と或る使用人の独白。
少し長めです。
私はリネンハイム公爵家の第一令嬢様に仕えさせて頂いている者です。
ええ、仕えているんです。
リネンハイム公爵家で色々とお手伝いをするという求人広告が貼られてから、私の町から隣町その隣町に至るまで騒然として、大勢が押し掛けて面接をこなして、そんな中で私が高すぎる倍率を潜り抜けたとしても。
一介の町娘には一生お目にかかることのなさそうな公園よりも近所の林よりも広い庭園に、見たこともないような大きな噴水と見たことのない種類の花が咲いていても、膨らんだ町娘の想像程度を軽く越す大きさのお屋敷を見ても。
怖そうなおばさんに質からして私の私服と違いすぎるメイド服を渡されて心を躍らせても、毛の一本一本が庶民とは違う箒でお城みたいに長くて広い場所をひたすら綺麗にしても。
やっぱりさっぱり実感は湧きませんが、私は仕えているのです。
実感が湧かないのには理由があります。
一つはあまりに夢のよう過ぎて、庶民の私には毎日の実感が湧かないのです。
もう一つは…。
「ちょっと貴女!これ、運んでおいてって言ったでしょう!?
この私の命令に従えないなんて、一体何を考えているの!!」
「早くここも拭きなさい!こんなのろまを雇ってあげてるんだからさっさと仕事しなさい!!」
「何してるの!これ洗ってって言ってるじゃない!!出来ないなら辞めさせてもいいのよ、私が少し口添えすれば…」
このクソ共…こほん、お嬢さん方はリネンハイム公爵家の第一令嬢様ではございません。
このお方たちは第一令嬢様にお仕えする方々です。
それでは私の同僚ではないかと思うのですが、いえ、その通りなのですが彼女たちは私とは違います。
「早く庭掃除しなさいよ!私がシアン様に嫌われたらどう責任を取るおつもり!?」
この人たちは私のような町娘ではなく、皆どこかのお家のお嬢様なのです。
リネンハイム公爵家という殿上人過ぎてよく分からない方々のお付きになった、という名誉と、リネンハイム公爵家が直々に雇うことを願い入れる程に器量が良くて素晴らしい娘、というレッテルが欲しくてここに奉公しに来ています。
後者が欲しいならせめて仕事をしろと思ってしまうのは、私がただの町娘だからでしょうか。
貴族の世界は良く分からないものです。
「この私がどうしてこう物分かりの悪い者と話さなきゃいけないの!早く私の仕事をしてと言ってるでしょう!?」
随分偉そうだけど私という庶民と言葉を交わす位のお家なので、多分、男爵家か子爵家辺りのお嬢様だと思います。
彼女たちは一切ほとんど仕事をしません。
具体的に言うと、彼女たちの更に上のメイド長が一礼をするくらい上に、アリア様とシアン様という方がいらっしゃるのですが、その方々から彼女たちは仕事を争奪戦で貰い受けて、私たちに全てを流します。
「シアン様から仕事を頂いたわ…!!そこの貴女、この私の代わりにしなさい!急ぎなさいよ?好感度を上げなきゃならないんですから!!」
流したあと、私たちから全ての成果を取り上げて、自分がしたと言うようにしかも話を盛って報告します。
そして何かあったら全てを私たちに押し付けます。
そして、私の架空の悪行まで並べ立てて辞めさせようとするのです。
まあ、押し付けられた所で辞めるには至りません。
公爵家の方々はそう何回も下っ端の面接などに手を割いていたくないし、仕事をしているのは全て私たち下っ端である事も理解していらっしゃるからです。
給金も素晴らしいですし、本当にこのお嬢様方以外は最高の職場なのですが…。
そうそう、彼女たちが仕事を全くしていなかったおかげで、この間のひなまつりなるものの時、一騒動起きました。
私たち下っ端は第一令嬢様の御前には姿を見せません。
私たちは第一令嬢様の部屋に入ってくまなく掃除をしても、顔を見た事もないのです。
それが当たり前なのです。
しかし、この間のひなまつりの時は、備品を運んで組み立てるのが、第一令嬢様のいらっしゃる目の前のお部屋だったのです。
