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密着二日目

 西(にし)さんが粗末田(そまつだ)エリーさんの郵便ポストに、弟子入り志願の手紙とウシガエルの卵を入れてから四日後。西さんから電話がありました。もう一度、粗末田さんの自宅に行って手紙を届けると言うのです。どうやら返信はもらえなかった様子。


 最寄駅で西さんと合流し、粗末田さんが住むマンションへ向かいます。エントランス前に到着してすぐ、「あの、すみません」と、長い茶髪の女性に声をかけられました。肌のハリ具合からして三十代中盤だと思われますが、実年齢を感じさせないすらっとした体型の方です。


女性「今、ちょっと聞き込みをしてまして。この封筒に見覚えありませんか?」


 そう言いながら女性が見せてきた封筒は、先日西さんが粗末田さんの郵便ポストに入れたものでした。中心に筆ペンで大きく「弟子入り志願」と書かれた白い封筒。間違いありません。


西「あっ! それ、僕が書いたやつです」

女性「あんたか! こんなことしたクズ野郎は!」


 女性は両目を大きく開き、西さんに怒鳴りました。彼女こそ、西さんが弟子入りを希望していたホラー作家、粗末田エリーさんだったのです。


西「気づいてくれたんですか?」

粗末田「気づくわ! うちのポストにカエルの卵も入れやがって! あれだろ? 私の小説読んで真似したんだろ?」

西「そうです」

粗末田「マジでやめろ! キモすぎる! 自分で書いといてあれだけど、こんなにキモい行為だと思わなかったわ! しかもあんた、孵化(ふか)寸前の卵入れただろ?」

西「……いや、それはわからないです」

粗末田「孵化してたんだよ! ポスト開けたらでかいオタマジャクシが何匹もどろどろ流れ出てきて! 大パニックだったわ!」


 粗末田さんに気づいてもらうため、西さんが決行したウシガエルの卵作戦。しかし、それが原因で粗末田さんを怒らせてしまいました。彼女の反応を見る限り、西さんの第一印象は最悪。これでは、弟子入りなんて許してくれそうにありません。


 粗末田さんの怒りは、さらにヒートアップしていきます。


粗末田「あと、あんたさあ、私の部屋の中にも入ってないか?」

西「はい。三週間くらい前に。インターホンを押しても返事がなかったので、他の住人がオートロックを開けたとき一緒にマンションに入って、玄関はピッキングで開けました」

粗末田「やっぱりあんたか! 帰ってきたら鍵が閉まってない日があって、不審に思ってたんだよ! しかも何度かやってるだろ!? 」

西「五回入りました。インターホンを押しても反応がないんで」

粗末田「帰るんだよ! インターホンを押して反応がなかったら留守だから帰って日を改めるんだよ! 玄関こじ開けて入るのは犯罪なんだよ!」

西「でも、先生が孤独死してたらどうしようと思って」

粗末田「あんたみたいな犯罪者に発見されるくらいなら、部屋で腐乱死体になることを選ぶねえ!」

西「そんなことしたら、マンションの管理人に迷惑ですよ」

粗末田「まともな倫理観を持ってるならそもそも人の部屋に入るな!」


 ウシガエルの卵の件以外にも、西さんは粗末田さんを困らせていた様子。さらに、驚きの事実が発覚します。


粗末田「下着とか金目のものとか、盗んでないよな?」

西「何も盗んでません。ただ部屋の中で二時間くらい立ってただけです」

粗末田「怖いんだよ! 意図がわからない! せめて何か目的を持って侵入しろ!」

西「僕はただ心配だっただけです。夜、先生が寝ているとき、『もしかしたら死んでるかも』と思ってベッドの横に立って見守ってたこともあります。けど眠りを(さまた)げるようなことはしてません」

粗末田「夜も来てたのかよ! 怖いんだよ! 寝てる(そば)で見知らぬ男が突っ立ってるなんて、怖すぎるんだよ! それになんでいつも私が死んでる前提なんだ!」


 粗末田さんの怒りは収まりません。ひとしきり怒鳴ると、西さんの胸元に押し当てるように弟子入り志願の封筒を突き返しました。その勢いのまま、マンションへ戻って行こうとします。


 西さんにとって今は、憧れの粗末田さんに弟子入りを直談判(じかだんぱん)できるチャンスです。これを逃すわけにはいきません。粗末田さんの行方を(さえぎ)るように回り込みました。


