幕間
今回はユウタの出番がないので三人称でお送りします。本編にはあまり繋がらないので、読み飛ばしても大丈夫だと思います!
「もう! イルザがイジリすぎるから、ユウタ君がどっか行っちゃったじゃない!!」
「でも面白かっただろう? あいつは良いリアクションをするからな。見ていて飽きないんだ」
イルザが底意地の悪い笑みを浮かべて、なみなみと注がれたエールを煽る。まるで話を聞いていないイルザに、シーシェは呆れたようにため息をついた。この長い付き合いの友人は、人の話を聞かないのだ。それはイルザに限らず全員に言える事だが、彼女は特に酷かった。
そんな幾度となく繰り返して来ただろうやりとりを眺めていたディアが、新たな注文をしながら口を開く。
「……今回の戦いでユウタに二つ名がついて、冒険者に限らず広く名前が知られるようになったね……」
「……ああ。今までは気に留めなかった奴らもユウタに注目するだろう。となると、悪い虫がつく可能性が……」
「──ダメです!! ユウちゃんは私達のものです!!!」
ガタン! 長イスを隣に座るシーシェごと倒し、顔を真っ赤にしたレーテが立ち上がった。
イルザの言葉に反応したみたいだが、かなり酔っ払っているせいで情緒が不安定のようだ。……ジョッキでエールを二桁呑めば酔うのは必然とも言えるが……。
「どうどう。何もすぐにどうこうなるわけじゃないさ。そうカリカリするなよ」
「でも〜、でも〜……。ユウちゃんは可愛いですから! かわいすぎるんですぅぅぅうう!!」
だんだん呂律だけではなく思考回路までぶっ飛んで来たレーテ。優しげに細められたタレ目からは理性の光が消え、うさ耳がしょぼん。と、気持ちを表すかのように伏せられてしまった。
「あ〜、シーシェ。この酔っ払いの相手を頼むわ」
「任せて! 寝るまで酔わせて、そのあと毛布をかけて放置しておくよ!!」
「……何気にシーシェが一番辛辣……」
おいおい泣くレーテを半ば放置し、3人は真剣な表情で見つめ合う。
隣の席の冒険者がナンパしてくるが、軽く無視をして、
「実はさっきコゼットちゃんから聞いたんだけどね、ユウタ君がボルドーさんと模擬戦をしたらしいんだよね」
「──なっ! そんな無謀なことをしたのか!? あいつらしくもない……」
銀色の耳をピン、と立て驚いたようにイルザがジョッキを下ろす。
その反応にしてやったりと微笑んだシーシェが、宝物について語るように慈しみを込めて言葉を紡ぐ。
「でしょ? 私も最初は信じられなかったんだけど、その後の話を聞いて納得しちゃった。ユウタ君は、私達の思った通りの子なんだって──」
自分の言葉を反芻するように、温かい気持ちを確かめるシーシェ。
それを眺める2人は、焦らされるような気持ちがして不機嫌になっていく。
「で、結局どうしてユウタは戦ったんだ? もったいぶらずに教えてくれ」
「……気になる……イルザがちっぱいな理由と同じくらい気になる……」
「──おい。しばき倒すぞコラァっ!」
アルコールという可燃物があるせいで、いつもより早くイルザの導火線に火がついた。
「まあまあ。喧嘩してたら続きが話せないよ?」
「……っぐ、それを言われると辛い……!」
シーシェに指摘されると顔をしかめ、拗ねたようにジョッキに口をつける。ディアが獲物を見つけたような目つきになるが、シーシェが見つめると肩をすくめて、
「……それで、何でユウタはボルドーに絡んだの……?」
と、責任を取るかのように話を戻した。
「あ、うん。ユウタ君はね──私達のために戦ってくれたみたいなの」
「ああ! ユウちゃん、愛してますぅぅぅう!!!」
「酔っ払いは黙ってろ! ──ったく、それで? 私達のためっていうのはどういう事なんだ?」
ユウタという単語に反応したレーテを宥めつつ、イルザがシーシェに続きを促す。なかなか話が進まないせいか、額には血管が浮かんでいた。
「それがね、ボルドーさんがユウタ君を焚きつけるために私達の悪口を言ったんだって。それでユウタくんが怒って、一生懸命戦ってくれたらしいよ」
ユウタがメイド服で拭きを振り回している姿を想像したのか、温かい眼差しで語るシーシェ。嬉しさからか、金色のしっぽがテーブルの下で激しく揺れている。
「……なるほど、ユウタらしい理由だ……」
「ああ。義理堅いというか、生真面目というか……ま、嬉しくはあるんだけど……」
まだ出会って間もない少年を思い浮かべ、温かい気持ちが胸の内から湧き上がる。あの不思議な少年は抜けたところがあるが、なかなか一本筋が通ったところがあるのだ。そこに関してはイルザも認めているし、素直に賞賛したい。
──が、それは置いておいて、まずやらなければいけない事は、
「──どうやってボルドーを始末するかだよな」
ユウタをひどい目に合わしたアホへの制裁である。
「……軽く火あぶりにして、その後にアイアンメイデンに入れればいい……」
「それじゃ優しすぎるよ! 全身みじん切りにした後、犬の餌にするくらいがちょうどいいと思います!!」
「まてまて、生きたまま地面に埋めるのはどうだ? その方が恐怖は多いだろう?」
