第78話 古代の武器
来たる週末、土曜日。俺は朝から一人でシルフィオ家を訪ねていた。
「ようこそお越しくださいました、お兄様。早速ご案内しますね」
「よろしく、セレナ。急に押しかけてごめんな」
そんな俺を出迎えたのは、シルフィオ家の巫女セレナだった。直接会うのはパーティーの時以来だろうか、随分と久しぶりな気がする。中等部と高等部じゃ学園でも会わないしな。
「いえ、他ならぬお兄様の頼みですから。しかし当家の研究員に会いたいとは……一体どのような御用ですの?」
「ちょっと知りたいことっていうか、試したいことがあってさ」
「それはお手紙に書いてあった通り、急務ということですの?」
「あー……急かしたのはまたちょっと別件で。早めに予定決めたい用事があってな。今日にしたかったんだよ」
「ああ、イレアーダス様とのことですのね。ヒナに聞きましたわ」
「マジか」
ヒナめ、兄貴の恥を晒すとは……。ちなみにこの二人、毎晩のように風の精霊術でお喋りしてるらしい。ヒナも随分上達したもので、最近では部屋の前を通っても何を話してるのか全く聞こえないんだよな。まさかそんな事まで筒抜けだったのか。
「そういえば、今日はお一人ですのね」
「元々俺の個人的な用事だからな。イレアとヒナはうちの本邸に行ってるよ」
イレアは今日、ウンディーノ家の本邸で検診を受けるらしい。倒れた時から一週間経って問題が無いか確認するためだそうだ。本人は大丈夫だと言い張っていたが、リギスティアさんが心配したのだろう。ついでに次期当主としての勉強もあるらしく、俺とは一日別行動だ。ヒナはというと「家にいても暇だから」と言ってイレアの方に付いて行ったが、半分はイレアを心配して、もう半分の本音は本邸で出される昼食とおやつが目当てだろう。ヒナが来ると、我先に可愛がろうとメイドさん達が張り切るんだよな。そんな訳で、俺は珍しく一人での外出である。
セレナの案内で広い屋敷を歩いて向かった先は、日当たりの悪い回廊の突き当りだ。そこには見覚えのあるこじんまりとした部屋。ノックすると中から嗄れた声で返事があり、慌てた様子で扉が開かれた。
「リオ様、これはこれはお早いお越しで……と、もう約束の時間でございましたか。いやはや申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ時間を取って頂いてありがとうございます、ストフレッドさん」
部屋から顔を出したのは、先日学園で特別講師として邪霊についての授業をした老人――ストフレッド・ケイヴ・シルフィオだ。本家を通してシルフィオ家に送った手紙で、俺は彼に会いたいと伝えたのである。
「ではお兄様、わたくしはこれで失礼します。ストフレッド、彼に失礼の無いように」
「畏まりました、お嬢様」
俺がストフレッドさんに挨拶するや否や、セレナはそう言って部屋を出て行ってしまった。なんだか彼女らしくない、すげない対応だ。どうしたんだろうか。ここに来るまでは急いでるような様子は無かったんだけどな。
「あの、ストフレッドさん」
「フレッドで結構でございます、リオ様! いやしかし、このような埃っぽい所へお越しになるとはリオ様も物好きで。本日はどのような御用でしょうか?」
「実は邪霊のことで――」
「おお、やはり! 流石リオ様は分かってらっしゃる。さあこちらへ!」
俺の返答を最後まで待つことなく、彼は部屋の奥へずんずんと進んで行った。まだ邪霊の何をとも言ってないんだけど、まあ彼の話を聞きに来たんだから対応としては間違っていないのだが。それにしても圧が強い。
「いやあ、先日の授業でお目に掛かった際はあまりご興味無さげに見えたのですが……私のとんだ思い違いでございました。まさかお一人で来られるほどのご関心があったとは!」
「……はい、ちょっと試したい事があって」
「ほう、それは何でしょう!?」
やべ、授業に集中してないのバレてたか。でも今日は、あの時の講義を聞いていたからこそ思い付いたことを試しに来たのだ。授業に関係無い事を考えてたり寝てたりしていた訳じゃないから許して欲しい……と心の中で謝る。
「……っと、その前に聞きたいんですけど。俺みたいなのが来るのってそんなに珍しいんですか? 夏にあった合同会議の時も皆で来ましたし、学園にも呼ばれてるじゃないですか」
