全ては、ここから。(2)
12時30分。
全校生徒が待ちかねたチャイムの音が鳴り響くと、一斉に校内は騒がしくなる。
「りん、行くよ」
お弁当を持った彼女が、私の所までやってきた。
「うん、あ、ちょっと待ってね」
私はどうやら他人と比べて少し行動が遅い。
だから、いつもぐずついてしまって、よく他人を怒らせてしまう。
朋子もよく私がぐずつくと愚痴を言うが、幼稚園のころからの付き合いだからだろう、
その文句には悪意は見られなかった。
「よし、じゃ、行こう」
私たちはAクラスの教室を出て、Cクラスへと向かった。
「遅えよ」
Cクラスの教室に入ると、既に恭一君は焼きそばパンをたいらげていた。
最近、3人で恭一のクラスで昼ごはんを食べることが増えた。
おかげでCクラスにも知り合いが増えて、それなりに楽しい。
「はぁー。これだから野蛮人は」
朋子がわざとらしく肩をすくめて大きくため息をついた。
「何だよ、その野蛮人って」
2人のいがみ合う様子を見て、周囲のクラスメイトがからかってくる。
「あれ?島田、なにまたハーレム作っちゃっているのかなぁ?」
「は?これがハーレムなんて笑わせるなよ」
周囲の男子生徒と恭一君がけらけらと笑い合っている。
別に冗談だってわかっているのに・・・。
感情は、面倒くさいくらいに、敏感に反応する。
「ねぇ、島田」
突然、私の背後から声が聞こえた。
少し驚いて後ろを振り向くと、私より30センチはあるのだろうか、見上げるくらいの背の高い人がいた。
(・・・綺麗な顔だなぁ)
至近距離で見るそれは、まるでどこかの絵画から抜け出してきたようだ。
さらさらの黒い髪に、
白い肌、
長いまつげ。
高い鼻に、大きくて澄んだ瞳。
美男子、という言葉がこれほどまでに似合う男性を、私は見たことが無い。
こんな人、Cクラスにいたのか。
でも、どうして今まで気がつかなかったのだろう。
「どうした?」
「僕、ちょっと屋上で昼寝しているから、もし授業5分前まで帰ってこなかったら、僕に電話かけてもらっても良いかな?」
耳に心地良い声。
聞き惚れてしまいそうになる。
「あぁ。別にかまわないぜ」
「そっか。助かったよ。後で牛乳でも買ってやるから」
「はぁ?それだけかよ」
「分かった、分かった。カレーパンとセットで手を打ってくれよ」
「しょうがねえな」
その人はにっこりと優しく微笑んで、私たちのそばを離れて行こうとしたが、その瞬間、彼の腕が私の肩にぶつかった。
「あ、ごめんね。大丈夫?」
彼がそっと私の肩に手を置く。
ふわ、と柑橘系の果物のような、甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。
男物の香水にしては甘いけど、きつ過ぎず、どこか爽やかな、良い香り。
「はい、平気ですよ」
その仕草に、少しどき、とした自分がいた。
「本当、ごめんね。それじゃあ」
そう彼は言って、爽やかな笑顔で私に手を振ってくれた。
思わず手を振り返さないではいられない。
「相変わらずの爽やかスマイルだね、櫻田君。ここで昼ごはん食べないの?」
「どうやら食欲より睡眠欲らしい。いつも昼休みになるとどっか行っちゃうよ。
授業中も寝ているところ見ないから、どっかで軽く食べて済ませているんじゃないの?」
「はー。凄いね。さすがアイドルは違う。しかもさ、一人称は『僕』なんだ。『俺』とか『俺様』とか言っているのかと思っていたけど」
2人の会話に、私は驚いた。
「え?あれが櫻田君なの?」
「・・・え、知ってたんじゃなかったの?」
今度は2人が私の発言に驚いていた。
「・・・えっと。存在は知ってたけど、顔は近くで見たことなかったから」
実際私が知っている彼の顔は、高校入学当初、皆があまりにも噂するものだから、インターネットで調べた写真のものぐらいだった。
ブロマイドの写真で見た彼の顔より、さっき見た方が断然かっこいい。
というより、美しい、という言葉の方が適切に思える。
(うーん、皆がファンになるのも納得・・・かも)
あの時は、単純に「かっこいいなぁ」と思ったぐらいだったけど。
「あはは。りんって本当面白いな」
大きくて角ばった手で、くしゃくしゃ、と恭一君に頭を撫でられた。
部活で焼けた肌に、白い歯が光る。
それを見て、どき、と心臓の鼓動が高鳴る。
同時に、胸の奥がとても温かい。
こうやって頭をぐしゃぐしゃって恭一君にされる時が、私にとって、とても貴重な時だった。
だけど、ちょっと照れくさくて、
ぐしゃぐしゃにされたところをもう一度自分の手でセットしなおしてしまう。
「ま、とりあえずご飯食べよ」
朋子がいつの間にか櫻田君の机と椅子を恭一君の机にくっつけていた。
「りんは私と椅子、半分こでいっか」
「うん」
私たちは背をむきあって1つの椅子に座り合う。
「おい、それじゃあ狭いだろう」
そう言って立ち上がると、恭一君が先生用のいすを持ってきた。
「ほれ、座りな」
私の隣に、その椅子を置いてくれた。
「あ、うん。ありがとう」
私はできるだけの笑顔で彼にお礼をする。
彼はただそれに頷くだけで、またもう一つのコロッケパンをむさぼるように食べ始めた。
(ふふ、可愛いなぁ)
恭一君の食べ方は中学時代から相変わらず。
それすら愛おしく思えてくる自分って、変なのかな。
「あ、それ上うまそうだな」
私のお弁当箱の中に入っていたコロッケが、恭一君に見つめられた。
大好きなクリームコロッケだったから、少し惜しいけど。
「食べる?」
「ちょっと恭一。りんのお弁当までねだるんじゃないわよ」
「朋子はうるさいなぁ。りんが良いって言ってるから良いんだよ」
恭一君に食べてもらえるなら、私のクリームコロッケも本望というものだ。
・・・と思っているのもつかの間、恭一君の指が伸びてきて、
あっという間にそれが彼の口の中に放り投げられた。
「あー、おいしい!男爵も好きだけど、クリームコロッケも良いよな」
満足げな笑顔を浮かべる恭一君を見ているだけで、私の胃も幸せになれる気がする。
残りのおかずを食べながら、私たちはいつも通り、昼休みを堪能した。




