第80話 風の巫女と古代の秘密
屋敷の裏に響き渡る轟音の余韻。歪な穴の開いた木が軋み、落ち葉が風に吹かれてヒラヒラと舞う。
立ち尽くすセレナと、振り返ったまま動けずにいた俺、そして少し遠くから様子を伺うフレッドさん。
「これはいったい……」
セレナが再び口を開いたのを皮切りに、俺の脳はようやく回転し始めた。不味い。バレたか? 銃はフレッドさんが持ってる。セレナは気付いてるか? でも今から隠すのは無理だ。マテリアルの銃と弾は硝子に戻せばいい。しかしいきなり解除すれば怪しまれる。いや、目的を言えば分かってくれるはずだ。ならば――よし、開き直ろう。
一瞬の逡巡のうちに方針を決め、俺は極めて落ち着いた風を装って彼女に向き直った。
「お兄様。詳しくお話をお聞かせくださいまし」
「セレナ、これには事情があるんだ」
と言いつつも開幕から言い訳がましくなってしまったが、事情と聞いてセレナはムッとした表情を取り繕った。
「事情というのは? ストフレッド、貴方も関わっていますの?」
「待て、彼に責任は無い。全て俺の主導だ」
「それは、責任が生じるような事情がある、ということですの?」
「……場合によっては」
少し墓穴を掘ってしまった気がしないでもないが、説明のためには仕方ない。
「まずお聞きしますが……そちらは、邪霊のものですの?」
「ああ。人型邪霊に取り付けられていた武器――銃だ」
「そうですのね。では、その武器についての研究は、お母様から直々に止められているということはご存知で?」
「知ってる。その上で俺が彼に命令した。彼の協力が必要だったからな」
「それは、ウンディーノ家次期巫女としての発言と受け取ってよろしいですの?」
「ああ」
言い淀みでもすれば何かあらぬ疑いをかけられそうなので、キッパリと言い切る。するとセレナは諦めたように小さく溜息を吐いた。
「……分かりました。お兄様がそう言うのであれば、必要なことだったのでしょう。ですがせめて、当家の者を使うなら事前に一言仰ってくださいまし」
「言ったら止めたんじゃないか?」
「わたくしはお母様ほど厳しくはありませんの。お兄様たってのお願いであれば、止めはしません。ただ……」
「ただ?」
「我が家の植木を的にするのはお止めください」
そう言って指差したのは、無惨にも穴が開いてギギギ……と軋んだ音を立てている木。しまった、ここはシルフィオ家の敷地だ。勢い余って調子に乗り過ぎたな。
「それとも、これも必要なことですの?」
「ごめんなさい」
意趣返しのように半目でそう言ったセレナに、今度は素直に謝ることになった。これは完全に俺が悪かったな……。
「もう、お兄様ったら。今回はわたくしに免じて許して差し上げます」
「……銃のこと?」
「木のことです。まあ普段はお母様の方がもっと屋敷を壊していますから、これくらいの事で罰はありませんの。……わたくしは怒っていますけど。邪霊の武器のことはまた別ですのよ。後でお話を聞かせて頂きます」
「申し訳ございません、お嬢様。私がお止めしなかったばかりに……」
「そうですのストフレッド。貴方も貴方です。お兄様がこう仰るので沙汰は下しませんが、次はありませんのよ」
ぷりぷりと怒るセレナと共に、俺達は屋敷の中へ戻って来た。実験もキリがついたし、何より俺の体力が限界だからやめ時には丁度いい。
「ところで、セレナは何の用事だったんだ?」
話を逸らしたくなって、歩きながらセレナにそう尋ねる。そもそもあんな場所に彼女が来ることなんて予想してなかったな。何かあったのだろうか。
「いえ、ただお兄様のご様子を伺いに。お昼時もとっくに過ぎてますのに、お食事をとっていないようでしたから」
「えっ、もうそんな時間?」
「ええ。簡単なものですが、軽食を用意させますので後で食堂にお越しください。お話はまたその時に」
ぺこりと頭を下げ、セレナは去って行った。近くの時計を見ると、もう十四時を回っている。実験に熱中し過ぎていたようだ。俺も片付けたらすぐ行かないとな。
■□■□
俺とフレッドさんは、三度彼の研究室に戻って来た。そういえば机も斬っちゃってたな……今日は壊してばっかりだ。
「リオ様、あとは私がお片付け致します。すぐに向かわれは?」
「いえ、殆ど俺が散らかしたんですから。片付けくらいやりますよ」
申し訳無さそうに気を遣われたが、砕けた硝子球の処理と邪霊の銃を彼だけに任せる訳にはいかない。硝子は破片まできっちり集めて、銃は再び布に包んで棚の奥に仕舞った。しばらく日の目を見ることはないだろう。
