3話 現れた元殺人鬼
「……な、なんだ?……今の音?」
「わかりません……魔法でしょうか」
誰もが聞いたことのない音だった。
無機質な連続した火薬の炸裂が、金属の中で響き合うような。
奇妙なリズムを叩き、空気を震わせるその音の波が、ボルイェ達を狂気から正気へと呼び戻す。
緊迫した空気は放心したヨルダの心も呼び戻した。
ほんの少しだが、気を落ち着かせる。
──なんの音なの……?
ドッドッドッドッドッド……
音は徐々にボルイェ達へと近づいた。
「……来るぞ」
ボルイェの合図で、黒フード達は再びクロスボウに矢を装填させる。
震える空気へと向かって、十数本の矢はその狙いを定めた。
ザッ
そして、「それ」は姿を現した──
「……なんだ……あれは……?」
ボルイェの声は、未知への恐怖に震えていた。
人の形をした「それ」は、ゆらりと高い草むらの中から姿を見せた。
異形魁偉──
二メートル近いその体躯は、人間や亜人とほぼ同じ。
異様に見える点は二つ。
一つは、「それ」が持っていた「鉄の箱」に刃がついた武器のようなもの。
重量があるからか、『二ヶ所』に大きな柄がついている。
「構える」と言うよりは「支える」様で。
箱から先に延びた刃の部分は、刃先が半円を描いている。
よく見ると、その刃の外周にはさらに細かい刃がびっしりとついていた。
空気を震わす様な音を立てているのは、間違いなくあの鉄の箱の様だ。
そしてもう一つは、顔につけた白い仮面だ。
なんの拵えもなく、ただ目の部分に穴があいているだけの仮面。
祭事の際に教会付きの魔導師が被るものに似ているが……
その無機質だがどこか狂気を感じさせる仮面は、得体の知れない恐怖を撒き散らした。
思考も感情も意思も何一つ感じさせないその『生物』の出現に、騎士達は明らかに動揺していた。
「おい……あれはなんだ?」
「わかりません……魔導師達のモンスター探知にも一切反応していません」
「亜人じゃないのか?」
「しかし亜人に見られる身体特徴が一切見られません……」
ゴクリ、と息を呑むボルイェ。
──なら、あれが「人間」だと言うのか?
馬鹿な。
そこらに転がっている亜人どもの死体の方がよっぽど人間らしい。
あれが人間なわけが無い……あれが……
ドッドッドッド……
「か、構わん! 撃て‼︎ 撃ち殺せ‼︎」
ボルイェの命令で、一斉に放たれる十数本のクロスボウの矢。
恐怖から逃れる為の、一斉射撃。
ドカカカカカッ!
雨あられの矢はダダンの時の様に、その人間の身体を貫いた。
しかし──
「……な……なんだと?」
「ヒッ……!」
「それ」は指一本動かす事もなく。
刺さった矢に、何一つ反応を示さなかった。
上下黒の衣服には無数の穴が開いたが、そこから血が流れる様子はない。
そして「それ」は自身の身体の惨状には一瞥もくれずに、のそりとボルイェ達へと歩みを進める。
──すぐ横で倒れているヨルダには、なんの反応も見せることなく。
「⁉︎」
死を覚悟していたヨルダは、詰まった息をプハァッと吐いた。
至近距離で見たヨルダはその鉄の箱と仮面に加え、もう一つ、気づいた。
──な、なに? あの身体……
異常に盛り上がった肩まわり。
自分の胴回りはあろうかと言う上腕。
そして鉄の矢を止めてしまう程の分厚い胸筋。
……怪物
ヨルダは、人間ともモンスターとも言えないそれを、そう呼んだ。
「ボ、ボルイェ卿! 矢が……矢が全く効いていません!」
「……あれを人間と思うな! 今より大型モンスターの討伐だと思え‼︎」
外道の騎士団とは言え、彼らは歴戦の戦士達でもあった。
直ぐに戦術を転換、総員で息を合わせる。
「魔導師は防刃結界を張れ! 弩兵は抜刀! 高潔な騎士の精神を剣に宿し、敵を滅せよ‼︎」
「ハッ!」
洗練されたその動きで、たちまち怪物を包囲する黒フード達。
ボルイェの指揮のもと、怪物への恐怖心は大きく拭われた。
しかし。
ドゥルルルルーーーーンンン!!