酔っているせいか、理性がぶっ飛んでいる3人は、周りに引かれていることも気づかずにボルドーの処刑方法について話を弾ませている。
そして、そのまま処刑まで済まそうと立ち上がった、その時、
「──祝いの席で物騒な話をするもんじゃありませんよ」
凛とした声が聞こえ、3人は光の灯っていない瞳で見上げた。
「ああ、ミラベルさんか……。今は忙しいんだ、用事なら別の時にお願いね」
「はぁ……、別に仕事の話じゃありませんよ。ただあなた達と話しに来ただけです」
「ついでに私達もいるよ〜ん!」
シーシェの隣に座ったミラベルに続き、だいぶ出来上がっているベティとコゼットが姿を現わす。いつもキッチリ着ている制服を着崩し、周りの視線を集めながら追加の注文を取り、そのまま空いている席に腰を下ろした。
「あは〜! みんなお疲れ様〜! 顔なじみのメンツが集まったことだし、もう一度乾杯しましょう!!」
と、陽気なベティがグラスを掲げ、乾杯の音頭をとる。
ガシャーン。とグラスを合わせ、互いに『お疲れ様!』と労わりあう。
「ぷは〜っ! 仕事終わりの一杯は最高にうまい!! 生きてて良かった〜!!」
「相変わらずオヤジ臭いわね……まあ、その気持ちはわかるけど」
口元に泡をたっぷりと付けたベティが、豪快にエールを飲んでいく。普段ならもう少し周りを気にするが、今は宴会の途中なのだ。誰も細かいことなど気にしていない……というか、それ以上に目立っている連中が居るだけなのだが……。
ともかくシーシェ達の殺気立っていた空気は鳴りを潜め、徐々に女子会へとシフトして行く。
「そういえば、ユウタ君を預かってくれたお礼を言ってなかったよね!」
「んもう、そんな事でお礼なんて言わなくていいのよ! 私もユウ君と過ごせて楽しかったもの!!」
いやんいやんと体をくねらせ、何かを思い出すように頬を蒸気させるベティ。
周りから飛んでくる不躾な視線を蚊でも払うかのように蹴散らし、コゼットが楽しそうに唇を開く。
「私もよ。ユウタ君は本当にいい子だし、仕事はできるし、可愛いんだもの。このままずっと預かっていてもいいわよ」
「それ、名案ね! 私も賛成よ!!」
ぱちーん! と両手を合わし、乗り気な2人。だが、そんな事をシーシェ達が許すはずも無く……
「──だっめっでっすぅぅぅうう!! そんな事許しませんよぉぉぉぉ!!!」
へべれけだったレーテが復活し、滂沱の涙を流しながらコゼットに詰め寄る。
「ユウちゃんは私達の天使なんです!! 絶対に渡しませんよ!!」
「そうだよ! ユウタ君は私達と暮らすんだもん!!!」
それに追従するようにシーシェも抗議を始めた。
……厄介ごとの匂いを感じ取ったディアとイルザは、こっそりと席を外したのだが、興奮している彼女達は気づく気配すらない。
「ええ〜! いいじゃない、ユウ君を頂戴!! 幸せにするから〜!」
「却下です! ユウちゃんは私達が幸せにするので、ベティは引っ込んでいて下さい!!」
「そうそう! ユウタ君は私達と一緒に暮らすの!! ベティには渡さないよ!!」
「なら、私がユウタ君を預かるわ。正直ユウタ君が居るか居ないかで、仕事効率が全然違うのよ。今更手放せないわ」
錯覚だろうか。視線が交わるだけで火花が散り、周囲の温度が急上昇して行く。
その異様な熱気の中で、清涼剤の効果を果たして居たミラベルまでもが、この修羅場へと起爆剤を投入する。
「──あなた達は何を寝ぼけたことを言っているのですか? ユウタ君は私がもらいます」
「「「「はいぃぃぃ!!?」」」」
凛とした声で堂々と告げたミラベルだが、よく見ると目が座っている。
……この場で唯一の良心とも言えるミラベルが参戦したことで、遂にストッパーが消えた。歯止めが効かなくなった争いは、とうとう武力衝突へと発展する。
「ふっふふふ……ミラベル、貴方もですか!! こうなったら、全員実力で黙らせます!!」
「了解だよ!! 援護は任せて!!!」
「にゃははは! このベティちゃんを簡単に倒せると思うなよぉ〜!」
「同感よ。いつもアホどもの相手をさせられて鍛え上げられた格闘技!! 存分に味あわせてあげるわ!!!」
ガシャーン! テーブルを蹴り上げて臨戦態勢をとる4人。無残にも飛び散った料理が隣の席の冒険者へと降りかかり、『ごはぁっ!』とテーブルの下で断末魔をあげいる。
そして最後まで優雅に足を組んでいたミラベルも立ち上がる。その手には、いつの間にかサーベルが握られていた。
「まったく。貴方達も教育し直してあげます。まとめてかかってきなさい!!!」
「──へ〜い! そこのかわい子ちゃん達ぃ〜! 今日のMVPであるシキが来た──「「死になさい」」 ぐぼらぁ!!」
全裸のシキがカットインしたが、ゴミを扱うように切り刻まれる。
『ヤベェぞ!! 白目むいてやがる!! タンカを持って来い!!!』
『ぎゃあぁぁあ!!! ミラベルさん達が喧嘩してるぞ!! 巻き込まれる前に退避しろぉぉ!!』
「く……っ! 腕を上げましたね。私の大鎚を軽々受け止めるなんて!!」
「へっへ〜ん! 弱くちゃ受付嬢なんて務まらないんだよ!!!」
周りの被害など気にせず、暴風のようなレーテの大鎚がベティを追う。
グシャ! バキ! ズガンッ!!
