13話 勝利の裏で
夜も更け、村から少し離れた森に動く影が一つ。
あたりを気にしながら、小声で何かを呟いている。
「そうです、大至急、部隊を回していただきたい……魔神顕現に抗する部隊だ。……違う、それでは足りないんだ……! 副総帥に直接……っ」
パリィィン!
「⁉︎ なっ……」
「失礼するよ。なかなかタフだね、チャーリーの一撃で死んでなかったなんて」
ニヤニヤしながら影に近づいてきたのはカムラとチャーリー。
慌ててその場で尻もちをついてしまったのは、先程チャーリーの蹴りで死んだと思われていたオルビルだった。
念波術式での助けを試みたが、カムラの術によって妨害されてしまったのだ。
「なぜここに……っ」
「人間の騎士と言うのは器用なんだねぇ、魔力の業で死んだフリまで出来ちゃうなんて。全然気づかなかったよ」
「ひっ……」
「にしても、魔神呼ばわりはひどくないかな? あたしはともかく、彼は一応人間なんだよ?」
「⁉︎ バカなっ! そ、そいつがただの人間な訳があるか‼︎」
「ま、気にしないでいーよ。君はどのみちここで死んじゃう訳だし」
「…………た、助けてくれ……頼む……!」
オルビルは地に頭を擦り付けながら、なりふり構わず叫んだ。
「私には妻も子もいるんだ! 私が死ねば……あの子らは……っ」
「それは大変だね。でも仕方ないしどうしようもない」
「……えっ?」
バリバリバリッ!!
途端に地面からうねるように漆黒の影が伸び、まるで大蛇のようにオルビルの身体にぐるぐると巻きついた。
「な、なんだこれはっ⁉︎」
黒い影は動転するオルビルを瞬く間に空中に張りつけた。
十字架を背負うように直立のまま動けなくなったオルビルの顔は、恐怖に引きつっている。
「解呪はムダ。君達でいう魔力とは違う力だ。ただの拘束魔法ではない」
「き、貴様は、一体……」
「君に聞きたい質問は一つだけ。……
“ここに君達の仲間はたくさんやって来る”かい?」
「……く、来る……魔神顕現と伝えれば、騎士団の特務第一級だ……少なくとも2、3日程で大部隊が来るぞ…そうなれば、貴様らも……」
己が状況に震えながらも、オルビルは強気にカムラを睨みつける。
『そうか、それを聞いて安心したよ人間』
「⁉︎」
ゆっくりと、カムラの目の色が紅く光る。
闇の中に浮かぶ紅色は、オルビルの恐怖をさらに煽り立てた。
そしてその発する声は不自然に周囲に反響する。
『いいか人間。我々は貴様らをただ無慈悲に屠り続ける。抗うことも逃げ失せることも許さない。我々はただ喰らうのみだ』
「なんなんだ……貴様ら……亜人でも魔神でも、モンスターでもないなら……一体……」
『仲間を送り込んでくるといい。捨て石でも生け贄でもなんでも構わない』
愉悦を全身に感じながらカムラのその恍惚とした表情に、オルビルはもはや言葉もなかった。
ただ原始の感情が強烈に警鐘を鳴らす。
理性が無駄と叫んでいるにも関わらず、鐘を悲壮に鳴らすのだ。
──殺される
と。
『ふふ、正解』
次の瞬間、ブチュリと肉を潰すような音が、漆黒の森に響き渡った。
森から村に帰る道中。
「怒ったの? ごめんなさいってば!」
無言で林道を歩くチャーリーの周りを、うろちょろと忙しないカムラ。
「もうやらないから! あたしは緊急時以外手を出しません! だから機嫌なおして?ね?」
その言葉にチャーリーの脚が止まった。
「なんでそんなに怒ってんの? ……あ、ヨルダちゃん蹴っぽった奴だから直接殺したかった、とか? って、そんなわけ……」
「……」
チャーリーの腕に血管が浮き出るのが見えた。
「げ、正解か……いやごめん、なんか……」
バツの悪そうなカムラを置いて、チャーリーは急に猛然と走り出した。
「あ! 待ってって! ごめんてー!」
叫びも虚しく、チャーリーの姿は暗闇も相まってあっという間に見えなくなってしまった。
「やれやれ。やっぱり元人間だねぇ……ん?」
独り言ちるカムラの周りを、光のモヤが覆い始める。
「また君かい……」
暗闇の森の中のその異様な光景に動じることなく、カムラは忌々しそうに頭をポリポリと掻く。