さっきから気になっていた彼の態度は、重大な仕事を任されている役人というより、まるで弱小部活動の見学に来た新入生を勧誘する上級生のようだ。それも必死さ以上に、自分に興味のある人間が物珍しいとでも言うかのような言動である。極東の中等学校でもこんな人を見た覚えがあった。
「はっはっは、面白いことを仰る。……いえ、リオ様がこの国の事情に明るくないという噂は本当だったようですね。私にとっては嬉しい限りでございますが」
「公国の事情っていうと……邪霊への忌避感、ですか?」
「おや、ご存知ではありませんか! これはお人が悪い!」
あっはっはと愉快そうに笑うフレッドさん。別に冗談言ったつもりは無いんだけどな。
「でもさっきも言いましたけど、今は邪霊の研究は重要な仕事だって認められてるんですよね? リギスティアさん――我々の当主も周知を行うと言っていましたし、シルフィオ家も賛同してました。軽視されてるようには思えないんですけど」
「ふむ。ではあれからシルフィオ家やウンディーノ家の方々が何をなさったかご存知で?」
「確か……討伐演習に協力した、とかは聞いてます」
「ええ。治癒術士の派遣や邪霊の残骸の撤去など、間接的な支援はしたと聞いております。ですが、その程度でございますね。あとはここの予算が多少増えたくらいです。排除的な対策ばかりで、研究への理解は感じられません」
なるほど、彼の言いたい事が分かった。やはりこの国の邪霊への忌避は根深い。リギスティアさんやティターニアさんといった個人の理解はともかく、巫女家という大きな組織を挙げての研究はできないのだろう。
「こんな事を言ったら怒られてしまいますが、まだノーミオ家の方が理解に積極的でいらっしゃいます。研究ではなく戦うためとはいえ、ヴィオテラ様は私を招いて若い生徒達に教える機会を与えてくださったのですから。保守派二家は、これ幸いと邪霊への対応をノーミオ家に押し付けていらっしゃるのですよ」
「それ、俺に言って大丈夫なんですか?」
「はははっ、リオ様なら分かって頂けると思ったのです。勿論、どうなさるかはリオ様次第でございますよ」
試されているのか、本心でそう言ってるのか。ただ、俺も身内だからといってウンディーノ家の方針の全てに賛同しているという訳ではない。それこそ、ティフォ先輩の協力が得られるまではリギスティアさんでさえドラヴィドとの戦争が起こっても仕方ないと言っていたのだ。そして今でも母さんのことやサラマンド家のことなど、食い違った考えもある。批判的な意見は俺にだってあるのだ。彼を責めることはしないし、できない。
「まあそんな訳で、私のような嫌われ者の偏屈な老人の部屋に近づくのは物好きな方だけということでございますな! ――リオ様のような! あっはっはっは!」
でも、彼がセレナに避けられてるように見えたのは……彼の考えだけが理由ではなさそうだな。こんな事を誰それ構わず言ってたら、自分で言う通り嫌われ者になるのも無理はない。端的に言うなら、世渡りが下手そうだ。する気が無さそうとも言える。
「……そうですね。俺も変わり者です。変わり者同士、よろしくお願いします」
「リオ様にそう言って頂けるとありがたいです。更に言うなら、当主様に予算について進言して頂けるともっとありがたいのですが……というのは冗談です。半分は! はっはっは!」
そういう事もハッキリ言わない方が絶対良いと思うんだけど……なんだか憎めない人だな。
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「さてさて無駄話はこれくらいでお終いにして。私めを呼び付けるのではなく、わざわざいらっしゃったということは……ここにあるモノが目当てでして? 勿論授業の続きをと言われましたら、喜んでお話しいたしますが」
「はい。前に俺達が持ち込んだ邪霊――人型邪霊について知りたくて。残骸は残ってますよね?」
「当然ですとも! 少々お待ちくださいね、あれは確かこっちの棚に……」
四方八方に散らかった棚なのか瓦礫の山なのか分からないものをガサガサ、ガチャガチャ、ドッタンバッタンと漁り始めたフレッドさん。ホントに大丈夫かな……なんて心配になったが、意外にも早く彼は目的の物を見つけたようだ。
