第1話 いつまでも、わたしがわたしで、いられますように。
ゆりとこえだ。
いつまでも、わたしがわたしで、いられますように。
小さな子供のころにさなぎから蝶が生まれるところをじっと見ていたことを憶えている。それはとても神秘的な光景だった。子供から大人になるってことだと思うけど、その姿形をまるっきり違うものに変えてしまうその光景はどこか、子供から大人になる、成熟するということよりは、なんだか新しく『生まれ変わっている』みたいに思えた。(実際にそうなのかもしれないって思った。さなぎは一度死んで、蝶として新しい命に生まれ変わったのだと思った。硬い殻の中で。溶けて、固まって、形を変えて、蘇ったのだと思った)
さなぎは蝶になった。蝶になったさなぎは、本当にさなぎなのだろうか? さなぎと蝶は同じ命なのだろうか? 意識のようなものは繋がっているのだろうか? 蝶にはさなぎだったころの記憶はあるのだろうか? それとも忘れてしまっているのだろうか?
もし忘れてしまっているのだとしたら、それは、とても悲しいことだと思った。
そんなことを小さな子供のころに考えていたことを今もまだ覚えていた。
おはよう。よく眠れた?
ゆりが朝の時間にいつものように学校鞄を両手でお行儀よく持って、電車を待っていると、駅のホームに一人のゆりと同じ高校の制服を着ている男の子の生徒がやってきた。
それはこえだだった。
ゆりとこえだは同じ十七歳の同級生で同じ高校の同じ教室だった。
ゆりとこえだは一瞬、目と目があったけど、二人とも目をそらして、それからゆりとは少し離れたところにこえだはたって、二人で電車がくるのを待っていた。
空を見ると、あいにくの曇り空で、太陽も青色の空もどこにも見えなかった。
雨は降ってはいなかったけど、今にも降ってきそうな(今にも泣き出しそうな小さな子供みたいな)空だった。
ゆりはちらっとこえだを見た。
こえだはなにかの本(きっととっても難しい本だと思った)を読んでいて、ゆりを見てはいなかった。
ゆりは高校の白いシャツと紺色の制服を着て、その上に青色のコートを着ていて、首元に水色のりばんをつけて、向日葵色のふかふかのマフラーを巻いていて、青色の短い制服のスカートをはいている。
長い足は素足で、白色の靴下を履いていて、足元は革靴だった。
長い髪を白色のりぼんでまとめてポニーテールにしていた。
ゆりはとても綺麗な子で、高校に通いながら子供のころからの夢だったアイドルをしていた。
とても人気もあって、可愛らしい(普段では絶対に着られないような)カラフルなアイドルの服を着て、眩しいステージの上で思いっきり大好きな歌を歌って、元気に全力で踊ったりしていた。
こえだは高校の黒の学生服を着て、その上に焦茶色のコートを着ていて、首元に蜜柑色のふかふかのマフラーをまいて、足元は革靴だった。
癖っ毛の髪はいつものように今日もぼさぼさだった。(可愛かった)
ゆりは背が高いほうだったけど、こえだはゆりよりももっと背が高かった。
ゆりとこえだはとても頭のいいとても有名な伝統ある名門の高校に通っていたのだけど、こえだはその名門の高校で一番の成績を入学したときからずっととっていた。
いわゆる天才といわれている人だった。
ゆりはアイドルとして高校でも有名で、でもこえだはそんなゆりよりも創立以来の一番の天才として高校の中ではもっと有名だった。(高校の歴史に残るような天才としての伝説なようなことも、自然といろいろやっていた)
こえだは国内で一番の大学にも間違いなく合格できるって言われていたけど、どうやら海外にある有名な名門大学に進学するのではないかってそんな噂をゆりは聞いたことがあった。
こえだはとてもととのった顔をしていて、その横顔はとてもかっこよかった。(すくなくともゆりにはそう見えた)
ゆりは前を見る。
冬のはじめの季節の駅はとても寒かった。
冷たい風が吹いて、その風の中で小さくゆりはその体を震わせた。
もしかしたら、雨じゃなくて雪が降ってくるのかもしれないなってそんなことをまた空を見てゆりは思ったりした。
ゆりはこえだがなんでもいいからゆりに声をかけてくれないかなって思っていた。
こえだのことが大好きだったからだ。(もちろん、アイドルだからみんなには秘密だけど)