「‼︎」
怪物の鉄の箱が再び咆哮をあげる。
その時、ようやく全員が気づく。
刃の周りにびっしりついていた細かい刃は、高速で動いているのだ。
魔力反応はない。
魔法で動いているわけではないようだ。
ならあれは一体……?
黒フード達に動揺が走る。
そして。
──あれで、斬るつもりか?
その異様な未知の武器が、黒フード達を再び恐怖という縄で縛りつけた。
その縄に縛られたのは指揮官であるボルイェとて同じだった。
「お、臆するな!! 一撃離脱! 騎士の本懐を見せろ‼︎」
その上擦った声が、皮肉にも黒フード達の冷静さを奪ってしまう。
そしてついに、恐怖に駆られた一人の黒フードが怪物に向けて斬りかかった。
彼らにとって、それが惨劇の幕開け。
ブスッ
黒フードのサーベルは、怪物の胸に深々と刺さった。
そして離脱しようと剣を抜き
「⁉︎」
……抜けない。
怪物の分厚い胸筋が収縮して、剣が抜けなくなってしまったのだ。
動揺した黒フードは必死に抜こうとするが、剣は微動だにしない。
剣を捨てればいいのだが、動転した黒フードはその思考さえ持てない。
そして、怪物はゆっくりとその武器を振り上げ、
「ヒッ…」
黒フード目がけ、振り下ろした。
ギュイイィィィーーー‼︎‼︎
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっっ⁉︎」
「っ‼︎」
その場にいた全員が、息を呑んだ。
その刃は、黒フードの身体に引っかかった。
高速で動くその刃は、ほんの少しの時間で肉を切り裂き。
周囲にその肉片と血を弾き飛ばしながら、骨をも断ち切った。
……ぼとり
「ひっ……」
黒フードの身体が肩から腹にかけて斜めに真っ二つになり、地面におちる。
その身体はまだ、ピクピクと動いていた。
──全員が、その場から一歩も動き出す事が出来なくなった。
ヨルダは騎士同士の決闘でもモンスターの討伐でも、ここまで凄惨な様相を見たことはなかった。
三秒。
黒フードの身体を真っ二つにするまで、実に三秒かかった。
生きたまま、三秒という時間をかけて、身体を切断される……
「……な……なんなんだ……あいつは……」
もはやこの怪物の恐怖は、その場にいるすべての者を支配した。
そして『支配者』は再びのそりと黒フード達の元へと歩き出す。
「ひっ……た……助け……」
動けない黒フードの前に、聳え立つ巨体。
怯える咎人に断罪の剣が掲げられる。
涙を流し震える仲間を助けようにも、恐怖に縛られたボルイェと黒フード達は、そこから一歩たりとも動けなかった。
そして振り下ろされる、恐怖の象徴。
ブゥンッ!
「あっがっがっがっがっがっがっがっ⁉︎」
脳天への一撃は頭蓋骨を粉々に砕き、脳と脳漿をぐちゃぐちゃに混ぜて、あたりに幼児の絵の様に黒や茶色を撒き散らす。
刃は正中線を通り、出来上がったのは左右対象な屍。
そのむごたらしさに黒フードの中には失禁するものさえ出た。
「キャアアアアっ!」
その時、甲高い声が響き渡った。
気を失っていた獣人のミンが覚醒したと同時に、惨劇を目の当たりにしてしまったのだ。
そのまま再び気絶してしまうミン。
しかしその声は、怪物の支配を緩めるきっかけを作った。
「ひっ、ヒィィ‼︎」
「ま、待て、逃げるな‼︎」
ボルイェの制止も聞かずに一斉に逃げ出す黒フード達。
そのボルイェ自身も黒フードより先んじようと猛然と走り出す。
──しかし怪物はまだまだ惨劇を終わらせるつもりはない。
逃げ出すボルイェ達を追いかけるように、悠然と走り出す。
その体躯に似つかわしくない俊敏さに、ヨルダは目を見張った。
次々と、縦に横に斜めにと真っ二つの屍を積み上げる怪物。
もはやヨルダにはその地獄絵図を見続ける精神力はなかった。
強制的に彼女の脳は視覚を遮断し、ゆっくりとその意識を閉ざしていく。
目が覚めたとき自分はどんな形で真っ二つになっているのだろうかーー
そんな事を考えながら、ヨルダの意識は遠のいていった。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。