「えーっと、サンプル番号〇七〇三の四、こちらが一番綺麗に残っております。腕から先は失われていますが、頭部の形状が保たれています。いかがでしょうか?」
「腕の部分はありますか? 本体よりそっちが無事なものを見たいです」
「……ほう。承知しました」
棚を覗き込むと、ゴチャゴチャに見える残骸一つ一つにナンバリングがされているようで、俺には分からないが彼にとっては整理されているのだろう。またすぐに別の棚を開き、今度は布に包まれた細長いものを広い机の上に取り出した。
「サンプル番号〇九一八の八。人型邪霊の腕と――そこに取り付けられた武器です」
包みを開くと、中から現れたのは無骨な金属の腕。人間で言う肘の上あたりで潰したように断たれているが、可動域の広い関節から、放射状に配置された細長い五本の指までしっかりと残っている。そして、その間の腕に外付けされたような筒状の武器――銃が、壊れずに残っていた。
するとフレッドさんは、すぐに観察を始めようと近付いた俺を潜めた声で制した。
「リオ様。今更で大変恐縮なのですが、一つだけ申し上げなければならない事がございまして」
「なんですか?」
「実は……銃に関する研究は、上から止められているのです」
「ティターニアさんがですか?」
「はい。当主様直々に」
さっきまでとは打って変わった様子の彼からして、当主からの命令というのは相当重いものなのだろう。もちろん理由は察しがつく。まず第一に、精霊術士にとって銃という武器は無駄だ。しかもここはシルフィオ家。物質を飛ばして攻撃に利用するなんて、彼らにとって朝飯前もいいところだろう。無駄な研究に予算は下ろせない。
しかしその反面、察知のできない攻撃は精霊術士にとって脅威でもある。それに、銃は精霊術の素養がなくても扱える強力な武器となるかもしれない。巫女家がそれを許すはずがない。言い方は悪いかもしれないが、力による統治には力の独占が必要だ。巫女家は大精霊だけではなく、強い精霊術士を多く擁することでその立場を保っている。それを巫女家の一員である俺が破る訳にはいかないが……
「……分かりました。この事は内密にしましょう」
「宜しいのですか?」
「はい。何かあったら俺が責任を取ります。もし見つかっても、フレッドさんは俺に命令されたと言えば良いんです」
これは俺が強くなるための手段だ。巫女家の利益に反しないことを徹底すれば、問題無い……はずだ。そう自分に言い聞かせて、強弁を張る。だが彼はいつもの調子を戻してニヤリと笑った。
「水臭いことを仰らないでください、リオ様。ここまで来た以上、私も同罪でございます。そもそも当主様の命令に従うのであれば、こんなものすぐにでも廃棄しているでしょう? いつかリオ様のような方が訪れるのを待っていたのですよ」
「フレッドさん……!」
「ですが、何かあった時にはリオ様に矢面に立って頂きたいと思っております……というのは半分冗談で。まあ大丈夫ですよ、黙っていればこんな辺鄙な場所には誰も近付きますまい。なにせ私は嫌われ者でございますから! はっはっはっは!」
高らかに笑う彼の声が狭い室内に響く。「黙っていれば」の部分が早速心配になるのだった。
何がツボに入ったのか分からないが、しばらく笑い続けたフレッドさんが落ち着くと、今度は授業の時のような真面目モードになった。それだけ扱いに危険が生じる可能性があるのだ。
「恐らくまだ中に火薬のようなものがあります。お気を付けください、ここからは私も初めてでございます」
彼の忠告に無言で頷き、息を吸うのすら慎重になりながら腕ごと持ち上げて銃を観察する。取り外すには……この留め具か? 腕から外して内側にあるだろう弾を込める機構もよく見たいけど、素手では無理だな。
「――マテリアル・オーダー」
「リオ様?」
「大丈夫です、これで外します」
鞄から硝子球を取り出すのも煩わしく、装着していた腕輪でマテリアル・オーダーを発動した。マテリアルで六角形の留め具を包み込み、ガッチリと固める。回す方向は右か左か……よし、左だな。ざりざりと錆び付いたものが擦れる感覚があるが、緩んできてる。そして……外れた。やっぱりネジだ。あと三か所ほど見つけ、同じように回す。
