第210話 厄介な餓鬼 side チェスター
アイザックとの話が一区切りついたところで、聞いた情報をまとめていく。
しかし、先ほどアイザックの魔力を感じてからやりにくい。
一回り以上年齢が離れた餓鬼相手にやりにくさを感じるとな……。
アイザックはまだ獣化したまま。
獣化自体が珍しい上に、フラワーオウルでは竜人が少ない。
竜人が獣化した姿は自分でも初めて見る。
アイザックが獣化した姿は黒い鱗が生え、翼に尻尾が生えている。赤い角も合わせると、威風堂々とした竜人。
若いというのに余裕のある雰囲気から、貫禄まで感じる。
最初に地下で会った時からアイザックは余裕があった。
生意気な餓鬼かと思っていたが、鉄の扉を破壊できる力を見せられ、余裕があるのも理解できた。しかし、本当の姿は予想以上の化け物。
ディロックの野郎、とんでもない化け物に絡んでいやがる。
「そちらから何か聞きたいことはあるか?」
「興味本位の質問になるが、アイザックの本当の身分は?」
「残念ながら答えられない。答えられるのはエリクサー・ラボラトリー関連のみだ」
それはそうかと納得する。
答えてくれるのなら聞きたかった程度の話。
スカーレットドラゴン王国の騎士であるのは見当がついている。
おっかない相手ではあるが、引けないところはある。
「それなら今回の報酬はないのか?」
「報酬か」
「他のギャングを調べるとなれば、抗争になる可能性がある。何かしらの利益がなければ組織としてやってられん」
セオドア様から身を守るだけでは無償。
無償ではこちらの持ち出しが出るだけ。利益がなければ組織は立ち行かない。
「国に睨まれるよりはいいと思うが、理屈は理解できる」
「理解してもらえるのなら、報酬を期待していいのか?」
「俺個人が出せる範囲であれば約束しよう。ただ後払いになる」
「個人など高が知れているが、ないよりはマシか。後払いについては理解している」
あまり欲張るべきではない。
人を動かす分の損失が戻ってくれば十分。
「いやいや、チェスター。忘れていないか、彼は錬金術師だよ」
「そういやそうだったな」
アイザックの持つ鞄に視線が落ちる。
欲張るべきではないとわかっていても、大量に物が入る鞄は魅力。
「鞄の技術は残念ながら俺だけでは判断できない。両国から許可が出てからで頼む」
技術は欲しい。
欲しいが、報酬を欲張るべきではない。
「……仕方がねえ」
「代わりに俺が経営している会社から技術を送ろう。車か重機あたりがいいだろうか」
「よくわからんが損しないのならいい」
「技術が不満であればアダマンタイトの地金でも構わない」
「鉄より硬いという金属か」
ギルド員がオリハルコンを使うのは現実的ではない。
鉄より優れているというなら価値はある。
「修理用に地金を持ってきている。見るか?」
「見せてほしい」
アイザックが細い棒状の地金を取り出す。
取り出した地金を渡してくる。
なぜ棒状なのかという疑問はあるが、手に取った質感と見た目は鉄とそう変わらない。
「ギルド員でも鉄なら曲げられると思うが、アダマンタイトはそう簡単には曲がらない」
「試してみるか」
今は引退気味であるが、昔はギルド員として戦っていた。
鉄の扉ではなく、細い棒程度であれば曲げられる。
身体強化を施し、全力で力を入れる。
「ふん!」
全力を出してもアダマンタイトは曲がらない。
「驚いた。曲がらないな」
「普通は曲げられない」
普通は、か。
「アイザックは曲げられるのか?」
「できる」
「やって見せてくれ」
アダマンタイトをアイザックに渡す。
「仕方ないな。魔力が漏れると思うが、気にしないでくれ」
「おう」
アイザックがどの程度戦えるのか見られる。
自分より強いのは分かりきっているが、どの程度強いのかは確認したい。
「いくぞ」
アイザックの魔力が一気に増えた。
獣化した瞬間感じた、背筋が凍るような魔力が溢れてくる。
手に持ったアダマンタイトがゆっくりと曲がっていく。半円を描くように曲がったところでアイザックの魔力が収まる。
「これ以上は破断しそうだ」
アダマンタイトは曲がったまま。
当たり前のように金属を曲げた。
「十分だ」
わかっていたが、なんという魔力に力。
ディロックの野郎がますます許せなくなってきた。
連れてくる相手くらい選びやがれ!
