12話 女騎士の決意
その晩、ヨルダ達は亜人の村の宿を借りる事になった。
「いやー、ひと息ついたね、良かった良かった」
ベッドの上で枕を抱きながら、カムラはゴロゴロと転がっている。
それを見て微笑むヨルダと、入口側で腕を組み直立しているチャーリー。
「チャーリーさん、本当にありがとうございました。また、助けられてしまって……」
ヨルダは座ったままチャーリーに頭を下げた。
聞いてる風でもなく、微動だにしないチャーリー。
「ヨルダちゃん、もういいって! チャーリーめっちゃ照れてるじゃん!」
手を叩いて笑うカムラ。
……(照れてるのかな……?)
ヨルダには全く変化がわからなかった。
「ううん、それに、私が亜人のみんなに囲まれてる時に、チャーリーさん村長さんのお墓を作ってくれてたんですよね……?」
カムラによると──
ヨルダが気を失っている間に、チャーリーは騎士団を壊滅させてしまった。
バラバラな屍が所狭しと転がる中、チャーリーは一人の遺体をそっと抱き抱えた。
口元に牙を覗かせたその身体は、この村の村長のもの。
「……」
丁寧にその身体を運んだ先は、まさに今三人のいるここ、彼の営んでいた宿屋だった。
そしてその宿のはずれに穴を掘りその亡骸を丁重に葬った、という事だった。
「ありがとうございます……本当に……」
ヨルダは涙を浮かべチャーリーに微笑んだ。
「ちょっとちょっと! そんな顔見せたらチャーリー照れちゃう!照れちゃうって‼︎」
隣で相変わらず笑い転げるカムラ。
当のチャーリーには何一つ変化は見受けられなかった。
(照れてるように全然見えないけど……)
そんなヨルダの思いなど気にも留めず、カムラはころんと起き上がってベッドに胡座をかいて座り直した。
「さて、これからどっしよか?」
「どうって?」
「うーん、こんな喜ばしい空気の中言う事じゃないんだけどね。……あたし達、おそらく人間達の中じゃ超有名人になってると思うよ?」
「え?」
「人間達の騎士団の二つの部隊を、たった三人で壊滅。しかも一人はただの可愛い美少女、一人は騎士団からのオンナ脱走兵、そして最後の一人は超ヤバイ正体不明の筋肉ダルマ」
カムラのその饒舌で楽しげな話し方のせいでいまいち現実味がなかったが、ヨルダは改めて自分の置かれた立場を理解した。
「……そう、ですね……私、お尋ね者なんだ……」
「この村にいた騎士団にもあたし達の事は知れてたみたいだし、おそらくこれから本格的にやっつけに来るんじゃないかな?」
「……」
「それに。統治していた村をそのまま捨て置けないでしょうし、連中は再びこの村に騎士団の部隊を寄越すでしょうね。そうなれば……あのゲス連中、この村の人たちをヨルダちゃんがいたとこみたいに皆殺しにするかも知れない」
「! な、なんでですか……?」
「ケチがついた、って言えばいいかなぁ?不名誉な事があった場所の亜人なんか、その程度の理由で殺しちゃうのが連中でしょ?」
「……」
充分あり得る話だった。
そんな非人道的な事、騎士団にはあり得ない……ではもうなくなったのだ。
人間は、おそらくこれから少しずつ少しずつ、人間以外の生き物に対して圧政を強いていくのだろう。
そして、いずれは彼らを一人残らず奴隷や玩具のように扱う日が来るかも知れない。
……いや、ヨルダが知ったのが数日前なだけで、実際はもうすでにそのような世の中には変わってきているのだ。
ヨルダは恐ろしかった。
急に世の中を動かせば反発されるのを見越して、じっくりと時間をかけて変えようとするその狡猾さ。
それこそが「人間」なのだと気付かされたのだ。
「さて、どうしたものかねー」
「あ、あの……」
ヨルダがおずおずと手を挙げる。
「はい!ヨルダちゃん!」