「錆びてはいますが、ここまで精密な金属の螺子……見た事がありません」
「それも後で見てみましょう。腕の方を持ち上げてくれますか? 先に銃を取り外します」
「畏まりました」
二人で協力し、邪霊の腕に付いた留め具から銃をそっと引き抜く。すると、いきなり筒の途中から折れたようにだらんと垂れ下がった。暴発を警戒して慌てて机に置くが、壊れた訳ではなさそうだ。恐る恐る動かすと、蝶番のような部品で留められており、側面に丸い穴が開いている。
「たぶん、ここから弾を込めるんですね。中身は無さそうです。腕の長さと位置からして……本体の肩の辺りに補充用の弾でも入ってるのかな?」
「こちらの腕にそのような物はございませんね。探してみましょう」
最初に取り出した邪霊を再び引っ張り出し、肩の部分をガチャガチャと動かしてみる。すると関節の隙間から、先が紡錘形に尖った銃弾がカラカラと零れ落ちた。運良く残っていたようだ。銃弾を拾って眺めていると、フレッドさんが何かに気付いたように急に手を離した。俺も慌てて机に置き、距離を取る。
「ど、どうしたんですか?」
「お気づきになりませんか? この匂い……火薬です。私は少々思い違いをしていたようです」
「思い違い?」
「ええ。最初は銃の本体……筒の方に火薬が詰まっているものと思っていたのですが、どうやら弾の一つ一つと火薬が一体になっているようです。回収された弾丸に短いものと長いものがある理由がようやく分かりました。単なる個体差かと思っておりましたが、短い方は発射された後の弾なのでしょう。しかし報告によれば、人型邪霊が火を使うような様子は見られなかった、と」
「はい、何の前触れもなくいきなり攻撃を受けました。火を付けたりしたら分かりますからね」
「ですが、水で濡らしたりすることで発射は防げた。つまり筒の内部に火を着けるもの……恐らく、火打石のようなものがあるはずです。試してみましょう」
そう言いながら既に筒の中を覗き込んでいるフレッドさんの横で、俺はマテリアルを盾状に変形させた。万が一があっちゃ困るからな。
「ふむ……このバネを引いて放すと、恐らく弾を込める位置に突起がぶつかる。弾に直接? いや、火打石にしては先端の素材が……ということは……」
ブツブツと言いながら今度は弾の平たい面をじっと観察する。すると何を思ったのか、いきなり俺に手渡した。
「リオ様。そちらの精霊術は銃弾を防ぐことができるのでしょうか?」
「は、はい、たぶん。まさか……」
「いえ、撃つわけではありません。これを箱の中で爆発させて頂きたいのです」
彼が言うには筒の中にあるのは恐らくただの突起であり、火薬どころか火打石すらこの弾丸の中に入っているのだそうだ。つまり一定の衝撃さえ与えれば弾だけでも発火し、飛ばすことができる。筒の方はそれを補助し、ただ方向を決めるものだと予想した。
ならば実験するのみである。俺は宙に浮かせた箱状のマテリアルの中に銃弾を入れ、しっかりと密閉する。そして中の銃弾に衝撃を加えるのはフレッドさんの役目だ。
「ではいきます。精霊よ――!」
すると。
ガッガカカカカカカカカカカカカキンッッッ!!!
甲高い音と共に、箱の中を飛び跳ねる銃弾の衝撃が俺を襲う!
「ぐぁっ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「いえ……予測はしてたので。思ったより強かったのでビックリしましたけど……」
もしマテリアルを俺から離してたら逆に危なかったな。衝撃でマテリアルの箱が部屋中を飛び跳ねただろう。踏ん張って耐えた甲斐があった。
しかしこれで銃の仕組みは凡そ判明した。火薬と火打石が一体となった銃弾を筒の中で着火させ、反対側の穴から飛ばす。これは精霊術とは無関係な、紛れもない古代の技術だ。弾も銃の構造も俺達の金属加工技術では再現できないだろう。だが逆に言えば……精霊術を使えない人にも、銃は武器となる。ティターニアさんが脅威に感じるのも納得だ。
「……リオ様。いかがなさいますか?」
満足気だが、少し不安そうな様子でフレッドさんは尋ねた。彼にとってはここがゴールだろう。でも、俺の目的は違う。
「いえ――実験を続けましょう」
さあ、ここからが本題だ。




