第22話:死の共鳴、多摩川準優勝戦
多摩川G3、準優勝戦。
昨日の予選最終日、ネクロズ・ワンの非道なダンプによって水底へ沈められた乾健児は、奇跡の生還を果たしていた。しかし、引き揚げられた『銀鱗・ニードル』の姿は、もはや元の機艇とは別物だった。
右舷はひしゃげ、装甲は「錆」に侵食されている。だが、乾の放つ**「白金」のマブイがその傷口を強引に縫い合わせ、多摩川の泥を硬質化させて補強していた。それは美しく洗練された機体ではなく、生きるために牙を剥く「泥龍」**の姿だった。
「……おじさん、右腕のバイブレーション、止まってるね」
ハルが乾の横に立つ。乾の右腕は、もはや震えていなかった。正確には、**「異常振動症」**による高周波の震えが、機艇の心臓部であるマブイ石の回転数と完全に一致(同期)していた。
「ああ。……あいつに突き落とされたおかげで、ようやく分かったよ。病気じゃねえ、これは俺のマブイが鳴らしている『鼓動』だったんだ」
対戦表が発表された。
準優勝戦第11レース。1号艇に乾。そして、4号艇には再び**「ネクロズ・ワン」**。
ピットで対峙した際、ハルの物理演算が衝撃の真実を弾き出した。
「おじさん、気をつけて。……あいつの機体の重心、見覚えがある。……あれは、教習所で死んだはずの、**駒井**だ」
乾の動きが止まる。駒井。かつて乾と共に這い上がろうと誓い、龍平の「実験」の犠牲となって消えたはずの仲間。龍平は死者さえも部品として使い、乾の前に立ちはだからせたのだ。
「……駒井、なのか? 答えろ!!」
乾が叫ぶが、ネクロズ・ワンのヘルメットの奥には、赤いセンサーの光が虚無に瞬くだけだった。
「多摩川G3・準優勝戦……全艇、起動!!」
スタートの号笛。乾は「白金」の鼓動を全開にした。
しかし、ネクロズ・ワン(駒井)の加速は異常だった。感情を持たぬ機械化された神経が、限界を超えたスロットル開放を可能にしていた。
第1マーク。ネクロズ・ワンが放つ属性変質――『腐食の牢獄』。
多摩川の泥水が黒く濁り、触れるものすべてを腐らせる「錆」の霧が水面を覆い尽くす。乾の『銀鱗・泥龍』からも、不吉な金属の悲鳴が上がり始めた。
「無駄だ、健児……。すべては……無に帰る……」
機械合成された佐伯の声が、通信機にノイズ混じりで届く。
「駒井、あんたの魂はまだ死んじゃいねえはずだ! 目を覚ませ!!」
乾は敢えて「錆」の霧の中に突っ込んだ。
「ハル、翼! 俺に合わせろ! 佐伯の『錆』を焼き切るぞ!!」
乾は右腕をマブイ端子に限界までめり込ませた。
異常振動症を逆手に取った新技。
属性極致――『白金・震動破』!!
乾の機艇から放たれる高周波の白金振動が、ネクロズ・ワンの「錆」の波動と逆位相でぶつかり合う。ノイズがノイズを打ち消し、多摩川の水面が一瞬にして透明に澄み渡った。
「計算通りだよ、おじさん……! 空間の歪み、消去完了!」
ハルの「風」が、道を作る。
「パパの呪縛を、その機械ごとぶち壊してあげなさい!!」
翼の「溶岩」が、ネクロズの機体の駆動部を熱でロックする。
乾の『泥龍』が、ネクロズ・ワンの懐へと潜り込んだ。
それは攻撃ではない。かつての仲間の魂を、深い泥の底から引きずり出すための「救い」の旋回だった。
第2マークの出口。乾の白金の一閃が、ネクロズ・ワンの機艇の中央――制御ユニットを正確に射抜いた。
大爆発は起きなかった。ただ、ネクロズを動かしていた赤黒いマブイが、乾の白金の光に浄化されるように白く霧散していった。
「……ありがとう……健児。……先に行く……ぜ」
一瞬だけ、ヘルメットの奥に駒井の穏やかな瞳が見えた気がした。
ネクロズ・ワンの機体は、そのまま力なく停止し、多摩川の穏やかな水面に浮かんだ。
1位・乾。2位・ハル。3位・翼。
三人は、龍平の「死の軍団」を真っ向から破り、決勝戦への切符を手にした。
ピットに戻った乾は、動かなくなったネクロズの機体に向かって、静かに一礼した。
「……待ってろよ、龍平。あんたが弄んだ命の重さ、決勝で全部返してやる」
乾の右腕の震えは、もう止まっていた。
その腕には、友の遺志と、17,000の熱量を遥かに超える、重く、輝かしい使命が宿っていた。