ですからいつもの通りシアン様からのご依頼を私たちに押し付けたお嬢様方は、功を焦って私たちから荷物を奪い、裏のドアから部屋に持って行きました。
それは依頼したシアン様と第一令嬢様に頑張っている姿を見せたかったからなのですが、本当に逆効果でした。
何故なら、まず重くて運べないのです。
それでもありったけの力を振り絞って一つ一つを部屋に運び入れました。
すると、まず、ドシンと置いてしまってアリア様やシアン様がそちらに注目します。
アリア様が第一令嬢様の気を引き付けて失態を隠している内に、シアン様が叱るという連携プレイだったと聞いています。
次ですが、全く組み立てられません。
そもそも全てを任せてしまっていたお嬢様たちには組み立てなんて出来なかったのです。
ですからメイド長が私たちを部屋の中に向かい入れようとしました。
ところがお嬢様たちがそれを阻みます。
汚らしい町娘たちを第一令嬢様のお部屋になんて入れられないと喚くのです。
掃除のためにいつも入ってるんですけどと反論しながら、確かに第一令嬢様のお姿を見るのは…とも思っていました。
そうして、仕事の出来ない、でもアピールしたいためにしてる振りだけをするために私たちを部屋に入れないお嬢様たちと、私との言い争いは一向に止まらず、結局お嬢様たちが家の名前をそれぞれ出してきたので、メイド長は本当は引けないけれど私たちを引かせたので、私たちはその場を去りました。
あとに残ったのはシアン様とアリア様と第一令嬢様と、仕事をしないで様子を見るだけのお嬢様たち。
とても不安でした。
案の定その不安は大当たりしました。
シアン様が第一令嬢様の伝言か何かを自ら持って行った時に、数人のお嬢様たちは仕事を放棄してそちらを追いかけて行ってしまったそうです。
まあ、出来ない仕事をしている振りなんて、お嬢様たちには苦痛でしかないから仕方ないかもしれ…なくないですね。
勿論、大目玉食らってその人達は屋敷から姿を消しました。
また、身分差を無視して第一令嬢様に話しかけたお嬢様も居たのです。
そのお嬢様はいつもいつも、この私が、と言っている高慢ちきな人でした。
いつまで経ってもこの私を認識しない第一令嬢様に焦れたんですね。
しかし、第一令嬢様は特に理由もなく…ならまだしも、明確に利用しようとして話し掛けていいような存在ではいらっしゃらないので、これは叱る間も無く屋敷から放り出されたそうなのです。
なんでも、第一令嬢様のお兄様とやらが発見なさったそうで。
幸いなのか第一令嬢様は全くお気付きにならなかったらしくて、お嬢様たちは、それなら何も放り出さなくったって、とか、大体こんなにしてるのに目すら合わせないなんて、とか言ってます。
あれだけ悪口を言ってるアリア様に、第一令嬢様に名前を覚えて貰うべく賄賂なんか渡しちゃったりして断られてますから、そりゃ本気なのでしょうけれど。
私としては、この人達と目なんか合わせるべきじゃない汚れちゃうなんて…いえ、思ってませんよ?
それに比べて第一令嬢様のお兄様は素晴らしいですよね。
我々に高価なものを恵んで下さるために、わざわざ料理長の所へ出向かれたと聞きました。
あ、第一令嬢様が下さったんでしたっけ?
本当に感謝です。
あの方々のおかげで私は…お嬢様たちの放り出した仕事を、第一令嬢様のお休みになった深夜から明け方に掛けてやることになっても、素敵な気持ちですることが出来ました。
ええ、本当は昼に出来たのに…いえいえ、根に持ってはいませんよ?
彼女たちが出来もしないのにどうしてこんなにも仕事を欲しがるのか、と私は疑問に思います。
その理由を完全に理解するのは私のような者には無理なのかもしれません。
でも二つは見てれば分かります。
一つはシアン様に好かれたいということです。
シアン様は凄く格好良いんですよ?
あんなかっこいい人私の町には居ません。
それに、どうやら伯爵家のおぼっちゃまらしいのです。
あの顔で伯爵家ですよ?