「じゃあ、今日知った事は極秘にしましょう。セレナは俺が何とか言い包めておきます」
「畏まりました。お嬢様は聡いお方ですので、話せばきっと分かって頂けるでしょう」
彼にしては珍しく、にっこりと好々爺の笑みを浮かべた。そういえば、今朝セレナがここに来た時はなんだかぶっきらぼうな態度に見えたんだよな。単に彼が言うように嫌厭されているのかと思っていたが、今日のやり取りを聞いて少し印象が変わった。なんだか……反抗期の子供のようだと思ったのだ。
「あの、フレッドさんはセレナとどういう関係で?」
「ただの元教育係でございます。中等部に入るまでは私めが勉強をお教えしていました。飲み込みがお早いので少々厳しくし過ぎてしまったようで……いやはや、すっかり嫌われてしまいましたな。それが役目と言われれば光栄なことでございますが」
「ああ、どうりで……でも、どうしてフレッドさんが? 言っちゃ悪いですけど、今はこんな閑職ですし」
「はっはっは、意外でしょう。先代の当主様の言いつけなのです。彼女は私をとても重用して下さって……今の私がシルフィオ家の末席を汚していられるのも先代様のお言葉があってのものです。実は私、その昔はティターニア様の教育係も務めておりまして。母娘二代に渡って見守っているのですよ。まあ今は逆に冷たい目で見られてしまっておりますが! はっはっはっは!」
これまた愉快そうに笑ったフレッドさんこと、ストフレッド・ケイヴ・シルフィオ。思えば、彼もこの家でシルフィオと名乗っている人間だ。末席だの嫌われ者だのと言ってるけど、本当は自ら前線を退いた偉い人なんじゃないか? 邪霊に関する深い知識といい銃の仕組みへの洞察力といい、侮れない人物だ。
すると、彼はふと思い出したかのようにぽつりと呟いた。
「お嬢様は……随分と、はきはきとお話しになられていました。昔とは大違いです」
「そうなんですか?」
「はい。昔のお嬢様は、もっと大人しかったといいますか……周囲を常に気にしており、あまりご自分から積極的に喋ることもございませんでした。授業の時も私が喋るばかりでして」
「全然違いますね。想像できませんよ」
ヒナと姦しくおしゃべりしているのを何度も見ていた俺からしたら意外な事実だ。ちなみにヒナはというと、昔から変わらずあんな感じである。
「以前はもっと人の声や音に敏感で……そうです、今日のお嬢様は、リオ様の銃の大きな音にも動じた様子がございませんでしたね」
「そういえばそうですね。まあ成長したってことじゃないですか? 流石シルフィオ家の巫女、胆力があるなぁ」
確かに、あんな大きな音を間近で聞いたら「きゃっ!」とでも可愛らしく悲鳴をあげたりするものだと思っていた。あの時は焦っていて気付かなかったけど、音に対しては耳栓でもしているかのように無反応だったな。巫女ってのはそういうのも求められるんだろうか。
「……ええ、成長なされたのでしょう。はっはっは、嬉しい限りでございます」
そんな風にしみじみと語った彼の様子が、やけに印象的に映るのだった。
■□■□
研究室を出た俺は、早足でセレナの待つ食堂へ向かった。なんだかお昼を食べてないと自覚したら急に腹が減って来て仕方がない。何か口に入れてくれ、と胃が悲鳴をあげ始めた。
「悪いセレナ、待たせた」
「ええ、お待ちしていました。ストフレッドとは随分と仲がよろしいですのね」
「あはは、妙に気に入られちゃってさ」
先に席に着いていたセレナは、サンドイッチの盛られた皿を俺に差し出した。早速手を合わせ、一つ頂く。おお、これは美味い。持って帰りたいくらいだ。
「聞いたぞ、元教育係なんだってな」
「昔からうるさくて仕方がありませんの。孫か何かだと思っていらっしゃるのかしら」
「まあ実際そんなもんなんじゃないか? ティターニアさんの教育係もやってたらしいし」
「……ええ、そうですのね。わたくしのこともお母様のことも、自分が親代わりのつもりなのでしょう」
彼女は少し俯いてそう言った。なんだろう、まだ何かある気がする。追究する気は無いが、そう思うだけの事情があるのだろう。……そういえば、セレナの父親は亡くなっているんだっけ。その辺りが関係してるんだろうな。そっとしておこう。
「――さて、本題ですの。改めて先程のことについて詳しくお聞かせくださいまし」
一転して真面目な顔になったセレナから質問が投げかけられた。さあどうしたものか。