「今回は謝るよ。つい手を出してしまった。“彼が殺さないと意味がない”もんね」
そう言うと、光のモヤはさらに強く光を発した。
まるでカムラの言葉に食ってかかるように。
その光に応えるように、カムラの目がまた紅く光る。
『……驕るな。貴様らを覆滅するなど容易い。……二度と、我々の名を呼ぶな』
その言葉を聞いてか、光のモヤは霧散するように立ち消えた。
「やれやれだね……因果ってのは本当に、やれやれだよ」
溜め息一つつきながら、カムラの視線はヨルダのいる村の方に。
紅い光はもうその目には宿っていなかった。
次の日、ヨルダはしばらくぶりに柔らかいベッドの上で目を覚ました。
「おはようございます! 皆さん、起きられてますよ?」
声をかけてきたのは、虎族の娘。
亡き村長の娘の「リーリン」だ。
「お、おはようございます、リーリンさん…」
その明るい声に少し押されながら、ヨルダはゆっくりとベッドから足を下ろした。
「ヨルダちゃん、おはよう! 先にいただいてるよん」
既にテーブルではカムラが朝食のパンを貪っていた。
小麦の焼けた香ばしい匂いが、起き抜けにも関わらずヨルダの食欲を刺激する。
「ヨルダさんもどうぞ!」
虎族の娘に促されテーブルにつくと、さっそくパンに手を伸ばした。
「チャーリーの焼いたのより美味しいかもね〜うまうま」
「あれ? チャーリーさんは?」
「チャーリーさんなら、お墓に手向ける花を取りにって……」
リーリンがカムラに目をやると、口いっぱいパンを頬張りながらウンウンと頷いていた。
「そうなんだ……」
少し上がっていた肩が、フッと落ちる。
それを見ながら、カムラは頬張りながらもニヤニヤと顔を崩していた。
「美味しいっ」
一口食べて、ヨルダはほぅっと笑顔になった。
二口、三口と口の中に放り込む。
「お口にあって良かったです! 父が作ったパン粉は村でも評判いいんですよ」
その言葉に、ヨルダの口が止まる。
頭に浮かんだのは、最後、「人間が好きだ」と言ってくれた村長の顔。
ヨルダは音には出さず、美味しいです、と呟いた。
そして手のパンを皿に置きリーリンへ向き直ると、椅子から立ち上がった。
「リーリンさん、ごめんなさい……お父さんを、助けることが出来ませんでした……」
「!」
深々と頭を下げるヨルダに、リーリンは目を見開き、言葉も出せずおたおたした。
「ヨルダちゃん、それはもう大丈夫だって。昨日寝る前に、村の連中と散々頭の下げ合いしたじゃん。ねぇ?」
食後のコーヒーを片手に明るく冗談を飛ばすカムラの横で、リーリンも何度も首を前後に大きく振っている。
「そ、そうですよ、父ちゃんの事は……悲しいけど……でも、父ちゃんが村の事守れなかった代わりに、みなさんが守ってくれたじゃないですか」
「え……」
「父ちゃん、きっと喜んでます。この村は奴らにずっと酷い目に遭わされてきたから……きっと、喜んでると思います」
涙を滲ませた虎族の紺碧の瞳が、美しく光る。
ヨルダは声をかけようとしたが、今まさに踏ん張ろうとしている彼女に、あえて言うのをやめた。
ただ彼女とその父親の強さを見習おう。
そして、自分も強くなるのだ。
ヨルダは決意の拳を固く握りこんだ。
「はいはい、その辺にしよ? とりあえず今は食べるもの食べないと! ほら、ヨルダちゃんパン食べて食べて!」
「……そうですね! いただきます。リーリンさん、このパン本当に美味しいです!」
「ホントですか? 良かったぁ」
「でしょ? この間あっちの村で食べたチャーリーのより全然美味しいでしょ?」
「そうですね、こっちの方がふっくらしてて食感が良いというか……っ」
カムラが背中を見せて震えてる中、いつのまにか扉が開いていた。
「あ……」
そこには、例の巨体が音もなく立ちつくしていた。
何処と無く、哀しげな空気をその筋肉に纏って。
「チャーリーさん……!」
スーッと再び扉は静かに閉じられた。
横でゲラゲラと大声で笑いだすカムラ。
ヨルダの呼び止めようとしたその腕は、寂しく宙で固まっていた。