「その地金。もらえませんか?」
「構いませんよ」
ディロックに対して怒りに震えていると、メイソンがアイザックから地金を受け取っている。
研究馬鹿が新しいおもちゃを手に入れた。
「ところで、私はアダマンタイトより技術が気になります」
「メイソン、利益にならねば意味がない」
研究馬鹿め。
「二人とも、報酬は後払いになるから、もう少し悩んでくれていい」
「わか——」「私は研究のしがいのある技術がいいです」
発言がメイソンに遮られる。
アイザックから憐れみの視線を感じる。
「こちらでも損にならんよう考えておく」
「助かる」
メイソン……。
いや、交渉はうまくいったか……。
「チェスター、随分と話し込んでしまったので今日のところは帰ろうと思う」
「わかった。エリクサー・ラボラトリーについて調べておく」
アイザックを工房から玄関へと案内する。
「チェスター、報酬は出すので頼んだぞ」
「ああ」
アイザックが屋敷から出ていく。
空はいつの間にか暗くなっており、あかりは空に瞬く星のみ。
アイザックが来たのは昼頃であったのに、太陽が沈んでから随分と時間が経過した。
「メイソン、まだ終わっていないからな」
客の送迎などしないメイソンですらアイザックが帰る際には立ち会っている。
「食事を用意してほしい」
「そうだな。腹が減った」
部下に指示を出して食事を用意させる。
食事が出てきた後は人の出入りを禁じる。
「碌でもないのに関わってしまった」
「連れてきたのはチェスターです」
「その理論からするとディロックが悪い」
ディロックがアイザックに絡んだのが全ての始まり。
戦えるようになって調子に乗っていると思っていたが、まさか興奮剤にまで手を出すような馬鹿だった。
「アイザックは何者ですかね?」
「スカーレットドラゴン王国の騎士以外には考えられん」
「私も騎士だとは思っていますが、騎士は騎士でも並の騎士ではありません。魔力量は王族と同等で、背筋が凍りました」
「王族と同等……」
みただけで圧倒されるような魔力に出会ったのは初めての経験。
アイザックからも聞かれたが、フラワーオウルの貴族は魔力を隠す。セオドア様の弟子だったメイソンは経験があるようだが、ギルド員であっても普通は貴族の魔力を感じる機会などない。
「魔力量からして、スカーレットドラゴン王国の貴族でしょうか?」
「貴族がギルド員に身をやつしているとはな」
貴族に絡みに行ったディロックはしめるべきか。
「ただの貴族ではなく、錬金術師、さらには経営者です」
「個人的に報酬を約束できるくらいの企業を経営しているようだな」
ディロックが絡んだおかげで報酬が得られたともいえる。
いや、おかげではないな。やはりしめるべきだ。
「報酬が技術提供は破格です」
「研究馬鹿め」
メイソンがセオドア様の下を離れたのは並外れた探究心から。
探究心からか、錬金術師としての腕は組織内で一番。国家試験を受ければ間違いなく合格する技量がある。
本来、外に出していい錬金術師ではない。
研究馬鹿のメイソンはセオドア様が怖いのもあるだろうが、目の前に吊り下げられた好物に釣られている。
暴走して他のギャングと抗争になってはたまらん。
暴れ馬の手綱を握る必要がある。
「ディランという人物が経営するブラックウィングの追跡に、オリハルコンとミスリルの盗掘と密輸に関連するギャングを調べる」
手始めにディロックをしめて情報を全て吐かせる。




