしょうか。
粗末田「作家の収入って、とにかく不安定なんですよ。私もデビュー作以外は全然売れてなくて。そもそも二作目を出すまでに十年もかかって、その間に印税をほとんど使い切っちゃいました。今じゃアルバイト生活です。西とほぼ変わらない、フリーターみたいなもんですよ。でも西が弟子でいてくれれば、毎月十五万の固定収入が出来るわけじゃないですか。生活が楽になるのは間違いありません。だったら西に真逆のアドバイスをして、プロ作家デビューを遅らせて、授業料を搾り取り続けたほうが得ですよね? 西から弟子入りを志願されたとき、咄嗟に思いついたんです」
粗末田さんは西さんから授業料を取り続け、自分の生活費にしようと考えていました。プロ作家へと成長させるつもりはないようです。
粗末田「あんまりボロクソに言うと挫折させちゃうかもしれないので、飴と鞭は適度に使い分けていきます。それなりに誉めつつ、『自分はまだまだだ』と西に思い込ませる感じで。だって西がプロになったところで、私に得はないですもん。あいつはもう手離しません。死ぬまで私の養分になってもらいます」
プロのホラー作家になるため粗末田さんに弟子入りした西さん。西さんのプロ作家デビューを遅らせて弟子のままにしたい粗末田さん。二人の思いは、完全に逆方向を向いています。
粗末田「元々、西は私の部屋に不法侵入してた犯罪者ですからね。警察に通報せず見逃してやってるんだから、養分にされても文句言えないでしょ」
粗末田さんはそう語ると、お宝を手に入れた海賊のように高らかに笑いました。この師弟関係、どうなってしまうのでしょうか。