「そうだな……まず俺は、マテリアル・オーダーによる遠距離攻撃の精度を上げるために、人型邪霊の武器を調べようと思った。最初は単なる思い付きだ」
「元霊祭のためですのね」
「ああ。それで銃の仕組みを解明しようとした。そしたら今まで言ってた通り、現代の技術じゃ作ることはできないと分かったんだ。ただ……一つ、重要な構造を見つけてしまった」
「重要な構造、ですの?」
問題は、あの螺旋状の溝のことを話していいのかだ。もちろん彼女が悪用したり言いふらしたりするとは思っていない。だが、これを広めること自体が何かいけないことなんじゃないかと思えてならないのだ。何故だろう? ……いや、この感覚には覚えがある。俺に植え付けられたという戦争への忌避感と同じだ。本能的な恐怖に近い、何か理由のある感覚だ。きっと無視しちゃいけない。
「悪いけど、これについてはまだ話せない。いや、話していいのかこの場では判断が付かない」
「わたくしには、シルフィオ家の巫女として知る義務があると思いますの。責任もあります」
「それでもだ。そもそもティターニアさんがどこまで知った上で禁止していたのかも俺には分からない。セレナもそうだろう?」
「それは……そうですの。でもお兄様が解明したように、他の者もいつか知ってしまうのではありませんか? それなら先に巫女家で管理しなければなりませんわ」
「そうだな……」
セレナの言う通り、他の誰か――それこそ、極東やドラヴィドがこれを作ってしまう可能性もある。特に極東は精霊術に頼らない力を欲していそうだ。禁を破った手前とても気が進まないが、隠す訳にはいかないだろう。
「――分かった。レポートを纏めたらフレッドさんに送って一度目を通してもらう。でも彼に迷惑はかけたくないから、俺の名前でティターニアさんに渡して欲しい。セレナがそれを見るかどうかはそっちに任せる。それでいいか?」
「それなら構いませんの」
「ティターニアさんに怒られないようにセレナが庇ってくれると嬉しいんだけど……」
「保証しかねますわ」
まあ、責任をとると言った以上は多少の叱責は覚悟しよう。反省はしているが後悔はしていない。帰ったら本家の方にも伝えておかないとな。
それから学園のことや元霊祭のことで他愛もない雑談をし、山盛りのサンドイッチをペロリと平らげた俺はシルフィオ家の霊動車で家路に就くのだった。
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「ただいまー。あれ、お兄ぃいるじゃん。お兄ぃ、ただいまー!」
「――んお、帰って来たのか。おかえり」
ヒナの元気な声で目を覚ますと、いつの間にか外は真っ暗。シルフィオ家から帰ってきた俺は、疲れと程よい満腹感に身を任せてリビングのソファーの上で眠ってしまっていたようだ。被った覚えのないブランケットが体からずり落ちた。ソフィーさんが掛けてくれたのだろう。彼女はそんな素振りも見せずキッチンで黙々と夕食の支度をしている。
「こんな時間に寝ると夜眠れなくなっちゃうよ?」
「ちょっと疲れててな。イレアは?」
「すぐ来るよ」
そう言うや否や、リビングの扉がガチャリと開けられてイレアが入って来た。荷物を置きながら背伸びをした彼女も随分と疲れて見える。ウンディーノ家の本邸までは遠いから移動だけでも大変だ。
「ただいま。ちょっと遅くなっちゃった」
「おかえりイレア、検診はどうだった?」
「うん、問題なし。まだ無理しちゃダメって言われちゃったけどね」
「ブッブー、通常時でも関係無く無理しちゃいけません。見張っといてねお兄ぃ」
「もう、分かってるって」
意地悪な試験問題のようなことを言ったヒナに苦笑する。なんにせよ、異常が無いならよかった。
「あ、そうだリオ。ご飯食べたら後でちょっと部屋行っていい?」
「えっ? いいけど……」
「!」
何の気も無くそう言ったであろうイレアの台詞をヒナが耳聡く聞きつけ、ニヤニヤとした笑みを向けた。いやまさか、そんなつもりは無いだろうけど……と思いながらもイレアの顔を見ると、一拍遅れてから彼女も自分の失言に気が付いたようだ。
「ち、違うから! 明日の話とか色々! ほらご飯食べるよヒナちゃん!」
「は~い」
赤面して顔を逸らしたイレアは、まだニヤついているヒナの背中を押してキッチンへ向かった。まったく、心臓に悪いな。
夜、宣言通りイレアは俺の部屋へやってきた。といっても当然変な雰囲気は無く、真面目な様子だ。
「今日はお疲れ様、イレア。さっきも聞いたけど、検査は問題無かったって?」
