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Bro. Blood  作者: きゅうす
Ⅰ. 斜陽の兄弟
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2. 学友と前夜 (2)


 七年棟、談話室。

 オズワルドとトラヴィスはずっと二人で話をしていた。


「お兄様方とは相変わらずなのか?」

「全く変化なし。父さんともね」

「そうか……。一番近いのはハロウィンパーティか。どうするんだ」

「呼ぶよ、呼ぶしかない。あっちも来るしかないし」

「しかしまた不仲を見せるのも心証が悪いぞ」

「今更だよ、みんな知ってるだろう? ――それより今期の履修だけど……」


 話題が尽きることはない。互いに遠慮なく言葉を交わす。

そうやっているうちに時は経ち、談話室にある古めかしくも立派な置時計の短針が十一を指す頃、玄関の方から音がした。

 二つ目の扉が開く音だ。オズワルドは立ち上がる。

 遮るものが一つなくなったせいか、聞き馴染んだ声が聞こえてきた。二人は顔を見合わせて笑う。

 オズワルドが扉まで歩み寄る前に、それはぱっと開かれた。


「おう! オズ! 久しぶりだな!」

「オーズー、お疲れー!」


 入って来たのは二人の男女だった。予想通りのその顔に、オズワルドたちも顔を綻ばせる。

 男子生徒の方はオズワルドよりも大きい。縦も横も、がっしりとした頼り甲斐のある身体をしている。黒みがかった茶の短髪と、ほとんど同色の瞳には温かみがあった。明朗な雰囲気そのままに、声も若々しく張りがあり力強い。

 女子生徒の方は、まず目を惹くのがその黒髪だ。真っ直ぐに下ろしたそれはうねりもなく、艶やかで滑らかだ。瞳の色も黒。彼女の顔立ちはおよそヨーロッパ的ではなく、東アジアの系統だった。垂れ気味の目が妙な色気を持っていて、しかし顔は派手というわけではなく、寧ろ落ち着いている。際立って美人というほどではないが、不思議と魅力的に見える女性だった。身長は、同年代の女性の平均よりもかなり高い。

 オズワルドは笑顔で二人を迎える。


「ロイ、ハツネ、久しぶり。おはよう」


 順にハグをした。二人ともそれを嬉しそうに受ける。

 ロイ・ワーグマン。ハツネ・カンザキ……神崎初音。共にオズワルドとトラヴィスと共に、七年生へ進級した学友である。トラヴィスとロイはフォード寮だが、ハツネはベリー寮に所属していた。

 所属していた、に留まらない。彼女は昨年度のベリー寮監督生。

 そして今代七年生の次席。更にはアジア人としては初となる、〝主監督生代理〟に選出された。紛う方なき才女である。


「……ん? おいオズ、お前ちょっと痩せたか?」

「いや、体重は変わってないが」

「ほんとだ痩せた痩せた、腰回りが特に」


 ロイの指摘をハツネが引き継いで、抱擁から離しかけた手を目にも止まらぬ速さでオズワルドの腰に伸ばした。


「うわっ」

「ほらぁ、前はこんなに細くなかったぞ!」


 腰を女性の手でがっしりと掴まれて、オズワルドは慌てた。


「は、ハツネ、離せ……」

「んんー、でも筋肉はあるんだよなー」


 ハツネの腕は細いが、それなりに力がある。女性を突き飛ばすわけにも、強引に押し返すわけにもいかず、オズワルドはハツネの腕を掴むしか出来ない。当然それですぐに解放されることはなく、ひとしきり腰回りをまさぐられて漸く許された。

 その頃にはトラヴィスも立ち上がり、三人の傍まで来ていた。


「ハツネ、オズを弄るのはよせ」

「やあトラヴィス、相変わらず旦那やってるのかい?」


 俺が女役か、と思ったがオズワルドは何も言わない。代わりにトラヴィスがむっと顔を顰めた。


「君ね、もう少し女性としての慎みを持ったらどうだい」

「お生憎さま、あたしは上品なお嬢様教育なんか受けてないからね。貴族好みの女性ってのは分かんないなぁ」

「いやお前のは階級云々の話じゃねェし……」

「黙んなさい」


 横で呟いたロイの耳を勢いよく引っ張れば、ロイから悲鳴が上がる。

この二人は寮は違えどかなり気の合う友人同士だ。しかしトラヴィスとハツネは、往々にして話が合わない。

 ハツネは中間階級の出身、そしてロイは労働者階級の出身だ。彼女たちは、クイーンズにおいて階級が進級に関わらないことを明白に示している。

 しかし貴族と庶民の子弟が過ごして来た環境の違いによって、大きな価値観の相違がぶつかり合うことは、少なくない。

 トラヴィスは尚も言葉を重ねようとして、オズワルドに腕を引かれて口を噤んだ。脇腹を擦りながら首を振るオズワルドは、困ったような表情ながらも嫌悪を示しているわけではなかった。