西「待ってください! 僕の手紙、読んでくれましたか? 粗末田先生の弟子にしてほしいんです! 僕、小説家になって、自分の名前を世の中に刻みたいんです!」

粗末田「……一応、読んだけどさあ。私、弟子とかとってないから」

西「そこをどうか! お願いします! 粗末田先生の書く作品は、どれも素敵です! その作品を生み出すノウハウを、僕に教えていただきたいんです!」


 頭を深く下げる西さん。一方、粗末田さんは(あき)れたような表情をしています。


粗末田「いや、あんた、私に犯罪まがいのことして、それで弟子入りしたいだなんて……ふざけてるとしか思えないんだけど」

西「本気です! 僕、小説も書いてきました! 一万字くらいの短編ホラーです! 初めて書いたので自信はないですけど……これを読んで、感想をいただくだけでも構いません! お願いします!」


 西さんはそう言うと、背負っていたリュックの中からタブレット端末を取り出し、粗末田さんに差し出しました。小説の原稿データが入っているのでしょう。彼にとって、弟子になるための切り札です。


 粗末田さんは、(いぶか)しげな顔をしながら、それを受け取りました。


粗末田「……感想言ったら、もう私に関わらない?」

西「はい。ですが、もし僕に少しでも素質を感じたのであれば……そのときは、弟子にしてください」


 再び頭を下げる西さん。粗末田さんは彼を一瞥(いちべつ)した後、タブレットに視線を落としました。画面上で指を滑らせ、西さんが書いた小説の原稿を読んでいきます。五分ほどで最後のページまで読み終えると、「もう一度読ませて」と、再度指を滑らせ始めました。


 粗末田さんの様子を、恐る恐るという表情で見つめる西さん。はたして、粗末田さんはどのような感想を抱いたのでしょうか。


粗末田「これ、初めて書いたの? AIとか使ってない?」

西「はい。人生初の小説で、全部自力で書き上げました」

粗末田「完成までにどれくらいかかった?」

西「三日です。仕事の合間で書いたので、一日あたりの執筆時間は……二、三時間ですね」

粗末田「ふーん……いや、直したいところはたくさんあるんだけど、悪くないのよ。読者に伝わりやすいよう表現を変えたほうがいいなって感じる部分は多い。でも、ストーリーとか、キャラクター設定とかは悪くない」

西「本当ですか!?」

粗末田「うん。短編だけどホラー描写が多いのも私の好み。今まで私にやってきた嫌がらせの数々が作品に生かされてる……。もちろん、完璧ではないよ。めちゃくちゃ荒削り。でもまあ……素質はある、かも」

西「やった……」


 百点満点ではないものの、粗末田さんから人生初の小説を褒めてもらえた西さん。この経験だけでも、とても自信になることでしょう。


 では、弟子入りについてはどうなのでしょうか。西さんは、粗末田さんの言葉の続きを待ちます。


粗末田「……私も仕事があるから、つきっきりで指導することはできないけど……週一回、三時間、ウチでアドバイスする時間を作ってあげる」

西「えっ……じゃあ、弟子にしてくれるってこと……ですか?」

粗末田「そうだね。いいよ。弟子ってことで。ウチにはもう侵入されてるし。来週から始めようか」

西「……ありがとうございます! やった……」


 西さんの執念、そして小説家としての素質が認められ、粗末田さんに弟子入りを許可してもらえました。


 しかし、粗末田さんからも、ある条件が提示されます。


粗末田「タダで弟子にするつもりはないよ。授業料として、月に十五万払ってもらうから」

西「十五万……ですか?」

粗末田「そう。私、これでもプロ作家ですから。プロに教えを()うなら、それくらいの額は当然でしょ」

西「十五万……」


 粗末田さんからの条件、それは月謝を支払うことでした。フリーターの西さんにとって、毎月十五万円を払うのは非常に厳しいでしょう。それでも、念願だった弟子入りのチャンス。西さんは引き下がりません。


西「わかりました。バイトのシフトを増やせば、なんとか用意できると思います。……よろしくお願いします」


 両者が合意。西さんは正式に、粗末田さんの弟子となりました。


粗末田「まだ名前を聞いてなかったよね?」

西「西です」

粗末田「漢字は?」

西「西陣織(にしじんおり)の西です」

粗末田「ピンとこない。『方角の西と同じです』と言え。これからは会話する人すべてが読者だと思って、その人たちに伝わりやすい表現を意識しろ」

西「……はい! ありがとうございます!」


 これから西さんは、粗末田さんと二人三脚でプロのホラー作家を目指します。

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