「転移装置って本当にできるの?」
昼下がり。
王都の石畳をタクシーで流していると、乗せる客、乗せる客——
なぜか皆、同じ話題を口にした。
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最初に話を切り出したのは、街外れの農夫だった。
「兄ちゃん、知ってっか? 転移装置ってのが出来るらしいぞ」
「転移装置?」
私は思わずミラーごしに客の顔を見た。
「そうよ。ほら、なんでも魔法で“ひとっ飛び”ってやつよ!」
「そんな急に作れるもんじゃないと思うけど……」
「いやいや、近々“お披露目式典”があるって聞いたぞ!」
(初耳なんだけど……)
農夫を降ろしたあと、次に乗せた城下町の商人も同じことを言い出した。
「修一殿、転移装置ご存じで?」
「今日だけで三回目です。どこで流行ってるんです?」
「王都の北区で話題なんですよ。
わたしの仕入れも、これが完成すれば一瞬だそうで」
「荷物ごと転移できるんですか?」
「ええ! “どんな大きな馬車でも一撃で”って話ですよ!」
(盛られてる……絶対盛られてる)
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夕方。
酔っぱらいのおじいさんを乗せたときは、さらに進化していた。
「しゅ、修一ぃ……わしもなぁ……家に転移装置ほしい……」
「家に置ける規模なんですか?」
「おぉ……王城の魔導師どもが言っとった……
“いずれ一般家庭にも”ってな……ふぉふぉふぉ……」
「それ絶対、誰かの酒席の冗談ですよ」
「む……夢くらい見させろ……」
(いや、どこまで話が膨らむんだ……?)
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その次の客は、冒険者。
荷物をどっさり抱えて乗り込んでくる。
「修一さん、転移装置できたら依頼が便利になりますよ!」
「またその話だ……」
「だって聞きましたよ。
“迷宮の前に直接転移できるようになる”って!」
「冒険者ギルドがそんな危険な装置を許すわけないでしょう」
「……あっ、確かに」
このあたりで私は、完全に確信した。
(噂、完全に一人歩きしてるな……)
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夜。
ようやく客が途切れたタイミングで、私はため息をつく。
「……転移装置。
言葉だけは立派だけど、どこまで本当なんだか」
《乗客の発言をまとめると、情報源はすべて不明です》
「だろうな。誰も“誰から聞いた”って言わなかったし」
《ただし噂が急速に広がっています。
運送業界および交通業界への影響が警戒されています》
「タクスィーの連中……絶対パニックになってそうだな」
現に、聞き流している私でさえちょっと不安になる。
転移装置。
これが本当に普及したら、長距離移動は不要になる。
タクシーは残るとしても——
仕事量は落ちるかもしれない。
(いやいや、まず“実物がある”って話を聞いてからだ)
噂に振り回されるのは御免だ。
私はハンドルを握り直し、夜の王都へ戻っていった。




