第2章・第13話:歪な同盟と、南洋の搾取構造
第2章・第13話:歪な同盟と、南洋の搾取構造
隣国ゼムリャの軍事侵攻をたった五十人で粉砕し、王都の腐敗した財務派閥を完全に崩壊させてから数ヶ月。
辺境都市ヴォルフスブルクは、特例として認められた「完全自治」の権限を最大限に活かし、爆発的な経済成長を遂げていた。
アレンの科学知識がもたらした『青樽(代替燃料)』は王国全土のエネルギー網を完全に掌握し、ヴィクトルの発行する『領地債』は、もはや王国の法定金貨を凌ぐ絶対的な信用通貨として流通していた。街には高層のレンガ建築が立ち並び、豊かな物資と人々の笑顔が溢れ、ここは事実上の「第二の王都」と呼べるほどの繁栄を謳歌している。
だが、領主館の最上階にあるヴィクトルの執務室の空気は、冬の冷たさを残したままだった。
「……オズワルド丞相も、頭の痛いことだろうな。財務派閥という国内の『癌』を取り除いたところで、この国にはまだ、より巨大で致命的な『寄生虫』が巣食っているのだから」
ヴィクトルは、王都から取り寄せた最新の国家予算案を机に放り投げ、深くため息をついた。
ソファでくつろぎながら銃の手入れをしていたアレンが、片眉を上げる。
「なんだ? 侯爵が消えて緊縮財政も終わったんだろ? なのにまた王都の連中は『防衛増税』だの『特別復興税』だのって、平民から絞り取ろうとしてるのか?」
「ああ。ゼムリャの脅威は去ったというのに、国家予算に占める税の負担率は下がるどころか跳ね上がっている。その原因は……これだ」
ヴィクトルが指差した予算案の一項目。そこには『同盟国支援特別維持費』という名目で、国家予算の実に三割にも及ぶ莫大な金貨が計上されていた。
「同盟国……西の海を越えた先にある覇権国家、海洋大国『アーメリア』か」
アレンの言葉に、ヴィクトルは重く頷いた。
「我がヴァルデンシュタイン王国は、かつて建国期にアーメリアと安全保障条約を結んだ。強大な軍事力を持つ彼らに王国内への駐留を認め、他国からの侵略の『抑止力』としてもらう代わりだ。……だが、その実態を見てみろ」
ヴィクトルは王国全土の地図を広げ、はるか南の海に浮かぶ美しい群島——南方領『リュウキア』を指差した。
エメラルドグリーンの珊瑚礁と温暖な気候に恵まれたその島々は、本来であれば王国最高の観光地であり、豊かな水産資源の宝庫となるはずの場所だ。
「アーメリア軍は『地政学的に最も重要だから』という理由をつけて、駐留部隊の実に『七割』以上を、この面積が王国の数パーセントにも満たない小さなリュウキアの島々に集中させている。美しい海は彼らの飛竜部隊の演習場として破壊され、島民は先祖代々の土地を基地として接収され、夜な夜なアーメリア兵の横暴や犯罪に怯えて暮らしている」
ヴィクトルの語る事実に、アレンの琥珀色の瞳がスッと冷たく細められた。
「そりゃあ酷い話だが……百歩譲って『防衛の要』だから仕方ないとしてだ。なんでそのアーメリア軍が駐留するための費用を、守ってもらってる側じゃなくて、俺たち王国の国民が血税を絞り出して『同盟国支援特別維持費』なんて名前で払ってやってるんだ?」
「王都の政治家たちはそれを『同盟国への思いやり』と呼んでいる」
ヴィクトルは嘲るように鼻で笑った。
「馬鹿げているだろう? 彼らは『アーメリア軍に出て行かれたら国が守れない』という恐怖から、基地の建設費、飛竜の餌代、さらにはアーメリア兵の娯楽施設の維持費に至るまで、莫大な金を王国の税金から貢いでいるのだ。……いいかアレン、マクロ経済学の観点から言えば、これは完全な『属国化』であり、最も愚かな富の流出だ」
ヴィクトルは立ち上がり、黒板にチョークで図式を描いた。
「自国の防衛力(供給能力)を育てるための投資を怠り、他国の軍隊を金で雇う。しかもその支払いのために国内で過酷な『増税』を行い、国民の可処分所得を奪って経済を疲弊させる。自国民の生活を破壊してまで、他国の軍隊に思いやりを見せるなど、独立国家として絶対にあってはならない異常事態だ。こんなものは同盟ではない。ただの『搾取』だ」
黒板のチョークが、カツン、と音を立てて折れた。
ヴィクトルの静かな、しかし確かな激怒がそこにあった。
「オズワルド丞相もこの異常性に気づいてはいるが、アーメリアの圧倒的な軍事力と、長年『思いやり予算』のおこぼれ(利権)に群がってきた王都の国防派閥の抵抗にあい、手を出せずにいる。……ならば、我々がやるしかない」
「なるほどな」
アレンは手入れを終えた愛銃——最新型のボルトアクション式ライフルを肩に担ぎ、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「金を払ってまでふんぞり返ってる居候には、鉄拳制裁が必要ってわけだ。で? どうやってあの巨大な覇権国家と、それに寄生してる国内の売国奴どもをぶん殴るんだ? 天才サマ」
「簡単なことだ。彼らが『思いやり』を要求する最大の根拠は、『アーメリア軍がいなければ王国の防衛が成り立たない』という安全保障上の幻想だ」
ヴィクトルはモノクルの位置を直し、自信に満ちた声で断言した。
「ならば、その幻想を物理的に破壊すればいい。アレン、お前が育て上げた近代歩兵連隊と、このヴォルフスブルクの強大な工業力があれば……リュウキアに駐留するアーメリアの飛竜部隊など、もはや時代遅れの案山子に過ぎないことを証明できるか?」
「愚問だな。飛竜の装甲がどれだけ硬かろうが、俺が錬成した『対空機関砲』と『炸裂弾』の弾幕の前じゃ、空飛ぶただのデカい七面鳥だ。七割の基地群だろうがなんだろうが、一週間もありゃ全滅させられるぜ」
「素晴らしい。我が軍の圧倒的な『防衛の供給能力』を国中に示し、アーメリア軍がもはや不要であることを物理的に証明する。その上で、私がリュウキアのインフラに莫大な『領地債』を投資し、アーメリアに依存しきった島の経済を強引に自立させる。軍事と経済、両面からの完全なる独立戦争だ」
二人の視線が交錯する。
相手は覇権国家アーメリアと、未だ王都に蔓延る利権まみれの国防派閥。東の隣国ゼムリャとは比べ物にならない、超巨大な敵だ。
だが、彼らに一切の恐れはない。
「まずは、その悲惨な南の島嶼州……リュウキアへ直接乗り込むとしようか。どれだけ腐りきった『思いやり』が蔓延しているのか、我々の目で確かめる必要がある」
「おう。南の島なら、少しはマシな酒と魚があるかもな」
増税と緊縮で滅びゆく国を救うための、辺境領主とガラクタ召喚士の新たな戦い。
理不尽な搾取構造に鉄槌を下す「第二章・南洋解放編」の火蓋が、今、静かに切って落とされた。




