2話 人が支配した世界で
「ぐっ……」
背後から受けた刀傷が、強く痛む。
休暇を使い、村へと遊びに来ていたヨルダ。
そんな彼女を、何者かが襲った。
なんとか逃げ延びたが、背後から襲われた為、相手が何者かはわからなかった。
だが、今ならわかる。
襲ってきたのは、自分と同じ騎士団員──
以前から、亜人達の村が何者かに襲われていることはよく耳にしていた。
野盗の仕業だろう、とあの先輩騎士のボルイェから聞かされた。
ヨルダにとって、それは許せない蛮行だった。
ヨルダの両親は彼女が幼い頃、野盗に襲われその命を落とした。
その後ヨルダは教会の孤児院に引き取られ、二年前の16の時に『騎士団』へと入隊を希望する。
元々、ヨルダは争い事を好む性格ではなかった。
だが両親が殺されたことで、ヨルダは弱い者を守りたいという気持ちが人一倍強く育った。
彼女は努力に努力を重ね、入団する事を認められた。
そして最初の任務が、地方の村への視察。
ヨルダはこの村への定期視察団員となった。
少し気が弱く両親の愛情をあまり受けられなかったヨルダ。
だが村の亜人達はそんな彼女を暖かく受け入れた。
たちまち打ち解けた彼女はこの村が大好きになった。
それから、彼女は頻繁に村に訪れた。
任務ではなく、休暇を使って。
同じ時を過ごす内に、村人達とヨルダは互いを大切な家族と思い合えるようになっていった。
だがその大切な家族を。
かつて失った家族を、ヨルダは再び失ってしまったのだ──
そこら中に転がる村人達の屍に想いを馳せ、涙を零しながら走るヨルダ。
だがその肩に激痛が走った。
「きゃあっ⁉︎」
走る勢いそのままで、もんどりうって地面へと身体を打ちつける。
「手間をかけさせないでくれないかな?」
ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら背後から近づいてきたのは、先輩騎士のボルイェ。
ヨルダの肩にはボルイェの放ったクロスボウの矢が刺さっていた。
「うぅ……痛……」
「亜人狩りのついでに人間狩りが出来るとはねぇ。しかも団きっての美貌の女騎士様だ。悪くないね」
「か、狩り……?」
身体中の傷の痛みと、今受けた矢傷が意識を朦朧とさせる。
そんな彼女に対し、ボルイェは脇の黒フードに顎でクイと合図を出した。
ボルイェの横に引き摺り出される、二人の子供。
「姉ちゃん!」
「ヨルダお姉ちゃん!」
「!!」
犬族の兄妹、キブとミンだ。
ヨルダの顔から血の気が引いて、その顔はみるみるうちに青ざめていく。
「貴族様方の命令でね。亜人を何匹か連れてこい、とさ」
「な、なんで……⁉︎」
「さぁ? まぁ貴族様ってのは、女抱いて美味いモン食って、で──獣やらモンスターを狩ったりするからね」
ボルイェは道化のように手をパチパチと叩きながら、愉快げに煽るようにヨルダに言葉を投げかける。
「で、今度は普通じゃ物足りないから、亜人どもを狩って、新しい刺激を得ることを思いついたんだろな」
「みんなはモンスターじゃないっ!」
息を乱しながらも語気を荒げるヨルダに対し、さも嬉しそうに、歪に笑うボルイェ。
「その通り……人間と同じように喋るからね。私もね、流石に狩る対象に喋られると……」
その時。
フッとボルイェの姿が視界から消えた。
そして。
脇にいた獣人のキブの胸から、一本のサーベルが生えた。
「ごふ……ッ⁉︎」
「きゃああああああっ‼︎」
その様を見て絶叫する、妹のミン。
スッとボルイェがサーベルを引き抜くと、その傷口から弧を描くように真っ赤な血が噴き出した。
「ね……ぇ……ちゃ……」
掠れ、消え入りそうな声で、キブはヨルダへと手を伸ばす。
が、その手は何も掴むことのないまま、自身の作った血溜まりへと倒れ込んだ。
「キブッ! キブッッ!!」
そのヨルダの叫びに、興奮したボルイェは身体をブルブルと震わせる。
ミンはショックで気を失ってしまった。
「ククク……まぁ、モンスターと違って喋られると人間を相手するようで躊躇うんだがね……そこがイイ、というわけだ」
「く……狂ってる……」
「騎士団はみんなこうだよ? 知らなかったかい?」
その下卑た笑いは、かつての尊敬する騎士の面影など微塵も感じさせなかった。
「で、最近だとこの気絶した雌の子供みたいなのが流行ってるらしい。ナニをさせるつもりなんだか……おい! こいつ以外に雌ガキ何匹だった!?」
「はっ! 全部で五匹捕獲しましたが、二匹逃げ出したので頭を射抜いておきました!」
「ならこいつ入れての四匹か。まあ喜んでくれるだろう、変態さん達なら」
……そこにはもう、自分の信じた誇りある騎士団の姿はなかった。
ボルイェと黒フード達の嘲笑の中。
ヨルダは気づいてしまった。
人間は、おかしくなってるんだと。
五十年ほど前。
種族間の争い蔓延るこの世界を、人間の皇帝が治めた。
人間は他種族と共生を謳う。
だが、彼らは己が頂点のピラミッドを作った。
そして自らを頂点に置くという傲慢さは、『人間以外は玩具』などという事を思いつかせた。
──その醜悪な象徴の尖兵として、自分はいる……
騎士としての誇りはグチャリと潰れ、己の命さえ自嘲するその心が、ヨルダの顔を歪ませた。
「いい顔するねぇ……人間を狩るのは流石に認められてないが……まあ、機密事項漏洩は防がないとっ!」
大袈裟に慌てる様なそぶりのボルイェと、それを見てフードの下でニヤニヤと笑う騎士達。
呆然とする中、ヨルダはただただ絶望していた。
今まさにその命を奪われようとしても、その眼には既に抗う意志はどこにも見当たらなかった。
そしてボルイェがサーベルを大きく上段に構え、その刃をヨルダへと振り上げる。
──まさに、その時。
ドゥルルルーーーーンンンッッ!!
ドッドッドッドッド…
その音は、傲慢と狂気で出来た領域を
「叩き壊した」。