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焔の契り~騙せない妖狐の初恋譚~  作者: 佐東 利里子
◆3章

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大火と厄災の子 (1)


 ◆ ◆ ◆



 火柱を目指して峠を越えると、火の海が広がっていた。集落と思しき隣接している建物一帯や周辺の林が蒼い炎に包まれて、辺りには焦げ臭い煙が充満している。

 その合間を縫うように、大勢のあやかしと人間が逃げ惑っていた。


 全速力でここまで走ってきた颯は肩で息をしながら、目を疑うような光景に愕然と立ち尽くす。そんな颯のそばを、水桶を持った人たちが慌ただしく走っていった。頭に獣の耳が生えていてあやかしの気配がする人が必死の形相で叫び続ける。


「おい、もっと水汲んでこい! 全然足りねぇぞ!!」

「妖力が強いやつ、もっと積極的に水運べや! 人間たちもちょっとは手伝え!!」

「無理よ! こっちはあんたらと違ってひ弱なの!」

「もうここは火の海だ。逃げられるうちに逃げるぞ!」


 あやかしの気配がする人たちは井戸から水を汲み上げて何度も火事場と往復しながら消火活動に勤しんでいるが、人間の気配の者たちは逃げることに必死であやかしたちに協力する様子がなかった。

 自分たちさえ助かればいいと思っているのか、消火に向かうあやかしたちの進路を妨害しながら走っていく。


 その態度の差から、ここはあやかしが住んでいる場所なのだと颯は悟った。

 どの建物も炎に包まれていて水をかける程度ではちっとも火の勢いが収まるように思えないが、それでも諦めまいと獣の耳が生えている大人たちは何度も水を運んでは火にかけていた。しかし無情なことに、水は火に当たったそばから虚しく蒸気になるだけだ。


 そんな炎の強さに颯が青ざめながらふらふらと歩き始めると、逃げる人とぶつかってこけてしまった。ぶつかった相手は逃げるのに必死で、地面に伏した颯に見向きもせずに早々に立ち去ってしまう。


「お父さんの炎が、どうしてこんな……げほっ! げほげほっ……!」


 地面に倒れたまま、辺り一帯を燃やしている蒼い炎に絶句した。口を開いた拍子に煙と喉を焼くような熱気を吸い込んでしまって咳き込む。目には涙が滲んだ。


「うわーん、お父さーん、お母さーん!」


 そのとき、どこからか声が聞こえてきた。

 はっとして、きょろきょろと声の主を探す。すると近くの燃えている家のそばに座り込んで泣いている、自分と同い年くらいの女の子を見つけた。


 バチバチと激しい音を響き渡らせながら燃えている家はすでに真っ黒くぼろぼろになっていて、今にも崩れてしまいそうだと颯が思った矢先に、火のついた梁が女の子に目掛けて落下し始めた。女の子は泣きじゃくっていて頭上のそれに気付いていない。


「あぶないっ!」

「きゃあぁ!」


 慌てて起き上がって駆け出すと、目一杯の力で女の子を突き飛ばした。悲鳴をあげた女の子は燃えていた家の裏手の斜面をなすがままに転がり落ちていく。

 その直後、派手な音を立てながら梁が落ちて屋根が崩れた建物はぺしゃんこになった。

 女の子を突き飛ばして自身も転がった颯は間一髪で梁の下敷きにならずに済んだが、すぐそばに落ちている未だに炎が消えない木片を険しい顔で見る。


「げほっ……はあ、はあ、あぶなかった……」


 荒い息を吐きながらよろよろと立ち上がると、転がっていった女の子を追いかけて慎重に斜面を滑っていった。


 女の子は黒い尻尾を脚の間に挟むように座り込んで号泣していた。その頭には動物らしき耳が生えていて、涙と煤で汚れた顔の鼻の辺りからは白くて細い髭が左右に伸びている。

 消火作業に走り回っていた大人たちはほぼ人間の姿だったが、女の子は変化の術が不完全なのか顔が動物っぽく見えた。


 颯は女の子のそばに屈んで、泣きじゃくる女の子の背中をそっと撫でる。


「うわわぁぁぁん!!」

「大丈夫? どこか痛い?」

「わああん、お母さぁぁん!」

「困ったな……」


 泣いてばかりで会話ができそうにない女の子にたじろぎながら、颯は燃えている家を見上げた。

 そばにいたし、もしかしてあれがこの子の家なのだろうか。しかし無惨なことに、人が住んでいた痕跡などすっかり消え失せたように燃え尽きてしまっていている。

 

 近くに親らしき姿も見当たらないけど、逃げる際にはぐれたのだろうか。

 ずっと泣いている女の子を哀れみ、その背中をさすってあげる。


「ねえ、お名前言える? 僕は颯っていうんだ」

「うっ、うぅ、ひっく……ね、ね」

「ん?」

「ね、ねねこ」

「あ、ねねこちゃんね。お父さんとお母さんとはぐれちゃったの?」

「んっ……」


 片手で目元を擦りながら、嗚咽を堪えているねねこの細い指が斜面の上の燃えている家を指した。


「あそこが、ねねこちゃんのお家なの?」

「うん、ひっく、うぅ……」


 瞳に涙を溜めながら答えてくれたねねこと、収まるどころか炎が激しくなって崩れている家を見比べる。ねねこの両親の居場所を察してしまい、颯は何も言えなくなった。それでもどうか、単にはぐれてしまっただけだと願いたくなる。

 周りの炎の熱さのせいか冷や汗なのかもわからない不快な汗がこめかみを伝った。


「……ねねこちゃん、とりあえずここを離れよう。いつこっちに火がくるかもわからないから」

「やっ! お父さんとお母さんのところにいくぅ!」

「だめだよ、あぶないって!」


 泣きじゃくりながら斜面を上ろうとするねねこを慌てて引き止めようとする。思いのほかすばしっこいねねこはそんな颯の制止をすり抜けて駆け上がろうとするが、斜面が崩れて上手く上がれずにずりずりと落ちてきた。

 自力で家に戻れないと悟ったねねこの顔がくしゃっと寄り、泣き叫ぶ悲痛な声が響いた。


「うわわぁぁぁん!」

「わっ、わかったよ、ここにいていいから泣かないで。消火してもらえるように大人の人を呼んでくるから」


 颯はそばに転がっていた手頃な小石でねねこを囲うように地面に円を描く。そばに小さな人の形とぐるぐるした渦巻き模様を描き、模様の上で妖力を込めると、ねねこを覆い囲う小さな結界が出来上がった。

 父親と家に張っていたものよりは簡易的だが、火を防ぐことは十分できるだろう。


「いい? 僕か大人の人が来てくれるまで、この結界から出ちゃだめだよ?」

「……わかった」


 突然張られた結界にきょとんとしていたねねこだが、内側から結界の膜に触れると安堵した顔で大人しく頷いた。

 ようやく泣きやんでくれたねねこに颯はほっとする。それから人を探そうと、勢いをつけて一気に土の坂を駆け上がっていった。


「だれかっ、だれかこの家も消火してくれませんかー!?」


 あちこちで消火活動は行われているがまったく追いついていない状態で、辺りは未だに火の海だった。避難せずに消火にあたっている大人たちはまだちらほらとこの場にいるようだが、颯が叫ぶ声に反応している余裕なんてあるはずもなかった。


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