触れるだけでゴブリンを肉塊に変えた鉄槌が、逃げ遅れた哀れな冒険者達をボールの様にかっ飛ばす。
『待て待て待て! お前の攻撃を食らったらさすがに死──あひょん!』
『はぁ……はぁ……レーテたんのご褒美──ありがとうございます!!!』
──ガッキィィン。
快音を響かせ、冒険者達が蹴散らされる。無様にも宙を舞った男達は、天井へとオブジェの様に突き刺さっていった。
その惨状を尻目に酒を呑む冒険者達は、はやし立てながら賭け事まで始める。
『俺はシーシェちゃん達に金貨1枚!』
『俺なんてベティちゃんがポロリするのに命を賭けるゼェ!!!!』
……アホは自分の命の危機を築かないからアホなのである。その証拠に高みの見物をしていた吞んだくれ達は、予想通り巻き込まれて行く。
『ぎゃァァァ!! こっちに来ないでくれぇぇ!!!』
『た、頼む!! その凶器をこっちに向けないで下さい!!』
『グハッ! し、死んじゃうから!! これ以上は死んじゃうからぁぁっぁあ!!!』
「はあ、はあ……ちょこまかと鬱陶しい!! いい加減潰れて下さい!!!」
「嫌ですぅ〜! 私を倒したかったらコスプレでもしてきなさい!!」
好き勝手破壊の限りを尽くした2人は、酒場の中央に陣取る。シーシェ達も膠着状態になったのか、それぞれ距離を置き睨み合う。
それぞれが、一騎当千の傑物達。彼女達の殺気はドス黒いオーラとなって、遂には肉眼で見えるまでにもなった。
そんな危険地帯から野次馬が距離を取る中、自体をさらにややこしくする人物が進み出た。
「──おうおうおう!! 面白い事やってんじゃねか。俺も混ぜろ!!!」
「「「「ボルドー……ユウタ君をいじめた張本人ね!!!」」」」
問題児筆頭の登場に、全ての殺気が集中する。もはや視線だけで人が殺せそうな5人の少女達は、即座に攻撃目標を変更し、臨時同盟を結成した。
「みなさん。一時休戦してあの産業廃棄物を処理しましょう」
「ええ、賛成です。彼のせいで、私がどれほど始末書を書いたことか……!」
「ユウちゃんの受けた痛み……、今こそ百倍にしてお返しします!!!」
「う〜ん、ボルドーさんか〜……戦ったら面白そうね〜!!」
素早く陣形を整え、好戦的な笑みを浮かべる5人の少女達。ここにボルドー包囲網が完成してしまった。
うおぉぉぉ!! と、いつの間にか復活していた冒険者達が、酒を片手に見物を始める。一瞬にして修羅場が完成してしまったギルド二階の酒場に、最強の変態が再臨する。
「──美少女との格闘!! くんずほぐれつお願いします!!!!」
歩く規制対象はむき出しになった下半身を隠さずに、シーシェ達へと襲いかかる。
そしてカサカサと床を這いながら、ローアングルで欲望のまま行動し始めた。
「気持ち悪い!! 近寄らないでぇぇ!!!」
「良いではないか〜良いではないか〜!!」
「オンドリャ!! もっとかかって来いやぁぁぁああ!!!!」
「ユウちゃんを害する愚か者は私が抹殺します!!!」
観客を巻き込んで始まった泥沼の闘争。『頼むから喧嘩はやめてぇぇっ!!』というギルドマスターの叫びは虚しく、一晩中収まることはなかった──




