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プロポーズをされました

 暖かい春の日差しが窓辺から差し込んでいた。


 わたしはケーキを頬張ると、目を細めた。


「おいしい」

「最近、太ったんじゃない?」


 仁美はフォークを片手に、そうからかった。彼女の左手には指輪が煌めいていた。それをもらったのは今年に入ってから。相手はもちろん松永さんだ。二人は長い交際の末、婚約をしたというわけではない。年が明けてすぐ、松永さんが突然仁美にプロポーズをしてきたらしい。


 仁美は突然の話に驚いたものの、即時にそれを受け入れていた。二人は付き合うこともなく、婚約をしてしまったのだ。

 それからは恋人同士として仲を深めているようだ。


「気にしているのに」


 わたしが頬を膨らませると、仁美は笑っていた。

 それからの彼女は例外なく幸せそうだ。


「でも、幸せそうでよかった」

「本当に毎週よく来ますね」


 呆れ顔を浮かべた茉優さんがわたしたちの席にやってきた。

 彼女は無事にこの春、大学院への進学を果たしていた。それから週末だけお店の手伝いをしているようだ。

 わたしと仁美はここ数か月、休みの日は頻繁に通うようになり、常連になりつつあった。


「だって本当においしいんだもの」


 そう満足そうに言う仁美に、茉優さんは困ったような笑みを浮かべていた。


 聖と再び恋人になったのを一番喜んでくれたのは茉優さんだった。そして、彼女から彼を泣かせたら許さないと念を押されたのだ。その彼女の行動に、彼への深い愛が見て取れた。


 彼女は自分の夢に向かってかなり努力しているようだ。今のところ、舞香の弟とどうこうとか、男性の影が見えたりもしないようだ。


 わたしの親にも聖と再び付き合い始めたのをきっかけに、恋人がいるとは伝えていた。

 さほど驚いていなかったのは、わたしの様子から新しい恋人の存在を感じ取っていたのかもしれない。


 そのとき、お店の扉が開き、聖が入ってきた。

 彼がわたしたちのテーブルまで来ると、仁美が立ち上がる。


「じゃ、行くね」

「うん。ありがとう」


 今日は聖が用事があるらしく、それまで仁美と一緒にここで時間を潰すことにしたのだ。


 仁美はこのあと、松永さんの家に行くらしい。

 彼女は会計を済ませると、店を出て行った。


 彼は茉優さんが戻ってくるのを待ち、ケーキセットを注文していた。


「元気だった?」


 聖は困ったような笑みを浮かべて頷いていた。

 雄太と春奈さんは無事に挙式を上げ、新生活をスタートさせていた。


「元気そうだったよ」


 彼は二人に会いに出かけたのだ。

 雄太と聖は少しずつだが、顔を合わせているようだ。雄太に会うときは、わたしに教えてくれた。

 今日は聖が雄太の家に用事があって顔を出したようだ。


 彼は短く息を吐いた。


「こんなこと言っていいかわからないけど、春奈さん、赤ちゃんができたらしい」

「そうなんだ。もう気にしていないよ。よかったね」


 わたしは笑みを浮かべた。

 あの日、わたしは過去にあの二人に抱いた気持ちに決別したのだ。だから、羨んだりすることも特にない。取り繕ったわけでもないわたしの本心だ。


「そっか」


 聖がほっとしたように目を細めた。

 わたしの返事に安心したのもあるだろう。

 だが、以前茉優さんが語ってくれた二人の別れの要因も無関係ではないような気がした。

 そのとき、ケーキが届き、聖は会話を打ち切ると、それを食べ始めた。

 わたしたちはお店を出ると、ほっと一息ついた。


 わたしと聖はあれから再び恋人として付き合い始めた。以前とはどこか違い、ぎくしゃくした感じも否めない。だが、そんなちぐはぐな感じも、時間とともにマシにはなってきているとは思う。


 その未来が永遠に続くかなんてわからない。雄太の言ったように、聖が耐えられなくなる可能性だってある。

 そのときはそれを受け入れようとは覚悟していた。それはどうやっても消すことのできない過去の一片なのだから。


 願わくば、今の時間が一瞬でも長く続いてほしい。

 そうしたことを願うくらいは許されるだろう、と。

 わたしはわたしの隣を歩く聖を見て、唇をそっと噛みしめた。

 その彼の視線がわたしに移った。


「今年か、来年、ほのかさんの都合がいいときでいいから結婚しよう」


 わたしはその言葉に驚き、聖を見た。


「今日、兄さんのところに行ったのはそれを話すためだったんだ。もっとも反対されてもそうするつもりだったけど。だから、考えてほしい。兄さんとはそんなに関わることはないといっても、無関係とはいかないし、ほのかさんには辛いことが多いだろうし、返事はすぐにとはいわないけど」

「後悔しないの?」


 嬉しいという言葉より、そんな不安感が先にあふれ出してきた。

 結婚となれば、付き合うとはわけが違う。


「ほのかさんとこのまま会わなくなったほうが後悔する気がする。やっぱりほのかさんにこうして傍にいてほしいと思う」


 屈託なく笑った彼の言葉に、わたしはそっと唇を噛みしめた。

 親にも言わないといけない。反対されるだろうか。それはわたしにはわからない。

 仁美や舞香にも伝えて。

 これからわたしがしなければいけないことをいろいろ考えるが、それ以上に不思議な感情が心の中を満たしていって、いっきに押し流していった。

 わたしの視界が霞んでいく。


「ほのかさん? 嫌なら別に」

「嫌じゃない。嬉し涙。ありがとう」


 彼はその過去を一緒に抱えてくれていこうとしてくれるのだろうか。その時間が命ある限り続くかは分からないのは分かっている。


「よかった」


 聖が手を差し出した。

 わたしがその手に触れると、彼はわたしの手を握りしめてくれた。


 わたしたちはいろいろあったし、これからも何かあるかもしれない。彼がそばで笑ってくれているのなら、わたしもその彼の心に報いれるように生きていこうと心に誓った。


                  終




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