大学芋の約束
第七十九話
「大学芋の約束」
赤嶺家の台所には、甘い匂いが満ちていた。
静子が揚げたさつまいもを、照りのある蜜に絡めていく。
光子と優子は、椅子の上でほとんど前のめりになっていた。
「まだ?」
「もう食べてよか?」
静子が笑う。
「熱かけん、ちょっと待たんね」
美香は、隣に座るアキラをちらっと見た。
「アキラくん、いつもこれ食べよると?」
「たまにです。秋になると、ばあちゃんが作ってくれて」
「いいなぁ」
「また来たら、作ってくれると思います」
美香は少しだけ目を丸くした。
「また……来てよかと?」
アキラは、照れながら頷いた。
「はい。来てほしいです」
その瞬間、光子がぴくっと反応した。
「聞いた?」
優子も小声で言う。
「聞いた」
美香の顔が一気に赤くなる。
「二人とも、聞かんでよか!」
光子がにやにやする。
「美香おねーちゃん、またトマトたい」
優子が冷静に追撃する。
「今日はさつまいも畑やけど、トマトも収穫できたね」
「優子まで!」
アキラも顔を赤くして俯いた。
優馬は少し離れた席で、腕を組んでしみじみ言う。
「青春やなぁ」
美鈴がすぐ突っ込む。
「優馬、しみじみせんでよか」
やがて、大学芋が大皿で出された。
外は少しカリッとして、中はほくほく。
蜜がつやつや光っている。
美香が一口食べる。
「……おいしい」
その声は、思わずこぼれたものだった。
アキラは嬉しそうに笑った。
「よかった」
美香は、大学芋を見つめながら言った。
「うち、昔は食べることが怖かったと」
場が少し静かになった。
でも、美香は続けた。
「でも今は、みんなで食べるの、楽しいって思える」
静子は、そっと微笑んだ。
「それはよかったねぇ」
安三郎も頷く。
「食べるもんは、人ば責めるためにあるとやなか。元気になるためにあるとよ」
美香は静かに頷いた。
「はい」
アキラが、小さな声で言った。
「また、一緒に食べましょう」
美香はアキラを見た。
胸の奥が、またあたたかくなる。
「うん。また一緒に」
光子が勢いよく手を挙げる。
「約束!」
優子も続く。
「大学芋の約束たい」
美香は笑った。
「大学芋の約束……」
アキラも少し笑う。
「いいですね」
四人は、小指を出した。
美香、アキラ、光子、優子。
小さな指がつながる。
「また、みんなで大学芋食べる」
「約束たい!」
光子が言うと、優子が真面目に付け加えた。
「ただし、みっちゃんは口に入れたまましゃべらんこと」
「そこも約束に入ると!?」
みんなが笑った。
秋の農場に、やわらかな笑い声が広がる。
美香は思った。
約束という言葉が、怖くない。
また会う。
また食べる。
また笑う。
そんな未来を、誰かと交わせる。
それは、美香にとって、とても大きなことだった。
帰り際、アキラは門のところまで見送ってくれた。
「今日は、来てくれてありがとうございました」
美香は首を振った。
「ううん。うち、来られてよかった」
「また……」
「うん。また来る」
美香がそう言うと、アキラは少し安心したように笑った。
車に乗る直前、光子が窓から顔を出す。
「アキラくん!」
「はい?」
「美香おねーちゃんのこと、よろしく!」
美香が慌てる。
「みっちゃん!」
優子が横から言う。
「みっちゃん、それはまだ早か」
「まだ?」
「まだ」
アキラは真っ赤になっていた。
美香も真っ赤だった。
優馬は運転席で笑いをこらえ、美鈴は呆れたように笑っていた。
車が走り出す。
美香は窓の外を見る。
遠ざかる農場。
手を振るアキラ。
胸の奥に残る大学芋の甘さ。
そして、小指に残る約束の感触。
美香は小さく呟いた。
「また、行きたい」
美鈴が助手席から振り返る。
「うん。また行こうね」
光子と優子が同時に言う。
「大学芋!」
「約束!」
美香は笑った。
過去は消えない。
でも未来には、こうして新しい約束を置いていける。
美香は、少しずつそのことを知り始めていた。




