表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり競艇〜ホームレス、魂のフルスロットル〜  作者: 水前寺鯉太郎
第2部:重賞挑戦編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/22

第21話:静水の猛毒、虚像の旋回

多摩川G3、2日目。

昨日のドリーム戦でA1級の轟を破った乾健児、ハル、翼の三人は、今までにない違和感に包まれていた。多摩川は「日本一の静水面」と謳われる。しかし、重賞クラスのレーサーたちが一斉に放つ高純度のマブイは、逃げ場を失い、コンクリートの護岸に反射して水面に「マブイの澱み(ノイズ)」を作り出していた。

「……おじさん、今日の多摩川は『鏡』じゃないよ。猛毒の『沼』だ」

ハルが吸入器のメンテナンスをしながら呟く。彼の無機質な瞳には、一般のレーサーには見えない「マブイの乱反射」が、幾重にも重なるノイズの壁として映っていた。

乾の右腕は、昨日以上の激痛を訴えていた。属性が**「白金プラチナ」**に進化したことで、出力は安定したが、その分、周囲のノイズを敏感に拾いすぎてしまう。耳の奥では、金属耳鳴りが「キィィィィン」と鳴り止まない。


第12レース。対戦相手の中に、ひときわ異彩を放つ男がいた。

A1級、かがみ 蓮次郎れんじろう

彼の属性は**「水の変質――『蜃気楼ミラージュ』」**。

多摩川の静水面を利用し、光とマブイを屈折させることで、自機の位置を偽装する幻惑のスペシャリストだ。

「乾健児。17,000の熱量は素晴らしいが、当たらなければただの焚き火だ。私の影すら踏ませはしないよ」

鏡の機艇『水月すいげつ』がピットを離れる。その瞬間、水面上には全く同じ姿をした三隻の機艇が現れた。レーダーにも三つの反応。ハルの物理演算ですら、どれが「実体」であるかを特定できない。


「多摩川G3・予選2日目……全艇、起動エンゲージ!!」

スタートの号笛。乾はスリットラインを全速で駆け抜ける。

しかし、第1マーク。乾の目の前には、三方向から同時に突っ込んでくる鏡の機艇があった。

「……どれだ!? どこにいる!!」

乾が「白金」の針を放とうとするが、ターゲットが重なり、焦点が定まらない。

属性変質――『鏡面世界の迷宮ミラー・ラビリンス』。

多摩川の静水面が巨大な鏡と化し、空と水の境界が消える。乾は上下左右の感覚を失い、まるで宇宙空間に放り出されたような錯覚に陥った。

「健児! 右よ、右に殺気を感じるわ!」

3号艇の翼が「マグマ」を噴出させ、熱で空間の屈折を無理やり直そうとする。しかし、鏡の「蜃気楼」はその熱さえも利用し、さらに複雑な幻影を作り出した。

「無駄だよ。この静水面そのものが私の味方だ。……沈みたまえ、B1のルーキー」


「おじさん……目を閉じて」

ハルの声が通信機に響く。

「光を見るから騙されるんだ。マブイの『反射音』だけを聞いて。僕がノイズをカットする(フェーズ・キャンセラー)よ」

ハルはマブイネービラの特性を活かし、空間に満ちたマブイのノイズを、自機の物理的な振動で相殺し始めた。

乾は、激痛の走る右腕の震えを、逆に「センサー」として利用した。

異常振動症。かつては病魔だったその震えが、鏡の機艇が水を切る「本物の振動」と同調シンクロし始める。

(……聞こえる。右でも左でもねえ……真下だ!!)

鏡は、水面上に三つの幻影を出しながら、自らは潜水艇のように水面ギリギリを低姿勢で走っていたのだ。

「見つけたぜ、手品師!!」

乾は目を閉じたまま、全マブイを右拳に集中させた。

白金奥義――『真空の一閃プラチナ・ボイド』。

光の屈折に左右されない、絶対的な「質量」を持った一撃。

――ドォォォォォォォォン!!

乾の放った白金の衝撃波が、多摩川の鏡面を粉々に砕き、鏡の『水月』の偽装を剥ぎ取った。


ゴールライン。

1位、乾健児。2位、ハル。3位、鏡蓮次郎。

幻影を破られた鏡は、呆然と乾の背中を見つめていた。

「……私の蜃気楼を、心の目だけで破るとは。乾健児……お前のマブイは、もはや人間の域を超え始めているな」

ピットに戻った乾は、力なく崩れ落ちた。

「蒸気肺」の影響で、喉からは細い煙が漏れている。

「おじさん、やりすぎ。……でも、これで予選突破だね」

ハルが、冷たいタオルで乾の首筋を冷やす。

「……ああ。だが、多摩川の重賞は、まだ始まったばかりだ……」

乾は、震える手で勝利の感触を噛み締めていた。

B1級の壁。それは技術や出力だけではない、魂の「純度」を問われる過酷な試練だった。

三人の絆は、多摩川の泥水の中で、より深く、より鋭く研ぎ澄まされていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