「うん。体は全く異常無しだって。精霊とか頭の方とかは自分でしか分からないところもあるから様子見てって言われたけど、精霊術も普通に使えたよ。久しぶりでちょっと鈍っちゃったけど」
「そっか、よかった。あとは勉強会って言ってたっけ」
「一気に詰め込まれて疲れたわ……次期当主として色々学ばないといけないから、頑張らないと」
「無理はするなよ?」
「大丈夫。でもヒナちゃんも大変だったよ。宰司さんに目を付けられちゃって……」
「なんかやらかしたのか?」
「ううん、『彼女はウンディーノ家を支えるべき人間だ』って連れてかれちゃって、私とは別でお勉強。文官コースまっしぐらかもね」
「そっか……」
言うほど心配してなさそうなイレアの口ぶりからして、まあ大丈夫だったのだろう。優秀なヒナのことだ、夏のチェス大会の時から宰司には未来の巫女家官僚として狙われていたに違いない。
「リオの方は? この前授業に来てた人に会って来たんだっけ」
「そうそう、邪霊の武器を調べたくてさ」
「武器っていうと……もしかして、人型邪霊の?」
「ああ、銃だよ。古代の武器の力を俺の術でどうにか再現できないかなって思って。仕組みを全部理解できた訳じゃないけど、成功はした。しばらくは練習だな」
「へえ、どんなの?」
興味津々といった感じで聞かれたが、さっきまで書き途中だったレポートの内容が俺の頭を過った。数分前には机の上に広げてあったそれは、イレアが来る前に引き出しに片付けてある。まだ彼女にも話すべきじゃないだろう。
「実はその、銃の研究はティターニアさんに禁止されててさ……俺の無断でやったんだ。だから、どこまで話していいのか分からないんだよ」
「ふぅん。まあ成功したなら良いんじゃない? 元霊祭までに使いこなせるようになるといいね」
追及されるかと思ったが、なんだか思った以上にあっさりした反応だ。彼女は邪霊への忌避感も薄いほうだが、興味もそんなに無いのかもしれない。こっちとしては好都合だけど、趣味に理解を示してもらえなかったような感覚になってしまった。ちょっとフレッドさんの気持ちが分かるな。いや、残念って程でも無いんだけどさ。
「ともかく、イレアも修行再開だな」
「うん。また付き合ってもらうよ」
まあいい、あれを見ればイレアも驚くだろう。早く発動できるように練習あるのみだ。
「ところで、明日はどうする?」
「本邸の近くで行ってみたいカフェがあるの。ちょっと遠いけど、いい? 今日うちのメイドに教えて貰ったんだ。その……デートに、お勧めだって」
「お、おう。もちろん。他には?」
「ついでにって訳じゃないんだけど……ううん、むしろこっちが目的。お父さんとお母さんのお墓参りに行きたいの。付いて来てくれる?」
少ししんみりと、だが決意を持った眼差しで、彼女はそう言った。
「分かった。挨拶、俺もちゃんとしないとな」
「ありがとう。二人も喜ぶと思うから」
むしろ遅すぎたくらいだ。忙しさに感けて後回しにしちゃってたな。会ったことも無いイレアの両親……大事な娘さんを預かるんだから、よろしくお願いしますと頭を下げに行こう。うん? 婿入りだから俺が預けられるのか? って、ふざけてないで真面目にしないと。
そんな風に余計なことを考えていると、イレアは小さく欠伸をして立ち上がった。もう夜も遅い時間だ。
「じゃあ、明日はちょっと早く出るからね。寝坊しないでね? お風呂先に入るよ」
「了解。出たら教えてくれ。疲れてるし俺も早く寝るよ……っていうかイレアは本邸に泊まればよかったんじゃないか? 明日も向こうに行くんだから二度手間だし」
「それは……」
ドアに手を掛けたまま、少し言い淀んでから彼女は尻すぼみになった声で答えた。
「……家に帰ってきたかったから。向こうだと、リオに会えないし……いや、えっと、ヒナちゃんも、ソフィーさんもいないから。それだけ。おやすみ!」
「お、おやすみ」
言い訳のように早口で付け足された最後の言葉は、ドアが閉まる音に掻き消された。なんていうか、めちゃくちゃ嬉しいことを言ってくれたな、今。
「っし、やるか」
ならばその想いに応えるのが俺の義務だ。明日は楽しいデートにしよう。そのためにも、目の前のタスクを片付けないとな。そう奮起して、俺はこの日のうちになんとかレポートを書き終えるのだった。
ちなみにリオの部屋を出たイレアは、ちょうど風呂から出て彼女を呼びに来たヒナに見つかってまたもや満面のニヤニヤ顔で見つめられてしまうのだった。「ヒナのお出かけコーディネーション・晩秋編」の開幕である。