逆に凄いというか…もうそんな完璧な方がいらっしゃるなんて、って感じですよね。
庶民の私の目にもそう映るのですが、このお嬢様たちにもそう見えるそうです。
シアン様から仕事を受けて、好感度を上げて、あわよくば…なんて思っているのです。
ですから仕事を引き受ける時は凄くやる気を見せるだけ見せて、しかも笑顔だそうです。
でも、でもですね、シアン様にはアリア様がいらっしゃいます。
アリア様はとっても、それはもうとても可愛いんですよ。
しかもアリア様はあの顔で伯爵家のお嬢様なんです。
どう見てもお似合いでしょう?
それに、アリア様とシアン様だけが、唯一、ちゃんと働いているのです。
このお二人は伯爵家のおぼっちゃまとお嬢様なのに。
それなのに子爵家や男爵家のお嬢様より働くんです。
勿論、お二人は第一令嬢様の本当に近いところにいるので、仕事を他に回すことが出来ないでいるのかもしれません。
ですから、私、あのお二人の仲を引き裂こうとするこのお嬢様たちのことは好きではありません。
そりゃアリア様は少しお嬢様っぽさが足りないというか、元気が良くていらっしゃいます。
けれど、それを話のタネにして自分の方がと言うなんて、心が汚いじゃないですか。
シアン様は伯爵家のおぼっちゃまですから、男爵家や子爵家のお嬢様からしたら通常ならどうしたって手に入らない身分違いなので、この機会を狙いたい気持ちは分かりますけども。
ちなみに、何故か、ですけど、シアン様にアリア様の悪口と自分のたぎる想いをぶつけたお嬢様方は、何故か、この屋敷から居なくなっています。
私はシアン様が困ってリネンハイム公爵家の第一令嬢様にお頼みしたのだと思っています。
けれど、皆は違うことを言うのです。
アリア様が地獄耳で、その都度に第一令嬢様の前でシュンとなって、話を聞いたか察した第一令嬢様が、アリア様のためにお嬢様たちを屋敷から追放したのだと。
全く、どこまでアリア様を悪者にしたいのでしょうか、許せません。
…って何のお話でしたっけ?ああ、そうそう。
もう一つの理由は、リネンハイム公爵家の第一令嬢様にお名前を覚えて頂きたいからです。
一度名を呼ばれるだけでいいのです。
それだけで、あのリネンハイム公爵家で奉公した、それだけではなく第一令嬢様からお名前を呼んで頂いた…いやもう、顔見知り、知人であるお嬢様の〜…とか色々加えて縁談で有利にしたいそうなのです。
それならそうと、アリア様やシアン様のように働けと…これは言っても無駄ですか?
本当に大変なお仕事です。
…いえ、でした、と言うべきですかね。
第一令嬢様が一般庶民には縁のないエインシェント学院にご入学するみたいです。
あのエインシェント学院ですよ?凄くないですか?
庶民も入れるから縁がないなんてことはない…なんてそんなの眉唾な話です。
あそこに入学する庶民は、ただの天才ばかり。
それもただの天才じゃダメなんです。
天才の中でも、貴族に資金援助して貰って勉強出来た幸運の持ち主。
だからもう、全然縁なんてない話です。
私の友達は…それを目指して畑耕しながら日々勉強ばっかしてますけど、でも、応援はしたいけど本当に縁のない話なんです。
ああええと…その。
兎に角、このお屋敷ともお別れですね。
私の契約は、第一令嬢様の使用人。
ですから、その人が居なくなるなら私にはもう用はありません。
短いようで長かったけれど。
今まで、本当にお世話になりました。
◇◆◇◆
「お前は働きが良いと評価を頂いた。旦那様からの直々の評価だ、これで一層気を引き締め、頑張りなさい。
学院でも。」
…まだ、終わりそうにありません!
【とある問題の正解】
「あの、…アスターさん」
「シアン…またか…。。
”セイル様の”業務を阻害していると通告する。
ああ、セイル様には…」
「申し上げることではありませんので。
…言って不快な気持ちにさせる訳には参りません。」
「な…るかぁ…?
ああ、いや。
そうしなさい。」
【そして】
「ベルレーー…ヌーーー…!!!!」
「ああ、アリアお嬢様。よしよし。大丈夫ですよ。」
「今日は沢山食べてやるんだからぁっ!!」
「おいたわしやアリアお嬢様、いやちょっ、食べ過ぎ」
【尚、】
「えっ恋バナ!?シアンとアリアの!?やっ…ふぉ、それ聞きたい聞きたい聞きた」