「……ハツネ、今後は控えてくれると嬉しい」

「善処しようか。でも、痩せたってのは本当でしょ?」

「…………まあ、多少は」


 黒い瞳に真っ直ぐに見据えられて、白状した。確かに夏季休暇を挟んで、オズワルドの体重は減ったしベルトの穴は一つ動いた。

 誤魔化しきれない身体の不調がある。今日は、本当に調子が良いのだ。


「おいおい、大丈夫かよ。飯食って肉付けねェとまた倒れちまうぜ! 今年はお前、生徒長なんだからよ」

「そうだな、頑張る」

「おう、頑張れ」

「ってことでお昼ごはんにしない? もーお腹空いて死にそう。食堂開いてるでしょ?」


 ハツネの言葉を受けて、トラヴィスは置時計へ目をやった。昼食には、少し早い。お構いなしに腹に手を当てて空腹を訴えるハツネに不満気な視線を送ったが、オズワルドに背中を小突かれてまた閉口した。


「食堂は開いてるが、コックを呼ぶ必要がある。俺が電話するから先に行け」

「おっ、ありがとうね、オズ」


 ハツネは笑顔でひらりと手を振って、ロイを伴って食堂の方へ歩いて行った。ロイも「悪いな」と声をかけつつ、楽しそうな足取りでついて行く。トラヴィスはその後ろ姿を見送って、オズワルドの隣で溜め息を吐いた。


「……僕はハツネと合わない」

「うん……。まあ、仕方ないさ」


 曖昧な口調で返事をしたオズワルドの、ついさっきハツネに好きにされた腰回りに視線を落として、トラヴィスは眉根を寄せる。


「君はどうしてそう寛容なんだ? ……それから、やっぱり痩せてたしクマだって酷くなったんだろう」

「あー……」


 オズワルドはバツが悪そうに顔を背けた。肯定はしないが否定もしなくなった、時折トラヴィスにとっては原因不明の酷い体調不良に襲われる学友の反応を見て、彼はオズワルドの脇腹を軽く殴った。「うっ」という短い呻き声を耳に入れ、しかしそれ以上の追及はせずに、


「電話、するんだろう。行こう」


 そう言って談話室を出た。

 オズワルドはまた腰を擦りながら、優等生らしく聡く貴族らしくプライドの高い学友を追った。

 その表情は、擽ったそうな笑顔だった。



 ◇◇◇



 昼時を過ぎてから、フォード寮にも七年棟にもかなりの人数の生徒が帰寮、もしくは入棟した。

 アルジャーノンはフォード寮で、次々に部屋へ向かう上級生たちの荷物の世話を甲斐甲斐しく焼いてやった。部屋まで運んだり、荷札を見たり、ほとんど眠気覚ましと気を紛らわす為に身体と頭を動かした。人の出入りが途切れれば談話室の隅で本を開きつつ舟を漕いだ。アーサーやアシュリーには部屋で休むように言われたが、そうすると日中に活動するという行為は一気に今以上の苦痛になる。適当な理由を述べて躱していれば、彼らもそれ以上は言わなくなった。

 オズワルドは入棟を予定していた同級生たちを、皆談話室で迎えた。握手と抱擁、多かれ少なかれ言葉も交わし、女子生徒や荷物の多い者たちを手伝った。寮を違えていたとは言え、同じ学び舎で六年間を過ごした者たち、しかも成績上位の三十名である。じっくり話をするのが初めて、という生徒たちももちろんいるが、そこに壁らしい壁はなかった。特にオズワルドは今年度の主監督生を任されているのだ、興味を持った生徒たちが周囲に集まり話を仕掛けてくる。

 結局、オズワルドとトラヴィスは夕食を七年棟で取った。折角だから全員で食べよう、と誰かが言い、同調の空気になればオズワルドが断るわけにもいかない。トラヴィスに謝ると、彼も苦笑しながら首を振った。機会はいつだってあるのだ、と。


 そうやって一週間が過ぎた。フォード寮には毎日生徒が帰って来たし、七年棟は迫り来る休み明け考査の勉強を始める者もいて静かだった。オズワルドとトラヴィスは、特にロイに勉強を教えるのに忙しかった。ロイの成績は、実際は中の中程度。七年生に進級できたのは、同寮の秀才二人に毎日付きっきりで勉強を助けてもらったからに他ならない。ロイの席次は、ぎりぎり三十席。クイーンズの七年生に落第はないが、やはり成績の低評価は面目が立たない。この休み明け考査でも、それなりの点数を目指す必要がある。

 休み明け考査は二年以上の全校生徒が一斉に受ける。寮でも勉強を始める者もいるが、それより再会を懐かしむ生徒が多かった。アルジャーノンは、テストもないうえに再会を楽しむ人間もいないので、暇を持て余して本を読んだ。兄さんに会いたい、と何度か思ったが、七年棟まで赴くようなことはしなかった。またアルジャーノンに興味津々で話しかけてくる上級生も後を絶たなかったが、一部は彼の手元を覗き込み、彼が読んでいるのがフランス語で書かれた書物だと気付いて、静かに離れていった。

 そして人が多くなるにつれ、アルジャーノンに向けられる目の中に、先代監督生、現主監督生の弟に向けられる好奇の目の他に、別の意味合いを含むものが増えていった。

 それは主に貴族の子弟からの視線。

 アルジャーノンはそれに気付きつつも、何の行動を起こすこともなかった。

 一週間。

 そのうちに、上級生が出揃った。



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