第53話:常滑の黄昏、ダービー王の戴冠
SG全日本選手権最終日、優勝戦。
伊勢湾から吹きつける冷たい「常滑おろし」が、水面に不規則な細波を立てている。1号艇の乾健児と、その傍らで歯を食いしばるアンドロイドのハル。
ハルの肉体は、連日の激闘による過負荷で、人工皮膚の下から白銀のマブイが蒸気となって漏れ出していた。
「おじさん……僕の体、もう熱くて……センサーが真っ白だよ」
「……気にするな、ハル。お前の熱は、俺が全部『銀河』に変えてやる。……前だけ見てろ」
対するは、議会の刺客・骸。
彼は決勝に向け、自らの機艇に議会の全電力を直結し、常滑の水面を物理的に「沈下」させるほどの重力場を形成していた。
「常滑SG・ダービー優勝戦……全艇、起動!!」
スタートの号笛。乾はハルの限界を察知し、あえて自らのマブイを最小限に抑え、大宮で培った「肉体旋回」でスリットを抜ける。
しかし、骸が動いた。
属性変質――『万象崩壊』。
常滑の第1マーク付近の水面が、骸の重力によって巨大な「蟻地獄」のように陥没した。他艇が次々とその穴に引きずり込まれ、転覆・失速していく。
「……っ、ハル! 耐えろ! 重力に逆らうんじゃねえ、その底まで突き抜けろ!!」
乾は、ハルの手を強く握りしめた。
その瞬間、ハルの目から溢れた「涙(冷却水)」が、乾の白銀マブイと触れ合い、超高温のプラズマへと昇華した。
「……おじさん……僕、分かったよ。重いのは、僕がこの世界に『存在したい』って願ってるからなんだ!!」
ハルの叫びに呼応し、乾の背後に巨大な銀河の紋様が浮かび上がる。
最終奥義――『銀河・常滑大瀑布』!!
陥没した水面の底を、乾の機艇は「滝」を下るような速度で滑り落ち、その加速を維持したまま、穴の縁を垂直に駆け上がった。重力を加速のエネルギーに変換する、物理法則を逆転させた超次元旋回。
骸の『崩落』を光の速さで切り裂き、乾の機艇は黄金の航跡を残してゴールラインを突き抜けた。
1位、乾健児。
伝統あるダービーの優勝旗が、白銀の光に照らされてたなびく。
乾はボロボロになったハルを抱きかかえ、観客の歓声の中に立ち尽くした。
「……勝ったぞ、ハル。お前は……お前はもう、ただの機械じゃねえ。……最高のレーサーだ」
ピットに戻った乾を待っていたのは、翼の安堵の表情と、一通の黒い封筒だった。
差出人は、マブイ議会最高幹部。
「乾健児。ダービー制覇、見事なり。……君と、その『奇跡の人形』を、12月の住之江……**SG賞金王決定戦**に招待する。……そこが、君たちという『バグ』を修正する最終地点だ」
乾は招待状を握りつぶし、不敵に笑った。
「……修正だと? 笑わせるな。……住之江の1億、ハルの『新しい心』の買い出し代にさせてもらうぜ」
1994年、からくり競艇・激動の1年。
物語はついに、全レーサーの頂点を決める最終決戦、住之江・賞金王決定戦へと突入する。