「すいません、勝手な事を言いますけど……私、このままこの村に留まろうと思うんです……」
「……どうして?」
「私……小さい頃、両親を野盗に殺されてて……だから、弱い者を理不尽から守れる、騎士になりたいってずっと思ってた」
「……」
「でも、本当はその弱い者を踏み躙るのが騎士団だったって……私……」
少し声を詰まらせながら、ヨルダは続けた。
「私、強くなりたい。弱い人達を守れる、本当の騎士になりたいんです……っ!」
肩を強張らせ、いつのまにか声を張っている事にも気付かないヨルダの頭を、カムラはそっと抱き抱えた。
「ヨルダちゃんは優しいねホントに……あなたのそういうところが、あたしは大好きなの……」
「カ、カムラ、さん……?」
「ただ一つ問題なのは、あなたは人間。あなたがやろうとしている事は、人間の治世を否定する事。あなたが考えているより、ずっと辛い未来があなたを待っているかもしれない」
抱いていた頭を離し、今度は両肩を力強く掴むと、カムラはヨルダの眼をじっと見据えた。
「臆病な騎士さんに、それだけの覚悟はあるのかな?」
「……はいっ、私は人間を守る騎士じゃなくて……弱い者を守る騎士になりたいから」
その目の光を見て、カムラはその身をブルッと震わせた。
「……いいね、人間とか関係なくあたしはそういう、より強い力に歯向かう魂ってのが大好きなんだよね」
ほんの少し、カムラの目にぼぅっと紅い光が射した。
が、ヨルダがそれに気づく事はなかった。
「だから、お二人とは……ここまで連れて来てくれて、本当にありがとうございましたっ」
「んん? 何言ってんの?」
「何って……」
「だったらあたしらも残るに決まってるじゃない。言ったでしょ?一連托生!って」
「で、でも」
「『でも』はいらない。チャーリーの面倒見るの嫌なの?」
「そんな事は……あっ」
会話の中、ヨルダの目端でほんの少し、白いマスクの顎が下がる。
「ショックだよね〜、もうあんたみたいなデカいやつの顔見たくないってさ」
「! そんな事言ってないっ」
「まずそのマスクがダサい。さらにそのマスクの上から買ってやった皮のマスクを被る神経が謎。ヤバい。ダサマスクヤバマスク」
「違います! 私は二人とまだ一緒にいたいです! 一緒にいてほしいけど……この村にいたいって言ったのは私の我儘だから……」
「なら、このダサマスクの面倒見てほしいってのも、あたしのワガママ。おあいこでしょ?」
「カムラさん……」
「あたしも、チャーリーも、ヨルダちゃんの事好きなんだ。それだけじゃ一緒にいる理由にならない?」
「そんな……」
「心配してくれてるんだろうけど……なら、あたしらを守れるぐらいに強くなってよ騎士様!」
そう肩を叩かれたヨルダの瞳は、迷いを振り切り強い決意を持って光っていた。
「……はい! 私も、強くなります……っ」
「うん、いい顔してるよ……って、んが?」
ガシッ
穏やかな眼で見つめるカムラの首を、チャーリーの筋張った指が捉えた。
そのまま軽々ヒョイッとその身体を片手で宙に浮かせる。
「ゲフッ……ちょっと、何怒って……」
脚をバタつかせ、首が絞まったままのカムラに、チャーリーはゆっくりと自身の仮面を指差した。
見る見る顔面が青くなるカムラ。
「あ、仮面の悪口言ったから……」
その言葉に反応するように、チャーリーはヨルダに顔を向けると小さく頷いた。
そしてそのまま、扉を開けてカムラを宙吊りに部屋から出て行った。
「ちょっと、オシオキ……? ゴメン、ゴメンテ……」
徐々に遠ざかるカムラの声に、ヨルダはあまり動じなかった。
一緒に居てくれる、という気持ちが嬉しかった事。
チャーリーのカムラに対しての扱いに慣れて来た事。
ヨルダは改めて、強くなろうと心に誓った。